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みじかい小説#176『宏の弁当』

 ひろしは料理が好きである。

 たまの休日には、豚バラブロックを買ってきて、大量に豚の角煮を作る。
 最近では、自家製鶏がらスープを作り、自家製ラーメンや自家製スープを作るのにこっている。

 そんな宏の趣味に、一番理解を示してくれているのが3人の家族だ。
 妻のはなと、二人の子ども。
 みな宏の料理を「おいしい」と言って食べてくれる。

 そんな家族のために、宏は平日、毎日、弁当を作る。
 とはいっても忙しい朝、手のこんだものは作れない。
 弁当に入れるのは決まって、昨晩の残りだ。
 それでも毎朝作るものがある。

 平日の今日、宏はキッチンに立っている。
 エプロンをつけ、手を洗い、大小2段の空の弁当箱を並べる。
 準備ができたら、まずは一段目にお米をつめる。そのうえにふりかけを振って、粗熱をとるため放置する。
 次に、二段目の半分には、昨晩の筑前煮の残りを詰める。
 区分けするためにレタスのちぎったものを入れると、その横にレンジでチンするだけでできるチキンナゲットを入れる。これもきちんと粗熱をとったやつだ。
 そしたらフライパンに油をしき、弱火で卵焼きを作る。ていねいに、くるくると巻いていく。この工程が、宏は一番好きだ。ていねいに、ていねいに、菜箸さいばしにのる卵焼きの重みが段々と重くなってくるのを感じながら、巻いていく。余裕のある日には、刻んだほうれん草を入れたりもする。おいしそうな黄金色に仕上がったら出来上がりだ。
 卵焼きを皿の上にうつし粗熱をとっている間に、空いたフライパンにウインナーを投入する。足が広がるように切れ目を入れた、お手製のたこさんウインナーだ。フライパンの上でころころ転がして、これも茶色い焼き色がついたら出来上がり。皿に移して粗熱をとる。
 粗熱のとれた具材をきれいに弁当箱に詰める。この作業も、宏は気に入っている。いかに美しくおいしく見せるかが勝負だ。
 最後に、うさぎ型に切ったりんごを一つ添えて出来上がりだ。
 完成したら、写真を一枚とる。ツイッターにアップするのだ。「ハッシュタグ・弁当」と忘れずにつけて。

「おはよう。今日もおつかれさま、いつもありがとう」
 朝7時になると、妻の花は毎朝そう言いながら起きてくる。
「いいよ、好きでやってるんだから」
 宏はそう言いながらも、少し照れて答える。
「おはよう、お父さんのお弁当、おいしいから好きなんだよね」
 二人の子供たちも起きて、毎日のようにほめてくれる。
 宏にとっては何物にも代えがたい瞬間である。

 宏は料理が好きだ。
 単純に趣味として料理が好きだ。
 食材に触れているとわくわくしてくる。料理をしているといきいきしてくる。それは決して「男の」料理だからではない。そんな見栄ではないのだ。
 ただ単純に、一つの生きる命として、生きている一人の人間として、料理が好きなのである。
 そして、結果として喜んでくれる家族がいること、そのことが宏にはこの上ない幸福に思えるのである。 
 
 

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