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【ショート・ショート】わずかな手数料

「ちくしょう。何でぇ、あんな奴。いなくなればいいんだ」
 場末の小さなスナック。斉藤はくだを巻いていた。今日、日頃からそりの合わない課長と派手にやり合ったのだ。
「ずいぶんと、荒れてますね」
 耳元で声がした。振り返ると、黒い服の男が立っている。
「聞こえましたよ。何かお手伝いいたしましょうか」
「何だと」
 からかわれたと思った斉藤は、れつの回らない口でしきばんだ。
「あなたの望みを叶えて差し上げますよ。もちろん、わずかですが手数料は頂きますが」
 何だそういうことか。いるんだよな、こんな手合いは。話を合わせて、あわよくば一杯ありつこうという奴が。
「じゃあ、頼むよ、君」
「はい、承知しました」
 グラスに口を付ける。
「なあ、君……」
 再び振り返った時には男の姿はなかった。
 千鳥足で店を出る頃には、斉藤は、その男のことはすっかり忘れてしまっていた。

 翌日。今日は、課長が休暇でいない。夕べの酒が少し残っているが、サボっていても嫌みを言う奴はいない。今日一日、穏やかな気持ちで、仕事ができるというものだ。
 そんな日の午後、妻からの電話。不吉な予感が走る。
 息子が、車にはねられて重傷だという。
 あいつは、高校に入った頃からグレ始め、この頃は私にまで暴力を振るってくる。いっそのこと殺して、自分も死のうと考えたことが幾度となくある。

 病院の受付で確かめて、集中治療室へと急ぐ。と、部屋の前に、一番見たくない顔を認めた。青ざめた顔。
「すみません……」
「おまえが、息子をはねたのか」
 斉藤は、課長の胸ぐらを掴む。
「すみません……」
 消え入りそうな声。焦燥しきっている。斉藤は、ほくそ笑む。
「おまえも、もうお終いだな」
 手を離すと、男はその場に崩れ落ちた。
「望みは叶えて差し上げましたよ」
 その時、斉藤の耳元で声がした。振り返ると、いつかの黒い服の男。
「何のことだ」
 戸惑い気味に、聞き返す。
「この人をクビにしたかったんでしょう」
 斉藤の脳裏に先日のスナックでのことが、よみがえってきた。私の足元でひしがれている男に目をやる。
「では、私はこれで失礼します。手数料は確かに頂きましたから」
 そう告げると、黒い服の男は立ち去った。
「おい、ちょっと、待て……」
 後を追おうとしたそのせつ、狂ったように息子の名を叫び続ける妻の声が廊下中に響き渡った。

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