藤本タツキ『ルックバック』と分身の正体
藤本タツキ先生の『ルックバック』が映画化決定しましたね。本作はチェンソーマン第一部完結の後に掲載された作品で、チェンソーマンを経た著者の決意が描かれています。
というのは、本作の主人公にあたる藤野と京本は、著者である藤本タツキ先生の苗字からそれぞれ"藤"と"本"が与えられており、どちらもが著者の分身といえる存在です。
藤野は自身の画力に自信満々な女の子でしたが、京本の努力を目の当たりにして打ちのめされます。しかし、それをバネにして京本とともに漫画家を目指すようになります。
藤野にとっては京本はコンプレックスそのものであり、また、努力の源泉であるわけです。
そして、これは著者である藤本タツキ先生にとっても同様です。タツキ先生はチェンソーマンの前作『ファイアパンチ』のインタビュー記事において、自身のことを学がないと評しています。タツキ先生ほどの漫画家に対して学がない等と言えるのはそれこそタツキ先生くらいのものですが、それが先生にとって漫画に打ち込む要因だったようです。
本作中において、藤野は京本と別れた後に人気漫画家として活動します。藤野が描いていた作品はシャークマンという表題ですが、これはチェンソーマンを彷彿とさせます。そして、藤野が人気漫画家として活動中、藤野は京本が殺害されたことを知ります。
これは藤野、あるいは藤本タツキ先生にとってどういう意味を持つでしょうか。それはコンプレックスの消失です。人気漫画家として活動していき、著書の売れ行きが好調となるうちに努力の源泉たるコンプレックスを失うことになったのです。
もしかしたら、タツキ先生はチェンソーマン第一部を描いた後、そのような感覚を覚えたのかもしれません。
しかしながら、藤野もタツキ先生もそこで描くのを辞めることはありませんでした。今はもうコンプレックスはなく、何を目標にするのかは定かではないのかもしれませんが、自身がコンプレックスを努力の源泉としてこれまでやってきたことに変わりはないのです。
そんな過去を振り返って(=ルックバック)、また机に向かう藤野の姿は著者の姿そのものであり、その後ろ姿に決意表明のようなものを受け取った読者は少なくないと思います。
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