みじかい小説 #141『やさしいひと』
「やさしい人は生き残れないよ」
啓二がめずらしく真顔で厳しいことを言っている。
「どうしたの、急に」
康太は向かいに座る親友の顔をまじまじと見た。
「いや、実際そうなんだよ。優しすぎる人は生き残れない」
「それ、僕のこと?」
康太はおそるおそるたずねる。
「違うよ、一般論として」
「ふーん、じゃあ僕は優しくないんだ」
康太はにやりと笑って返す。
「だってコータは自分本位でしょ」
「どういう意味?」
康太は首をかしげる。
なんだか悪口を言われたようで穏やかでいられない。
「ここにハンバーガーが二個あります」
「うん」
啓二は、二人の間に存在する学習机の上に、両手で空中にハンバーガーの形をつくる。
「ぼくが二個とも食べ気ていいよっていったら、コータはどうする?」
「じゃあ遠慮なく」
康太は満面の笑みで想像上のハンバーガーを手で取るふりをする。
「ほらね、食欲に対して自分本位だ。だからコータは優しくない。欲のかたまり」
「そう…なんだ」
康太はまだ腑に落ちないといったふう。
「優しい人はね、自分が無いんだ。いま俺はハンバーガーをどっちでも食べていいよと言ったけれど、優しい人はそれが本心じゃない場合が多い。自分が食べたくても他人に譲ったりする。だからたちが悪い」
「ふーん」
身近にそんな人がいるんだろうか。
珍しく語調の強い啓二に対して、康太はそんなことを思って聞いていた。
啓二は続ける。
「優しい人はいざという時にゆずってしまう。それじゃあ競争社会を生き抜けない。生き残れないんだ。いざという時にちゃんとエゴを張れる、自己主張できる人じゃないと、チャンスの女神の髪はつかめないんだ」
「ふーん」
康太は、なんだかとってもためになる話を聞いている気がした。
啓二がどういう思いでこの話を展開したのかは分からない。
けれど康太はのちに受験の時になって、このとき啓二が言った言葉を頻繁に思い出すようになるのだった。