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テニスコートのモラハラトンボ

大学に入学して、テニスを始めた。その少し前に流行った少女漫画「エースをねらえ!」の華やかなイメージと、将来友人などと休日にテニスなんか楽しめれば良いな、程度のスタートだった。でも入った「テニスサークル」は、実は本気のテニス部で、基礎トレや合宿があり、練習も毎日だった。試合に出る気などさらさらなかったのに、部員は全員、次の大会を目指すことになっていた。

 デカラケといわれるグラファイト製のフレームが出回り始めた頃だったけれど、先輩が「最初はウッドで基礎を固めた方が良い」と言うので、その通りウッドフレームのものを買った。ラケット一本で二万円もするなんて考えてもいなくて、かなり勇気の要る買い物だった。

 それは重く、スイートスポット(球をコントロールしやすい面の中央部)が狭く、初心者にはとても扱い難い。上手く当たれば強い球威で相手を攻めるが、少し外れるとあさっての方向へ飛んでいく。テニスコートのすぐ隣が一般道路だったので、ボールがフェンスを越えるたびに、急いで拾いに走った。

 同じようにウッドラケットで始めた友人たちは、半年もするとデカラケにシフトし始めた。借りて打ってみたら、軽くてコントロールも良い。でもまた「マン」の出費は厳しくて、一人だけウッドラケットを使い続けていた。

 次の大会に向けて、いつものように練習していた夏の終わりのある日、ラリーで先輩に打ち返したボールが、たまたまそこを飛んでいた、繋がった二匹のトンボを直撃した。トンボは空中で二つに分かれ、スローモーションのようにはらはらとコートに落ちた。私の返球を追って先輩がバックフェンスに行くのが見えたので、私はトンボのそばに駆け寄った。

 「ごめんごめん」

 思わずつぶやくと、一匹はよたよたと飛び上がったが、もう一匹がそのまま動かない。死んじゃったかな、と思っていたら先輩の声が聞こえた。

 「何やってんの! トンボなんかいいから!」

 もう、次のサーブの構えに入っている。しかしそのままにしておくと踏んでしまいそうな気がしたので、ラケットの先で動かないトンボを隅の草むらに押しやった。あらら、ラブラブな二人に悪いことしちゃった、と思いながら練習を再開した。

 ところが、最近偶然知ったのだけれど、あれは仲良くランデブーしているのではないらしい。カップルには違いないが、交尾を終えたメスの頭を、オスが尾の先にあるカギ状の突起物で挟んで、連れまわしているのだという。メスは頭を押さえられているから、何も出来ないのだ。何というDV! そうしないと、その後メスが違うオスと交尾し、先のオスの遺伝子が繋がらない心配があるからだという。分からないではないが、究極のモラハラ!

 でも、だとするとあのときの一撃は、女性解放の一矢になったともいえそうだ。少なくとも、幸せな二人を引き裂いてしまった、という後ろめたさはなくなってスッキリした。

 そして、そんな集中力のない練習で私のテニスが上達するはずもなく、鳴かず飛ばずの四年間が終了した。ただ、その後出会った夫とは、デカラケで休日テニスを楽しむことが出来て、当初の目的は十分に果たせたと思っている。

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