みじかい小説#163『お好み焼き』
店に入ると、真ん中に鉄板の設置されたテーブルが3つ並んでいる。
お好み焼き屋「じゅう」。
決して広くはない店内には、壁の隅に据えられたテレビニュースの音が流れる。
「いらっしゃい」
奥へ続く廊下から、のれんをくぐって女将さんが出てくる。
女将さんは鉄板の敷かれたカウンターの内側に入ると、ちゃっちゃと手を洗い始める。
「豚玉、二つ、お願いします」
私と妻は、カウンター席に二人並んで座る。
たまの休日には、二人でこうして気兼ねしないディナーとしゃれ込むのだ。
「あいよ、豚玉二つ」
女将さんは、慣れた手つきでボウルに具材を入れると、カッカと勢いよくスプーンで混ぜていく。
壁にはどこの有名人だか分からないが色紙がずらり。
かき混ぜ終わったら、女将さんは鉄板の上に手をかざす。
じゅう――。
女将さんの手によって、アツアツの鉄板の上に、お好み焼きの具が展開する。
女将さんは両手にへらを持ち、手際よく具をからめていく。
鉄板の上で具が均等にならされたら、その上に豚肉が並べられ、最後に大きな取っ手つきのボウルがかぶせられる。
あとは焼きあがるのを待つだけだ。
私と妻は、それまでのあいだ、互いの仕事や趣味の話をしたりして時間をつぶす。
徐々に香ばしいにおいがしてくる。
女将さんは蓋をしていたボウルの取っ手を握り、上に持ち上げる。
中からもうもうと白い煙が噴き出す。
そこへ大量のたれとマヨネーズが投入される。
じゅう――。
投入された液だれの焦げる音とにおいが五感に届く。
女将さんは、最後の仕上げにかつおぶしと青のりをまぶす。
白い湯気の中、かつおぶしがくしゅくしゅと躍る。
女将さんは両手のへらで生地を鉄板からはがすと、私と妻の皿へそのままスライドさせる。
あつあつのお好み焼きの出来上がりだ。
「いただきます」
私と妻は、いつものように出来上がったお好み焼きにかぶりつく。
口の中いっぱい甘辛さとキャベツのしゃきしゃきが広がる。
それをしゃくしゃくと噛みからめて呑みこむ。
食べ終わるまでは互いに無言だ。
「ごちそうさまでした」
あったまったおなかをかかえながら、私と妻は「じゅう」を出る。
それはまるで「お好み焼き」という名の儀式にも似た。