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みじかい小説#170『連写』

 カメラのシャッターを連続して切ることを、「連写れんしゃ」という。

 この日曜、英子えいこは先日買ったばかりの薄桃色うすももいろのデジタルカメラをひっさげて、ひとり自宅近くの森林公園へと足を運んだ。

 駐車場から林の中へと続く遊歩道を、ゆっくりと歩いてゆく。
 アスファルトの道の上に、梢をすり抜けて落ちてきた木漏れ日が、まだらに模様を作っている。

 一声たかく鳥の声が響いた。
 何の鳥だろう。
 英子は、高く頭上を見上げる。
 それと同時に一陣の風が吹き、道の両側に広がるブナの林の生い茂った葉が、いっせいに揺れ、重なり合い、ざわざわと鳴る。

 英子はカメラを掲げた。

 また、鳥の鳴き声がした。
 近い――。
 英子は耳をそばだてて、声のした方へカメラを向ける。

 息をしずめて、一心に次の一声を待つ。

 木々のざわめきが英子をつつむ。

 次の瞬間。
 ぴゅーい、と、鳴った。

 視界いっぱいに注意を払う。
 すると視界の端に、黒い小さな影が見えた。
 鳥――。
 一本の枝の、先端に向けて大きく枝分かれするまさにその又の部分に、白と黒の模様をした鳥が一羽、羽を休めていた。

 英子は息を殺してファインダーごしに鳥をとらえる。
 名前は知らない。
 でも今撮らないと次はないかもしれない。
 英子は急ぎ、連写した。

 シャッターの乾いた音が耳に届く。
 鳥は身動き一つしない。

 英子は動かない。

 ――なあんだ、飛ばないのか。
 英子がそう静かに小さく息を吐いた時だった。

 ぴゅーい。

 鳥はそうひと声鳴くと、枝を揺らして宙へ飛び出した。
 
 あ……。

 タイミングを逃した英子を、ブナのざわめきが包む。

 その横を、幼い子を連れた若い夫婦が、楽しそうに通り過ぎていった。

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