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みじかい小説 #134『カントリーロード』

「こうやるんだよ、見てな」
 そう言って武は、誠二の目の前で逆上がりをしてみせる。

「すごいな、たけちゃんは」
 小さい体をくるりと逆さに持ち上げてみせた武に、誠二はめいっぱいの賛辞をおくる。
「せいちゃんもすぐにできるようになるって。練習あるのみ。さ、がんばろ」
 武にそう励まされ、誠二はその気になる。
 二人して夕方、日がくれるころまで特訓していたのがつい先ごろのことのように思い出される。

 窓の外には見渡す限りの田畑が広がっている。
 ときおりあぜをゆく軽トラや自転車が見えるが、人通りはまばらだ。
 だだっぴろい田畑の中に、ところどころ防風林が見えて、その中に立派な二階建ての瓦屋根や作業用の倉庫が垣間見える。
 そんな風景がえんえんと続いている。
 
 窓の外を足早にかけてゆく景色をぼうっと眺めながら、新幹線にゆられ、誠二は幼い頃のことを思い出していた。
 彼岸――それは誠二が都会の喧騒を離れられるめったにない機会でもある。

「もう五十年になるのか」
 それは勿論、実家を離れての年月だった。
 大学進学を期に上京し、卒業してからは東京の広告代理店につとめだした誠二にとっては、もう実家はそれ以来「年に二、三度帰る場所」になってしまった。
 結婚し、子供が生まれ、こうして中年と呼ばれる年頃になった。
 まるで信じられない。
 幼い頃のことを思い出すに、誠二は自嘲した。
 実家では帰るたびに、両親が迎えに出てくれる。
 その両親もずいぶん歳をとった。
 年に二、三度しか帰らないから、両親の老けてゆく姿がありありと分かる。
 寄る年波は誠二の上にも等しく訪れ、鏡を見ると白いものが混じる髪の毛と皺の増えた顔が映る。

「おとうさん、わたしトイレ」
「おれも」
 娘の恵と、息子の健司も、もう二十代だ。
 年に二、三度こうして実家に顔を出すが、二人にとっては「おじいちゃんとおばあちゃんのうち」でしかない。
 両親が死んだらあの家は誰が継ぐのだろうか。
 誠二は三人兄弟の長男である。
 両親は「いまどき長男も次男もないよ」とは言ってくれるが、果たして そのときになってみなければ分からない。
 さらに誠二が死んだ後は。
 俺が死んだあとは、恵か健司のどちらかがあの家を継ぐのだろうか。
 田舎の、東京からわざわざ移住して暮らすには不便な土地だ。
 だれも継ぐまい。
 
「ただいま」
 健司が帰ってきた。
「おかえり」
 今はいい。
 けれど今後は――。
 誠二は窓に目を移し、考え続ける。
 こんなことを考えなければならないなんて。
 俺も歳をとったもんだ。
 大人になりきってしまった自分を笑いながら、誠二はいましばらくはこのままで、と目に映る田園風景に願うのだった。 

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