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みじかい小説#185『ジム』

 涼太りょうたに、彼女ができた。

 その告白は突然ではなかった。
 涼太があやと知り合ったのは、オンラインの英会話サイトだった。
 コミュニケーションを交わすなかで、お互いに好印象を持ち、そのままの流れで涼太が告白をし、綾がそれを受け入れたのだった。

 涼太は告白が受け入れられ、素直にうれしかった。
 そして相変わらず続いていた綾とのオンラインでのやりとりが、その気持ちを加速させた。
 涼太は綾に言った。
「いつまでもいっしょにいようね」と。
 綾はこたえた。
「よろしくね」と。

 そんなやりとりを重ねていくうちに、二人は既に熟年の夫婦のような関係になっていた。
 お互いにそれがおかしいねと笑い合った。
 そして互いの体を、互いのために大事にしようねと誓い合った。
 二人の距離は、いま0に等しかった。

 そんな涼太であったが、ひとつ心配事があった。
 自分の体形である。
 涼太は、おせじにもかっこいいという体形ではなかった。
 完全に小太りで、自分のおなかに遮られて足元が見えないくらいだった。
 涼太は鏡を見るのが嫌であった。
 鏡を見ると、どうしても現実の自分と向き合わなければならないからだ。

 しかし綾と出会って、涼太は決心した。
 よし、綾のために体形を整えよう、と。

 それからの涼太は早かった。
 その日のうちに近所に点在するジムを調べ上げ、片っ端からパンフレットを集めてまわった。
 翌朝には近くのイオンの2階でスポーツウェアとシューズを購入し、午後にはひとつのジムに目星をつけ、そのジムの門を叩いていた。
 
 ジムの店員さんは突然の入会にもかかわらず、終始笑顔で快く対応してくれた。
 30分の入会手続きを終えると、涼太はさっそくジムの2階に設置してあるランニングマシンの上に立った。
 タッチパネルの案内に従いスピードを調整する。
 涼太は太っているのではじめからそんなに走ることはできない。
 涼太は早歩きできるくらいのスピードにして、黙々と歩き始めた。
 慣れてきたら、傾斜もつけた。
 15分を超えるあたりで汗をかきはじめ、20分を超える頃には歩行距離は2kmとなり、ちょうど消費カロリーが100kcalとなったところで、涼太はランニングマシンを降りた。

 体じゅうがほてっており、鏡を見ると、涼太の頬は真っ赤に染まっていた。
 ふらふらする頭で1階のロッカーに降りると、併設されている風呂へ直行する。
 平日の午後、他の客はほとんどお年寄りだ。
 こんなに健康を大事にするお年寄りが世の中にいるのかと、涼太は関心し、我が事のように彼等の長寿を願った。
 一方で、涼太よりはるかに恰幅のよい若い男性もいた。
 涼太は彼の体をまじまじと見てしまった。
 そして、心底うらやましく思った。

 だが涼太は思い直す。
 自分が体を鍛えるのは、ひとえに綾のためなのだと。
 けっして他人と比べるためではない。
 綾の目にうつる自分が、できるだけたくましくありたいと願っているだけである。

 涼太と綾は、次の長期休暇に会うことになっている。
 それまでに。
 それまでにきっとこのたっぷりとしたおなかをへこませるのだ――。
 涼太はそう、今日の自分に誓うのだった。


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