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みじかい小説 #144『茶碗』

 春先の、まだ影にあってはひんやりとする日のことである。

 ヤスとカナは、とある骨董こっとう品店の軒先にいた。
 そこには、大小さまざまな壺が並べられている。

「いや~、いい仕事してますねえ」
 ヤスがふざけて言う。
「いやいや、こっちの壺もなかなかのものですよ、旦那」
 カナも負けじとこたえて言う。
 ふふふ。
 二人は笑い合って互いの持っている壺を見合う。

「お待たせしました、どうぞ」
 店はネットで調べて見つけた骨董品店であったが、二人は開店前に着いてしまい、今こうして店のスタッフに急いで店を開けてもらったのだった。

「すみません、失礼しまーす」
 店の中には、ひっそりと影が落ちていて、アスファルトのしかれた店内にはそこここに冷気が満ちている。
「あの、お茶のお椀ってどこにありますか」
 店の雰囲気に気圧され、カナがおそるおそるたずねる。
「こちらになります」
 スタッフは、途端にぎこちなくなった二人の様子を察し、安心させるように笑顔で案内する。

 導かれた先にあったのは、色とりどりの茶碗の数々であった。
 灰色のもの、赤土のもの、黒っぽいもの、白いもの、表面がごつごつしているもの、釉薬をかけてあってつるんとしたもの。
 所狭しと並べられている中から、二人は思い思いに手に取って、ひっくり返したり中を眺めたりする。

 30分ほどそうして物色していたろうか、二人ともが手にしていたのは、絞りに絞った一品だった。
「じゃあ、それでいい?」
「うん、これがいい」
 二人はそろってレジへ向かう。

 レジの脇には石造りの蛙と狸が鎮座している。
「ではお包みしますね、贈答用ですか」
「はい、二つとも」
 そう言うと、ヤスとカナはうれしそうに視線を交わす。
 結婚記念日にお椀を送り合うというのはヤスの提案だった。
 「お茶」というと堅苦しいイメージがあったが、「しゃかしゃかたてて飲むだけだよ」というヤスの言葉に、カナはそういうものかと思い今日こうしてここにいる。

 世界に一点だけの、二人だけの茶碗が、いま、二人の手に渡る。

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