【ショート・ショート】意地っ張り

 中島夫妻はとても仲がいいと近所でも評判だった。

 ある日のこと。
 二人はさいなことからケンカをした。
 原因は、夫のグラスを、妻が割ってしまったこと。それは夫がヨーロッパに出張した際、買ってきたバカラだった。
「あら、あら」
 素直に謝れば許すつもりだったが、妻の言い方が気にさわった。
「バカ、何やっているんだ」
 つい声を荒げてしまった。
「高かったんだぞ」
「あら、そんなに大切なものなら、金庫に入れておけばよかったじゃない」
 売り言葉に、買い言葉。

 妻には妻の言い分がある。
「食器を出すのに邪魔だから、片付けて」
 日頃から度々頼んでいたのに。言わないことではない。うっかり袖に引っ掛けて落としてしまった。
 聞かないあなたが悪いのよ。

 ケンカしても、その日のうちにどちらからともなく謝って、仲直りするのが常だった。
 しかし、その夜は二人とも虫の居所が悪かった。
 先に頭を下げてくれば、許さんでもない。
 今度は絶対、私から先に謝るものですか。

 次の日。
 二人は、無言の朝食を済ませた。夫の「行って来るよ」の挨拶もなければ、妻の見送りもなかった。

 いらいらをハタキにぶつけて掃除していると、電話のベルが鳴った。
「警察?」
 夫が車にはねられて、運ばれた先の病院で死亡したと言う。
「そんなぁ、嘘でしょう」
「今朝はピンピンしていて……。私たちケンカまでしたのよ……」
 妻は受話器を握りしめたまま、その場にへたり込んだ。

 実感がないまま、葬式を出した。お悔やみの言葉が右から左へ通り抜けた。悲しみが大き過ぎて涙さえ出なかった。
 その夜から、夫の骨箱を枕元に置いて寝た。
 それなのに。夫は夢にさえ出てこない。
「まだ怒ってるの?」

 四十九日の法要を終えて、お骨を墓に納めることになった。道すがら、妻は骨箱にそっと話しかけた。
「私が悪かったわ。ごめんなさいね」

 骨箱からカランと音が聞こえた。

 その夜。夫が夢枕に立った。
「よし、許してやる」


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