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『タコピーの原罪』からみる母の消失

1.初めに

はじめまして。Kusaleといいます。
初投稿です。

『タコピーの原罪』面白かったです。
漫画はあまり熱心に読むタイプではありませんが、ジャンプ+で電子上で読んだうえに紙の単行本も上下ともに買いました。
ネット上でも評判になってから少し経ちましたが、やはり良い作品ですので自分なりの解釈を誰かと共有したく、今更ながら筆を執りました。

小説感想ブログの初投稿が漫画て、、、

2.主人公の家族たち

『タコピーの原罪』にはメインとなる登場人物が3人と1匹います。

  • 綺麗な黒髪に、幅の広い二重の女子小学生、しずかちゃん。

  • 長髪を金色に染めた、クラスのリーダー的ポジションに位置する、まりなちゃん。

  • 医者の息子で優等生然とした眼鏡の男の子、東くん。

  • 宇宙にハッピーを広めるため旅をしているハッピー星人、タコピー。

本作は主にこれらの登場人物が中心となって物語が展開されます。

ジャンプ+で本作が公表されてすぐネット上で話題になったことを覚えています。タコピーとかいうファンシーでSFチックなキャラクターが一番最初に登場したと思ったら、しずかちゃんがまりなちゃんに日常的に虐められている様が描かれます。

出典:『タコピーの原罪』上/タイザン5 より

話題になった一方で、しかしながらいじめというテーマが今更ながら語られる必要があるのか疑問に感じる方も多いと思います。
いじめについては、漫画に限らず様々な媒体でもう何十年も前から語られ続けており、凄惨ないじめの現場というテーマ1本でここまで話題になるでしょうか。

無論、それだけではないのでしょう。
そこで着目されるのが、この3主人公と1匹のそれぞれの家族です。

ところで本作では、一連の出来事が起こった年代が示されています。
第1話のタイトルは『2016年のきみへ』、第12話は『2022年のきみへ』、最終話である第16話は『2016年のきみたちへ』であり、それぞれのタイトルから描かれた内容のおおよその年代が分かります。

昔の日本社会における家族は、家父長制でした。
一族全員が一つの”家”で生活をともにしており、家族内ヒエラルキーのトップである父親が、他の家族に対して絶対的な権力を保持する一方で、父親はその権力の対価として家族全員の生活を保障する義務がありました。

2016年時点における日本の家族像はどうでしょうか。
昼も夜もなく働いた父親に対して、女子高生となった娘から「お父さんの服と一緒に洗濯しないでよ~」などと文句を言われ、休日は家でゆっくりしたくとも妻からは邪魔者扱い。
そんな家族像が容易く想像できそうですね。きっつ、、、

もはやこれまでの家父長制は維持されていないといえます。
家族から父親が不在となっているのです。
本作も同様で、3主人公には共通して父親が不在です。しずかちゃんの両親はすでに離婚して母子家庭であり、まりなちゃんの両親は離婚こそしていないもののすでに破綻しています。東くんの父親はそもそも本作では登場すらしていません。

では、現代の家族はどのようなものなのか。
その特徴として挙げられるのは所謂”教育ママ”です。

これまで、子育てというのは母親だけでなく地域全体で見守り共同で育てていくものでした。それが、核家族化が進みそのうえ父親が不在となった子育て環境では、子供の成否如何はすべて母親一人の肩にかかっているといえます。そんな重いプレッシャーから教育ママやモンペといわれる母親が生まれたとしてもおかしくはないでしょう。

つまり、現在の家族像というのは、”父の不在と母の肥大化”なのです。
そして、まさにその典型といえるような家族をもつ登場人物が東くんです。

しかし、本作において東くんは、しずかちゃん・まりなちゃんと比較すると重要度は一段低いです。それは、本作は、現代の家族像である”父の不在と母の肥大化”のそのさらに先の家族像を示唆する作品であるからです。

3.タコピーの家族

太陽系第三惑星地球から7日間、ハッピー星で生まれたハッピー星人。不思議なハッピー道具を用いてハッピーを広める旅をしています。
何言ってるかよくわかりませんが、タコのような見た目であるため、しずかちゃんよりタコピーとの命名を受けます。

タコのような外見とハッピー星生まれという異様な出生を持つため、タコピーの家族についての予想は難しいですが、第13話『タコピーの原罪』においてタコピーの家族が描かれています。

第13話では、しずかちゃんを殺すべく、タコピーがまりなちゃんの願いをガン無視してハッピー星に帰ります。
ハッピー星では、多少肌の色が違いますがタコピーとほぼ同じ外見であるハッピー星人がたくさんおり、そしてタコピーたちの何倍もの大きさであるハッピーママがいます。

出典:『タコピーの原罪』下/タイザン5 より

ここから見えるタコピーの家族像とは、母のさらなる肥大化です。
現代の教育ママとはあくまで家庭内におさまる母性のあらわれでした。というより、家庭外のものに対して敏感となった母の過剰な反応が教育ママやモンペとしてあらわれているといえるでしょう。一方、どうやらハッピー星においてハッピーママは一人しかおらず、しかもすべてのハッピー星人を一人で育ているようです。

家庭という枠を飛び越えて社会全体を母性が包摂し、そこではハッピー以外に追求すべくものはなく、大人や子供もない世界。それがハッピー星です。
ある意味でディストピアな社会ないしは家族像がタコピーの家族なのです。

そして、これは我々の目の前にある一つの選択肢です。
現代の家族像は”父の不在と母の肥大化”であると述べました。
そこでは父は邪魔者扱いされ、子育ての責任はすべて母にあります。
家族の舵を握っているのはまさに母親であり(家事だけに)、母親の今後によっては家族像も変わっていきます。
父親同様に母親も不在となるのか、はたまたハッピー星人のように母親のさらなる肥大化となるのか。

本作では、作者なりのその答えが示されました。
それは、母親の不在でした。

4.しずかちゃんとまりなちゃん

第15話にて、しずかちゃんとまりなちゃんを守るべく消滅したタコピー。
これが意味するのは、母のさらなる肥大化という選択肢の消滅です。

”父の不在と母の肥大化”となった現代の家族像から予想される未来の家族像は2つです。
1つは、母親のさらなる肥大化。タコピーの家族のように社会全体を一つの母性が包摂した、ハッピー以外に追求すべきものはない甘い停滞となった世界。
もう1つは、母親の不在。父と同様に母親も家族から不在となり、子供が社会の構成単位である個人として家族に取って代わる世界。

タコピーの家族が、母親のさらなる肥大化という選択肢を象徴するのであれば、しずかちゃんとまりなちゃんこそが、母親の不在という選択肢を象徴しています。

しずかちゃんの母親は離婚しており、まりなちゃんの父親と不倫関係にあります。このことから、しずかちゃんの母親はしずかちゃんに対して無関心であり、家族内において母親としての役割を果たしているとはいえません。
また、まりなちゃんの母親も夫の不倫により溜まった鬱憤をまりなちゃんにぶつけるなど、母親として立派とはいえません。

しかし、これだけで一般論として家族から母親が不在となったとまでは結論付けることは難しいでしょう。少なくとも、東くんの母親は作中の2016年時点において教育ママとして家族内に存在していますから。

しずかちゃんとまりなちゃんが母親の不在を象徴するとわかるのは、本作の結末においてです。

第15話にて、作中は2022年であり、高校生となったしずかちゃんやまりなちゃん、東くんについて描かれます。
最終話である第16話では、タコピーが自らの生命力と引き換えに時間を巻き戻し、再度2016年におけるしずかちゃんたちが描かれることになります。
この2回目の2016年において、しずかちゃんとまりなちゃんは和解に至り、東くんは2人とは交流がなくなります。

しかしながら、しずかちゃんとまりなちゃんの家族の崩壊が免れたかというとそうではありません。家族に関しては何も変わらなったのです。以前として両親は不在であり、しずかちゃんとまりなちゃんの会話において、「まりなちゃんのママいっつもやばいじゃん・・・」「誰のせいだとおもってんだよ」とのセリフがあることから、親としての役割は果たされていないようです。

むしろ、最も変化があったのは東くんの家族です。
教育ママの母親をもつ東くんに、ゲームをプレイする時間などはなかったと思われますが、2回目の2016年では兄とPS4を奪い合っている様子があり、どの程度かは不明ではあるものの、息子を追い詰めるほどの教育ママではなくなっているようです。

子供を導くべき父親、母性によって子供を守る母親、そのいずれもがしずかちゃんとまりなちゃんの家族には存在していません。教育ママもタコピーもいなくなり、もはや家族そのものが消滅し、残るは子供たちのみです。
母性の肥大化ではなく、母親の不在を選択し、子供たちは家族によって存在を保障されることはなく、個人としての存在を強制されます。

しかしながら、本作の結末に悲壮感はありません。
最終話において、消滅したはずのタコピーは語り手という特異な立場になり、このような言葉を残します。
「おはなしがハッピーをうむんだっピ」

出典:『タコピーの原罪』下/タイザン5 より

タコピーの言う「おはなし」とは対話と物語のどちらの意味を指すのでしょうか。おそらく、そのどちらもが含まれているでしょう。
しずかちゃんとまりなちゃんの和解に、タコピーの存在は不可欠でした。対話のきっかけとなるのは物語です。

国家や社会、家族すらからも存在を保障されることがない現代において、我々は個人としての存在を強制されます。しずかちゃんたちのように傷つくことも多いですが、腐ることなく、”おはなし”続けることが肝要なのです。

5.終わりに

小説感想ブログながら、初投稿が漫画感想でございました。

筆者が一番好きなのは、東くんの家族について描かれた第9話『大丈夫』です。要領も地頭もよい天才の兄と母親に対する愛憎入り混じった回想が秀逸です。リズム感が最高です。

対話のきっかけは物語。
まさにブログを始めるあたりうってつけの作品だと思いました。
正直、今後も投稿を続けるかどうかは分かりませんが、もし機会がございましたら、私とも対話をしていただければ幸いでございます。

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