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第7回「本を売る」ことに魅せられて

 1987年(昭和62年)1月は、例年どおり、芥川・直木賞の発表がありますが、第96回芥川龍之介賞は、前回と同じく「受賞作なし」だったのです。えー!誰ですか選考委員は?(水上勉、吉行淳之介、田久保英夫、開高健、三浦哲郎、古井由吉)失礼しました!山田詠美は、落選。これで3回連続。
一方、直木三十五賞は、逢坂剛『カディスの赤い星』(講談社1986年刊)と常盤新平『遠いアメリカ』(講談社1986年刊)のダブル受賞でした。


 僕は、新たに「法律書」「簿記・税務」のジャンルも担当することとなりました。
「え!って、そんなに担当もって大丈夫なの?ていうか大学は?」←天の声
そ、それは、聞かないでください!
˚‧º·(´ฅωฅ`)‧º·˚ エーンエーン
必修科目を落としてしまったのです。 
國學院大學は「神道概説」が必修科目なのですが、「神道」だけは、授業がつまらなくて、どうにも身体が受けつけなくて。
その他の専攻科目は、ほぼ単位が取れているので、4月から大学5年生になりますが、学校に行く日が少ないのです。
だから余った時間を、仕事に捧げようと、無事4年で卒業していった人の担当も引き受けることにしたのですよ。
でも、大丈夫です。「神道概説」今度こそ取りますよ。毎回、教室の一番前に座って、顔と名前を覚えてもらい、その先生が紀伊國屋書店で、買い物をしにくる日を、虎視眈々と狙い澄まして、来た時に「先生!」と声をかけて、「何をお探しですか?」「あっ!言ってませんでしたっけ。僕、ここで働いているんですよ」「あの、その本、僕に言ってもらえれば、社割でお安くなりますよ」と言って、単位をとったことも幾度かあるので、今年は、とにかく「神道概説」の先生を捕まえてみせます!
※現役の大学生は真似しないように

それにしても、担当ジャンルが増えるって、嬉しいものです。ちょうど春休みだから思いっきり仕事もできます。
出勤して昨日の売上スリップを確認するのも、担当ジャンルが多い分、楽しみも増えるのです。
僕はレジでお客様を待つ時間に、売上スリップを仕分けするのが、大好きでした。
スリップを見ながら、文芸、文庫、新書、実用書、芸術、児童、学参、社会・人文科学、自然科学.....という具合に分けていきます。まず、これで1回みました。次に自分が所属している社会・人文科学の売上スリップを、経営、経済、簿記・税務、法律、政治・社会、就職・資格、教育、哲学、心理、宗教、歴史、自社出版物に分けます。これで2回みました。次に自分が担当している棚のスリップを仕分けます。この時は、出版社別に分けます。これで3回みました。そして、出版社別に分けたスリップを今度は、書名別に分けます。これで1冊しか売れてない本も4回認識します。
これがPOSだと売上一覧をだして、画面をスクロールして、一番最下位まで見て、はじめて1回みたことになります。
アナログ時代のほうが、本との距離が近かったと、つくづく思いますね。
「本を売る」ということは、本についての認識が重要だと思っています。

POSが導入されても、売上スリップにこだわる書店人も多くいます。
お亡くなりになりましたが、書原を創業された上村卓夫さんは、著書『書店ほどたのしい商売はない』(日本エディタースクール出版部2007年刊)の中でこう語っています。

上村 私の場合は毎日の「売上スリップ」や新聞、テレビの情報から傾向を汲み取っています。
ー傾向を汲み取る?
ええ。自分の中で、仮説を立て、瞬間的に新刊を捌いています。たとえば、「このキーワードやキーパーソンの本は注目だ」とか、「経済の好調な国の本は経済書やガイドブックだけでなく、文学や芸術、語学等、文化に関わる内容もよく売れる」とか、「よく売れた翻訳者が自分で小説やエッセイを書けば、成功する率が高い」とか。
ー中略ー
ー続いて、上村さんの『売上スリップ言語』による、補充ですね。当然、どの書店さんも回収した後、責任担当者がやっておったわけですが、違いはなんですか?
上村 さあ。他の書店の事情はわかりませんから、違いと言われても.....。
ーじゃ、上村流とは。
上村 整理しないで、そのまま束ねることです。
ーそのまま?
上村 売れた順に、時間順に。変ですか?

上村卓夫『書店ほどたのしい商売はない』(日本エディタースクール出版部2007年刊)



まさに人間POS、人間ICタグですね。

久禮亮太さんも著書『スリップの技法』(苦楽堂2017年刊)の中で、POSシステムが全盛の今日でも、スリップの重要性を説いています。以下に引用します。

今、書店のPCの画面上には売れた書目と冊数が一覧で表示され、そこに店舗の在庫数、取次倉庫の在庫数や出版社の在庫状況も記載されていて、注文入力欄に数字を入れれば発注も完了します。出版社名や著者名にはリンクが張られていて、クリックすればそのまま書誌データベースにつながります。シリーズ作品の前巻や同じ著者の既刊を調べてついでに発注することもあっという間にできてしまいます。発注にまつわる作業がほぼすべて、ひとつのブラウザ画面上でこなせるとても優れたものです。
しかし、あまりにスムーズに作業が流れてしまうため、手を止めて1冊1冊について売れた理由や、次にどんなものを仕入れて売場を構成するかといったことを考える機会が減ってしまいます。POSの売上一覧リストは通常、売上冊数の多い順にー同じ冊数なら発行元別に刊行時期が新しい順ー表示されます。そのため、店の時間に沿った売れ方がわからなくなります。画面上に同じフォントで並んだ情報はのっぺりとした印象で、スクロールし終えると理解したような気になり、本来読み取れるはずの情報すら見過ごしてしまいます。
実際、レジで売れた順やまとめ買いの組み合わせがそのままの状態で束にしてある売上スリップのほうが表情豊かで、蓄積されたPOSデータを参照するとは別の点で情報が多く読み取れます。

久禮亮太『スリップの技法』(苦楽堂2017年刊)

我が意を得たり!スクロールするだけでは、ダメですよね。

他にも多くの書店人がスリップを家に持ち帰って、仕分けしたりしています。

オークスブックセンター南柏店の高坂浩一さんがfecebookにアップしているスリップの写真を見ると凄いなぁと感心します。

元リブロの田口久美子さんの『書店風雲録』(本の雑誌社2003年刊、ちくま文庫2007年刊)によると、

八〇年代はまだ書店にはコンピュータが入っていなくて、ボタンひとつで売上実績、なんていうことはできなかった。私もよく家にスリップを持って帰った。会社の帰りに友人の家に遊びに行って、ちょっとヒマがあったのでスリップを分けていて呆れられたりもした。

田口久美子『書店風雲録』(本の雑誌社2003年刊、ちくま文庫2007年刊)


とありますが、そんなことありません。尊敬します。その職人気質は大事です。

そうです。この紀伊國屋書店で働いていた頃(1980年代)は、まだPOSがない時代であり、毎日スリップをさわり、そこからいろいろなことを発想していたことを思い出します。「売れた本」にも「売れなかった本」にも、それぞれ理由があるはずだ。その理由を考えることが重要だと思い、思考しました。法則を導き出そうとしましたが勿論、正解はありません。なぜなら同じ映画を観ても、どのような感想を持つかは人それぞれです。音楽も然り、そして、本もそうなんです。ただいろいろな企画を立てて検証し、間違っていたら、また別のことを試してみる。これってPDCAですね。この頃は、そんな言葉も知らずにやってました。

さて、新しく担当をもった「簿記・税務」の棚は、この頃、ちょっとした賑わいを見せていました。中曽根内閣が前年の衆参同日選挙で「国民の反対する大型間接税は決してやりません」と公約しておきながら、公約違反の「売上税法案」を2月3日に閣議決定し、翌4日に国会に提出したのです。
この動きに対して、社会党の『究極の大増税』や民社党の『売上税は日本をダメにする』が出版されました。

またビジネス書の出版社から「売上税」に関する本が緊急出版されて、あっという間に50点以上の関連書が出版されたのです。
当時、僕は写真のように紀伊國屋書店専用のレポート用紙に集計表を作って管理をしていました。


しかし、1987年4月23日、ご存知の方も多いと思いますが、強行採決に持ち込もうとする自民党に対して野党が「牛歩戦術」をとった結果「売上税法案」は廃案となりました。
当然のことながら、「売上税」関連の書籍は、すべて返品ということになったのですが、4月24日に日本経済新聞社から「売上税の売場の写真を撮らせてほしい」と頼まれて、倉庫にあったまだ返品されていなかった商品を見繕って、閉店後に「売上税ミニコーナー」(僕の手書き)をつくったのが、下の新聞記事です。新宿本店を取材したのですが、本は全て返品した後で、写真が撮れず、渋谷店に来たと言ってました。写真のキャプションには「閑散とした売上税コーナー(東京・渋谷の紀伊國屋書店で)」とありますが、閉店後だから閑散どころか、お客様はいないはずなのに、なぜか一人カメラ目線の女性が写ってますね(笑)



その後、「売上税」に代わって「消費税」が導入されたのは、2年後の1989年(平成元年)でした。

「売上税」騒動で、紹介が遅れました!
4月になったので、渋谷店に新入社員が配属されました。
湯本正哉さん(自然科学)と都祭毅さん(社会・人文科学)お二人とも、きちんと大学を4年で卒業されたので、大学5年生の僕と年齢は一緒です(笑)

この年、紀伊國屋書店は、創業60周年を迎えました。
創業60周年記念パーティーを社内は、5月20日に八芳園、社外向けは、5月22日にホテルニューオオタニ、5月28日に新阪急ホテルで開催しました。

僕は、5月20日付けで、以下のような賞状をいただきました。



ちゃんと働いていたのですよ。休むこともなく毎日。(大学も同じように行っていたら...)

突然ですが、歴史書の時間です。
さて、前回は、「アナール派歴史学」について、ご紹介しました。
お浚いしますと、「アナール派歴史学」は、旧来の歴史学に欠落した視点。つまり、社会的上層、もしくは文化的表層のみではなく、広範な下層や深層にも着目しています。
そうですよね。歴史は、勝者だけの歴史では、ありません。そうです。我々の祖先たちも、生きてきた歴史なのです。
では、日本の歴史家は、どうなのか?
そうだ!網野善彦がいるじゃないか!

ということで、今回は、網野善彦の話です。
まずは略歴から
網野善彦は1928年、山梨県生まれ。1950年、東京大学文学部国史学科を卒業後、財団法人日本常民文化研究所に勤務。1955年、東京都立北園高等学校の教諭をしながら、東京大学史料編纂所に通い、古文書を書き写し、『中世荘園の様相』(塙書房1966年刊)を著しました。


そして、1967年、名古屋大学文学部の助教授に就任。
1979年、平凡社から出版した『無縁・公界・楽―日本中世の自由と平和』が学術書でありながらベストセラーとなりました。
その後、1980年に神奈川大学短期大学部教授に就任しました。
と、ここまでが、当時の網野善彦のプロフィールでした。


そして、今年(1987年)『無縁・公界・楽(むえん・くがい・らく)―日本中世の自由と平和』の増補版(平凡社選書、現在は平凡社ライブラリー)が発売されたのです。

本書は、現代の「エンガチョ切った」=「縁が、ちょっ切った」(無縁)から始まり、江戸時代の「縁切寺」(東慶寺、満徳寺)、戦国時代の「駆込寺」「公界所」「公界寺」が「無縁所」と同じ、世俗と縁の切れた場であったこと。「楽」(楽市場など)が規制が緩和されて自由な状態であったこと。そして、中世の数々の微証を重ね「無縁」=「自由」と説いています。「自由」と言っても今日的なものではなく、西洋で言うところのアジール(「聖域」「自由領域」「避難所」「無縁所」)であったと。この網野善彦の論説は、一般の人から興味を惹かれ、学会からは大きな批判がありました。
なぜなら、これまでの中世史研究は、領主たる寺社、地頭庄官たる武士、農業生産者たる百姓、そして最下層の奴婢下人であるのに対し、本書の主役は、海民や商人、職人です。歴史の表舞台には現れなかった人たちに光をあてたのです。しかも、統治権力が及ばない自由な場であったと網野善彦は、説明しています。今回の増補版では、初版から約8年かけて、丁寧な「補注」を加えて、批判に応えました。

これは、アナール派のいう「広範な下層や深層にも着目」した研究書であり、網野善彦以降の研究に大きな影響を与え、歴史書の日本中世史の棚が注目されるようになったのです。


さて、新担当ジャンルの「法律書」については、次回詳しく書きたいと思います。

「歴史書」の時間も続きます(笑)

では、今回はこの曲で、お別れしましょう。
1987年のヒット曲、BOOWY『MARIONETTE-マリオネット-』(作詞:氷室京介 作曲:布袋寅泰)

もてあましてるFrustration
You've got an easy day
嘘を呑み込み
静かに眠ってるMAD city.....


この曲を聴くと、丸善日本橋本店にいらっしゃった庄田達哉さんを思い出します。
カラオケで歌ってましたね。
静岡新聞社に転職されて、書店商談会のたびにお会いしていましたが、お元気でお過ごしでしょうか。

つづく

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