「異世界転生した俺は最強の能力で魔王を倒します」的なやつ。
俺の名前は佐々木ツトム。年齢は…… うーん、自分語りとか省略させてもらっていいかな、めんどくさいしつまらんだろうから。そうさ、俺はなんにもしたくない、好きなことや楽しいことだけしていたい、でもそのために頑張りたくもない、そういう世の中でいちばんダメなタイプの人間なんだ。
そんな俺はある日、ぶらぶらと歩いていたら何もない場所でつまづいて(よくある)、そのはずみに小学生くらいの女の子を突き飛ばしてしまった。
これはさすがに(よくある)では済まない、下手すりゃ通報の事態だったが、そこにたまたま暴走運転のプリウスがつっこんできて、結果として俺は子供の身代わりで死んだ英雄ということになった。まあ、即死で痛みもなかったし、幸運ということにしておこう。
しかも幸運は重なるもので、なんと死んだはずの俺の前におそろしく可愛くて優しそうなお姉さんが現れ、異世界転生の勧誘をしてきたのだ。もちろんすっごいチート能力も付けてくれるという。ほんとにあるんだな、こういうの。
なにより、魔王を倒せるのはあなただけですとささやく長濱ねるちゃん似のお姉さんの優しく甘い声に、いままで一度も女性から期待されたことのない俺が抗えるはずもない。
なので俺は、二つ返事で彼女の願いを聞き入れたのだった。
そうして異世界に産まれ直してから、もう三十年ぐらい経つのだろうか。こちらでは一年の周期が異なるから正確なところはわからないが、そんな細かいことはもうどうでもいい。
なにせいま俺はとうとう魔王城の最奥、あまたの勇者が志半ばに命を散らしてきたという玉座の間に至り、聖剣の切っ先を魔王の喉笛に突きつけているのだから。
「――なぜだッ!?」
追い詰められた魔王が絞り出した言葉は、虚勢でも憎悪でも命乞いでもなく、疑問だった。その巨体は、玉座に深々と腰かけた状態でもまだこちらより目線が高い。
「この部屋には、異界の魔女との契約で手に入れた『転生者鏖し』の呪いが掛けられている。ゆえに一歩でも足を踏み入れた転生者どもは、これまでに使ってきた『能力』が逆流し、みな自滅していった」
「えっ、そうなの?」
慌てて体のあちこちに意識を向けてみるが、どこにも違和感はない。
「貴様も転生者だろう! なぜ平然としていられる!?」
「知ったことか。俺はずっと、授かった『能力』を最大限に活用してきた。今もそうだ」
「くっ…… このままでは死にきれん! 最後に教えてくれ、いったい貴様の得た『能力』はなんだ!」
五つの魔眼すべてから、先刻までほとばしっていた戦意はすでに喪われている。もう、何かを謀ることもないだろう。
「……教えてやろう。たしかに俺はあのお姉さん……たぶん女神様だと思うんだが、とにかくあのひとから授かった『能力』を使い、この世界における剣術、攻撃魔法、治癒魔法の奥義すべてを極めた。その『能力』の名は――」
剣と魔法による嵐の如く絶え間ない連撃、そしてあらゆるダメージを瞬時に自己回復できる俺の戦術の恐ろしさを、今しがた身をもって味わったばかりの魔王は、俺のタメにごくりと生唾を呑み込む。
「――『努力』だ」
「……は?」
「だから『努力』だよ。学習し、予習復習し、実践し鍛錬し、それをひたすら積み重ねることでどんな奥義もいつかは自分のものにできるという、最強の『能力』だ」
魔王は呆然としている。俺の『能力』のすさまじさに、完全に心が折れたのだろう。
「……つまり、こういうことか。悠久の時を跨いで君臨してきたこの我を、為すすべもなく窮地に追い込んだ貴様は…… そもそも特別な『能力』など与えられていない、どこぞの女狐の巧い言葉に乗せられた、思い込みの激しい阿保だと……」
「おい女狐とか言うな、お姉さんに失礼だろ! どちらかと言えばタヌキ顔だったし!」
ついカチンときて手に力が入ってしまった。突きつけていた聖剣の切っ先が、喉にプスッとほんのすこしだけ刺さる。
――ところで、そもそも魔族は物体よりも精神寄りの生命体である(これも皇立図書館に籠って勉強した)からして、心が折れた状態ではきわめて脆弱な存在になるという。
その一刺しがクリティカルヒットしたのだろう。魔王の巨体は、さらさらと砂のように崩れ落ちた。
(完)