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わが町わが少年団           君の涙はやがて河になる、君の愛はやがて歌になる

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わが町わが少年団
君の涙はやがて河になる、君の愛はやがて歌になる


近辺は複雑に小路が入り組んでいる。その一角に喫茶スナック『TAIYOU』がある。壁には少年団のさかんな活動を伝える写真が所狭しと貼られ、最大のイベントであるキャンプのためにつくられた旗などが飾られていたり、躍動する少年団活動の光といったものをとどめている。しかし光が強ければ強いほど影も濃い。

その店に刻印された、光と影の歴史というものを、少し説明していくが、少年団の活動は、金曜日の夕方から九時まで、小学校の体育館で行われるが、その活動を終えたあとに指導員会議というものがある。その会議の場所が、少年団結成以来、団員の子供たちの家庭で行われていた。しかしその会議がいつも深夜に及び、しかもその活動を支える父母たちも加わってくるから、ときに二十人近くにもなる。そんな大勢の人間が、ビールを酌み交わしながら、ああでもない、こうでもないと大声で談論をはずませるものだから、会議をひらく家庭の隣人たちから、非難の声が絶えなかった。だいいちその家庭に、ただならぬ負担をかけていた。そんなことからも時間に拘束されず、自由に使える少年団の基地を作ることが課題だったのである。その念願だった拠点が、六年前に実現した。少年団に子供を入れていた荒井は、そんな事情を知ると、それならばいっそのこと自分の店を会議の場として無料で使ってくれと申し出たのである。

それから指導員会議がその店で行われるようになったが、やがて荒井は店の運営そのものを、少年団にまかしてもよいと提案してきた。なぜそんな話が持ち上がったかというと、少年団から巣立っていく若者たちが、その喫茶店でバイトをするようになっていたが、彼らは礼儀正しく勤勉だった。そんな若者たちの姿勢に荒井は感心していたのだ。だから相場の半分程度の賃賃料を払ってもらえば、あとの運営はすべて任せるというのだった。もちろん荒井がそんな提案をしてきた背景には、それなりの計算があった。もともとその店の収益は悪く、人件費ばかりかかって、いわば事業のお荷物だった。不動産関係の会社を経営する荒井にとって、採算を考えたら切り離したほうがいいのだが、しかしその店は商売をはじめた彼の原点ということもあって愛着があり、なかなか決断ができなかった。どっちみち採算のとれない店である。それならばいっそのこと、すべて少年団にゆだねたほうが活路が開かれるのかもしれないという計算もまたあったのである。

その提案は、指導員たちからは熱烈に指示されたが、父母たち、とりわけ母親たちからは非難の声が上がった。いくらボランティア的精神から提供された破格の条件とはいえ、喫茶店運営とは水商売ではないか。そんな不健康な商売は若者たちを堕落させるだけである。そんな活動をはじめるならば、子供たちを即刻退団させるといって反発するのだった。事実何人もの子供たちが、その犠牲になってやめさせられた。しかし若い指導員たちは、そんな抵抗や反発に屈せずに、まったく新しいその仕事に取り組むのだった。それはなるほど水商売だった。しかし喫茶店経営という仕事のなかに社会活動や企業活動のすべての基本があり、その活動をはじめることによって、社会に乗り出していくのための大きな勉強ができる。そればかりか少年団活動が新しい地平を開くのだと考えたのだった。

かくして、店名を太陽少年団の英文字の「TAIYOU」に改名して、少年団運営の事業はスタートした。一、二年目は、若者たちの熱気に見合うだけの収益をあげた。しかし中心になってこの取り組みをはじめた指導員たちが、それぞれ大学や専門学校を卒業し、定職につき、一人また一人とこの活動から離れていくと、その収益も急激な下降線を描いていく。商売は甘いものではなかった。第一収益を上げていたといっても、彼らがその店のために働く時間に、正規の賃金を払ったら、収益どころか毎月が赤字だった。いわば彼らの喫茶店経営とは、若者たちのボランティア活動の上に成り立っているのにすぎなかったのである。そんなことは、もちろん若者たちにもわかっていた。

しかし冷酷に売り上げが減少していくという現実に直面したとき、その活動そのものが、甘い幻想だったということに若者たちは気づくのだった。それはまた少年団活動そのものが、急激に衰弱していったことの反映でもあった。少子化という現象、さらには都会のドーナツ化ということもあって、この地域からも子供の数が急激に減っている。かつて団員の数は常時五、六十人を数えていたのが、いまでは二十人をきるばかりになってしまった。本体たる少年団の活動そのものが、かつての勢いを失っているのだ。

そんなわけでこの店には、少年団活動の光と影――-興隆していく光の熱情と、その活動も衰弱して差し込む敗北の影――が濃厚に刻み込みこまれている、ある独特の雰囲気をもっている店だった。

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第一幕


日曜の朝の十時頃である。
 
『TAIYOU』は、日曜は休業日。しかしこの朝、久保孝治と鏑木かおりと田村雄太の三人がいる。三人はそれぞれケータイを手にして、さかんに参集を呼びかけている。三人の話し声が重なったり、一人の声が甲高く響いたり、同時に沈黙したりと、いわば声の三重奏が、彼らを襲った事件の大きさを伝える。

孝治──あ、晃、おれ、孝治だよ、まだ寝てたわけか、ちゃんと目を覚ませよ、いまから《TAIYOU》にこいよ、いまここにいるから、なんでって、大地が死んだんだ、森田大地が死んだんだよ、マジだよ、こんなこと冗談でいえるかよ、昨日、昨日の夜、おれだっていまだに信じられないよ、一週間前にあいつに会ったばっかりだし、また式根島にいきたいとか、東京たたんで、あの島の民宿の跡継ぎになろうとか、馬鹿なことをいってたばっかりだよ、あいつと、あいつさ、ほら、おれたちのとまった民宿に、かわいい子いたじゃないか、あいつ、いまでもその子とつきあっていたんだ、それでその子のところにいきたいな、なんて話してやがってさ、まったく、真理がいるのに、許せねえよな、まあそれはジョークっぽい話しだけど、そんな話になってさ、今年の夏はまた、みんなで式根島にいこう、その取り組みをしてくれってさ、取り組みだってさ、いまだに少年団用語つかってんの、あいつだけだよな、取り組みだなんてさ、社会じゃこんな言葉使わないだろう、いまは立ち上げるなんていうよな、だけどあいつは、取り組みって言うんだ、あいつにとって、いまだに少年団は、人生そのものだったからさ、いまだに少年団にどっぷりだった、今年のキャンプはどうするとかさ、手伝いにきてくれよとかさ、そんな話をつい一週間前にしてたのに‥‥‥その大地がいなくなっちまったんだ(泣いている)、この地上から消えちまったんだ、マジだってば、おれたちは、もう彼に会えないんだ、もうあの声が聞けないんだ、そんなことってあるのかよ、まったくさ、交通事故なんかじゃないよ、なんでって、ケータイでは言いたくないから、いますぐにきてくれよ。ここでちゃんと話すから。

かおり──(同時に)お通夜とか、お葬式とかが、あるじゃない、うん、うん、そうそう、横田さんから電話があったけど、まず弔辞を考えておけって、弔辞ってお通夜じゃないよ、お葬式にするもんでしょう、葬儀屋さんっていうの、あの人たちが全部仕切ってやるんだろうけど、でももしかしたら、少年団でそんなこと全部しなければならないかもしれないって、うん、そう、そうそう、でも大地の両親がもうおろおろして、完全にパニック状態らしいのよ、それはそうよね、突然なんだから、いまだにあたしだって、信じられないよ、大地がいなくなったなんてさ、もうあの顔がみれないなんてさ、もうあの声がきけないなんてさ、そんなのないよね(涙声。そして鳴咽)うん、うん、そうだけど、うん、うん、くやしいじゃん、大地にもう会えないなんて、あの姿がみれないなんて‥‥‥(泣いている)あたし、泣いてなんかいないよ、うん、うん、そう、泣いてなんかいないってば(しかし涙をぼろぼろと流している。それをふり払うように)泣いてるどころじゃないよね、あたしたちがしなければならないことって、いっぱいあるから、そんなことを、いまここで話してるから、多分、今日一日いると思う、ここにさ、だからノリピも、その仕事を終わったら、ここにきて、うん、うん、うん、そう、そう、真理はわからない、くるかもしれないし、こないかもしれない、いちばんつらいのは、真理よね、うん、そう、そうなの、いろいろあったしさ、とにかく、仕事を終わったら、ここにきて、その前にいろんな経過を報告するから、うん、うん、そうそう、お通夜って、もちろん喪服だよ、それでなければ、黒っぽいもんでいいんでしょう、うん、うん、うん、それはないんじゃない、うん、うん、そう、そう‥‥‥。

雄太──(同時に)とにかくさ、いろいろやることがあるからさ、お葬式とか、弔辞とかさ、まだどこでどうなるかわからねえけど、もしかしたら、おれたちが全部しなくちゃならねえしさ、とにかく《TAIYOU》にきてくれよ、大地を、あの世に送ってやるのは、おれたちしかないからさ、うん、そう、そう、みんなくるよ、みんなでそのことも話すから、うん、うん、それじゃなあ、(その通話を切ると、ケータイに親指をはわせて、繋がって)あ、今井さんですか、あ、すみません、田村ですが、信之くんいますか、はい、(待たされるがすぐにでてくる)、ア、ノブちゃん、田村だけど、あのさ、いまから《TAIYOU》にこいよ、驚くなよ、大地が死んだんだ、うそじゃねえよ、だから驚くなっていったじゃん、ほんとうの話なんだよ、昨日の夜だって、八時頃だって、うん、そう、それはここで話すから、そう決めたんだよ、ちょっと事情があってさ、ケータイなんかで、話すことじゃねえからさ、うん、うん、交通事故なんかじゃねえよ、いや、だからさ、それはここで話すから、だからすぐにきてくれよ、そう、そう、それでさ、これからお通夜とか、お葬式とかあるじゃないか、そんなことも、おれたちでしなければ、なんねえかもしれないしさ、みんなくるよ、っていうか、くるはずだよ、みんなこういうときは、ぱあっと集まるからさ、おれたちの関係って、そういうもんだろう、いまはみんなばらばらに生きてるけどさ、やるときはみんなぱあっと集まってやるんだよ、とにかくさ、大地がいなくなっちゃったわけだからな(泣いている)、そんなの、いまだにおれだって信じられねえよ‥‥‥。

(斉藤春樹と長野詩織と高橋飛鳥が、かけこんでくる)

春樹──マジかよ、大地が死んだなんて、そんなこと信じられねえよ。
詩織──あんたら、うちらだましているわけじゃないよね、どういうことなの、どうして大地が死んだの、ちゃんと話してよ。
飛鳥──どうしてちゃんと話してくれないわけ、いきなり大地が死んだなんて、どういうことなの。
詩織──そうよ、もったいぶらないでよ。
孝治──もったいぶったわけじゃないよ、ケータイなんかで話すことじゃないから、ケータイなんかで、この話するのはよそうってきめたんだ。
詩織──それっておかしくない、人を呼びつけるなら、ちゃんと全部を話してからにすべきじゃないの。
春樹──肝心なところを、なにも話さねえで、大地が死んだから、すぐこいなんて、おれはてっきり、お前らが仕組んだ罠だと思ったよ。
詩織──あんたたちだけが知ってて、あたしたちの一番知りたいことをいわないで、それで大地が死んだから、すぐこいなんて、それって、ひどくない、あたしたちが、どんな気持ちで、ここにかけつけてきたか、あんたたちわかってんの。
孝治──こういう話を、何度もしたくないからなんだ、苦しくなるばかりで、できたらこんな話なんかしたくないんだ、そんなことってあるだろう。
詩織──なんにも知らない、あたしたちの身になってよ、人の死をもてあそんでいるみたいな呼び出し方してさ、そんなの許せないよ。
雄太──なんでおれたちが、人の死をもてあそんでるんだよ、どうしておれたちが、大地の死をもてあそんでいるんだよ、お前さ、その言い方、気をつけろよな。
飛鳥──ちょっと、詩織も、雄太も興奮しないでよ、そんなことで、もめることないでしょう。ねえ、話してよ、どういうことだったの。
(深い間、その気まずい沈黙を破って)
春樹──自殺なんだろう。
(また深い間。孝治とかおりと雄太は目を見交わして、説明する役を譲り合っている)
春樹──病気でもない、交通事故でもないとしたら、あと一つしかないじゃないか、自殺したのか。
雄太──そう、自殺だよ。
飛鳥──自殺って、どうやって死んだの、薬、飲んだとか。
春樹──電車に飛び込んだとか、運河に身を投げたとか。
かおる──そうじゃないの。彼のアパートで首を吊った‥‥‥。
(駆け込んできた三人、それぞれ驚愕の表情)
春樹──首、吊った、彼のあのアパートで。
かおる──そう、ロープで、ぶら下がって‥‥‥。
詩織──うそ、うそでしょう、そんなことないよ、あたしあのアパートにいったことあるよ、六畳一間じゃない、あの部屋に首を吊るところなんて、どこにもないじゃない、うそいわないで。
孝治──(きっぱりと、しかしつらそうに)そうだよ、あいつのアパートに、首を吊るようなところなんかないよ、だから大地のやつ、天井をぶち破って、屋根裏にぐっと突き出てる太い梁にロープ結わえて、首を吊ったんだ、ヨット結びにしてさ、おれたちがキャンプワークでやってきたやつだ、重圧がかかるたびに、ぐいぐいとくい込んでいく、そのロープって、少年団のキャンプで使ってたロープだった、そのロープを梁に吊して、首輪つくって、そこに首を突っ込んで、足をのせてた椅子を蹴飛ばして、そうやって彼は死んだんだ、こんなことケータイで話せるかよ、いちいちケータイかけるたびに、大地は天井をぶち抜いて、少年団のキャンプで使ってたロープで、首吊ったなんていえるのか、おれにはそんな神経なんかないよ、こんなことを話しているいまだっていやだ、もう二度と話したくないことだ、こんな話。
(深い沈黙。やっと飛鳥が)
飛鳥──でも、どうして、どうしてそんな壮絶な自殺をしたわけ、大地になにがあったわけ。
かおり──疲れたって。
飛鳥──疲れた?
かおり──疲れたって。
詩織──それ、どういうこと、どういうことなの?(はげしく問い詰めるように)
かおり──疲れた、おれは疲れたって書いたメモがあったって。
詩織──なによ、それ、疲れたって、疲れたから、天井をぶち破って、ロープぶらさげて、自殺したってわけ、疲れたから、もう自殺する以外にないって、首を吊ったわけ、信じられないよ、そんなこと、そんなこと大地がすることじゃないよ、疲れたから、もう自殺する以外にないって考えるのは、あたしじゃないの、あたしならありえるよ、そんなこと何度もしようって思ったから、でも大地は、そんなことをする人じゃないでしょう、(彼女は泣きだした。彼女の衝撃は深いのだ)あたしは以前、いろんなことがあって、男と別れたり、失業したり、いろんなことがあって、もう生きていけないなあって思って、死ぬ前にもう一度少年団のことをみておこうと思って、金曜日の夜、体育館にいったのよ、あたしの人生のなかで、一番いい思い出は、少年団時代にあったから、その一番いい思い出を抱いて死のうと思って、学校にいった、そこに大地がいた、子供たちが元気に遊んでいた、それをみていて、みんな力いっぱい生きているんだなあ、みんなそれぞれきらきらと生きているんだなあ、生きるってこんなことなんだなあって思って、それであたしは立ち直ることができたのよ、もしあのとき、体育館にいかなかったら、あたしはあのとき死んでたよ、それほど追いつめられていたから、それから落ち込むたびに、あたしってしょっちゅう落ち込む人だから、そのたびに少年団の団会にいったけど、そこにいつも大地がいて、元気な子供たちがいて、あたしは生きる元気をもらって帰ってきたのよ、大地はあたしに元気をくれて、生きる勇気をくれていた人でしょう、その大地が、どうして疲れたなんていって、首を吊らなきゃあならないの、そんなことってないよ(彼女はこらえていた感情を爆発するかのように鳴咽する)

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「わが町わが少年団──君の涙はやがて河になる、君の愛はやがて歌になる」は《草の葉ライブラリー》より刊行。

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