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みじかい小説#165『ホワイトボード』

「おはようございます」
 英子は元気よく事務所の扉を開けて挨拶をする。

 川村法律事務所とは、英子が事務として勤務する法律相談事務所の名だ。

 事務所の壁には様々なものが掛けられている。
 たとえば時計。 黒縁くろぶちで30cmほどの円盤型をしており、遠く離れた事務所の隅からでもよく見えるほど針が太い。
 そしてカレンダー。 こちらも実用重視で、部屋のどの位置にいても日付がくっきり見えるようになっている。
 他にはポスター。こちらは事務所の宣伝だ。川村弁護士のさわやかな笑顔がまぶしい。
 あとは標語。「うがい手洗い忘れずに」とゴシック体で大きく印字されている。
 最後にホワイトボード。2m近くあり、あらかじめ日付が付されていて月と曜日が空白になっている、建築現場にあるような、書き込み式のカレンダーだ。

 このホワイトボードを、今月も書き換える日がやってきた。
 月末なのだ。

 英子は一人しかいない事務員なので、このカレンダーを書き換える作業は英子の仕事となる。
 英子はその日がくると、なんだかそわそわした気になる。

「月が変わるのだ」
 それは約30日が繰り返されるという意味ではなく、一方通行の時間の流れを表面的には繰り返しのように区切る作業とでもいおうか。
 それでも英子は、月末のこの日になると、心新こころあらたになるのだった。

「お、もう5月か」
 事務所の弁護士の川村さんが現れて言う。
「早いですよね」
 英子は心得たように返事する。

 2022年の5月は二度と来ない5月なのだ。
 書き改めるために一度まっさらに消したホワイトボードを前に、英子はマジックを握りしめた。
 

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