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みじかい小説#171『父と母』

 とおるがまだ12歳だったころ、父と母は、共に三十代であった。

 徹が二人を「ママ、パパ」と呼ぶと、二人はいつもにこにことした笑顔で「なんだい徹」と答えてくれた。
 徹は二人を呼ぶのが好きであった。
 二人の両親も、徹にそう呼ばれるのことを、心の底から喜んでいた。

 それが、徹が10代後半になったころ、二人の呼び名は「おふくろ、おやじ」に変わった。
 はじめは驚いた二人だったが、それが徹にとって無理のない呼び名ならばと、抵抗はあったものの、最終的には受け入れた。
 徹はとがり、遊びに興じ、彼女も作り、勉強をしなくなった。
 徹は変わった。
 二人の両親も連られるように、徹の「ママ、パパ」から、「おふくろ、おやじ」へと変化した。
 二人の両親は、徹が二度と自分たちを「ママ、パパ」と呼んでくれないであろうことを悟り、寂しく思った。

 そんな徹も20代になり、社会人になった。
 すると両親の呼び名は「母さん、父さん」に変わった。
 外向きでは「うちの母、うちの父」と言った。
 二人の両親は喜んで、そして少しの安堵とともに、徹の「おふくろ、おやじ」から、「母さん、父さん」へと変化した。
 二人の両親は、ともに40代となっていた。

 今年の春、徹は32になった。
 二人の両親は、ともに50代となった。
 徹は言葉すくなに言った。
「父さん、母さん、こんど、ある人を連れてくるから」と。
 二人の両親は、ついにこの日が来たかと喜んだ。
 はたして、その日はやってきた。
 徹が連れてきたのは、3歳年下のくりくりとした、かわいい女性だった。
 それから1か月後、二人はめでたく結婚した。
 徹の妻となった女性は、名をあかねといった。
 茜は、徹の両親のことを、「お義母さん、お義父さん」と呼んだ。
 徹の二人の両親は、新たな呼び名を、ことのほか喜んだ。

 さらにうれしいことは続く。
 徹と茜の間に、子供がうまれたのだ。
 その瞬間から、二人の両親は、家族から「ばーば、じーじ」と呼ばれるようになった。
 二人はこの呼び名を、たいそう喜んだ。

 孫はやがて10代へと成長した。
 徹は42になり、二人の両親は60代となった。
 孫は少し大人びた言い方で、二人の祖父母のことを「おばあちゃん、おじいちゃん」と呼ぶようになった。
 二人はこの呼び名をひどく喜び、互いに「おばあさんや、おじいさんや」と呼び合うようになった。

 人の呼び名は変わる。
 それは人により異なり、世代により異なる。
 言葉の響きは人間をつくり、その音は人格に影響する。
 
 いま、徹の二人の両親の旅は、終わりをむかえようとしている。
 徹はこのごろ、二人のことを、再び「おふくろ、おやじ」と呼ぶようになった。
 二人の両親は、徹だけが使うその呼び名を、たからもののように大事に聞いている。
 

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