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みじかい小説#164『ご神木』

 神霊しんれいが宿るとされている木を「神木しんぼく」という。

 きよしが祖父から聞かされたのは、実家の神社の境内に立っているけやきの木にまつわる伝承だった。

「昔々、うちのご先祖は代々、川の氾濫のあった時に人身御供として差し出されたんだよ。この木はずっとそれを見守ってきたんだ」

 それを聞くたびに清は、おっかないと言って布団の山にもぐった。
 幼い頃には純粋な遊び場にすぎなかった欅の木も、意味を考えるようになってからはなにやら恐ろし気な大木に変わった。
 長じてからは、その欅の木の前を通るたびに、自然とそっと心のなかで手を合わせるのが習慣になっていた。

 妻の美代子にも同じ話を聞かせると、彼女は「やだこわい」と言って顔をしかめた。
 その表情が、いかにも汚らわしいものを嫌う顔だったので、清は内心「そうではないのにな」という気になった。

 人身御供とは、言ってしまえば人殺しである。
 村の皆で、よってたかって神の名の元に人を殺すのである。
 現代人の清にとっては、それはそれは恐ろしいことである。
 しかし、昔の人の気持ちになってみれば、それは神聖な儀式なのだった。

 何十人もの御霊みたまが、この木に宿っている――。
 一方的な思い込みかもしれないけれど、それでも犠牲者の死をいたみ、その魂が苦しみの内にないことを願う。

 どうか、やすらかに――。

 毛嫌いする妻をよそめに、清はひとり厳かな気分になる。

 妻のおなかには今、娘が宿っている。

 どうかこの子をお守りください。

 清は加えてそう願い、妻とともにその場を後にした。

 あとには変わらず人々の営みを守り続ける欅の木が一本、たたずんでいた。



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