【ショート・ショート】足元

『弘君へ
君がこのメッセージを読む頃には、社会人として一歩を踏み出しているかも知れない。あるいは、まだ学究の道を歩んでいるかも知れない。
その頃、日本は栄えているか、はたまた衰えているか。目まぐるしく変化する現代で、十一年後を予想するのは非常に難しい。
でも、君にはどんな世の中になっていようと、精一杯頑張って生きていって欲しいと思います。回りに流されずに、一歩一歩足元を見つめながら生きてください。
父より』

 何故だろう、ふっと頭に浮かんだ。
 十五年前、俺が小学生六年生の時、タイムカプセルに入れた未来の自分へのメッセージ。十一年後の自分の姿を予想して書いた。ゲームデザイナー。それが、あの頃の俺の夢。テレビゲームが好きで、中でもバトル物がお気に入りだった。その影響だったんだろう。
 その裏面には、家族にも書いてもらった。先の文は、親父からの未来の俺へのメッセージだ。その親父も今はいない。改めて読み返すと、ゆいごんと読めないこともない。
 黄ばんだ用紙は、両親の写真と一緒に胸ポケットに折り畳んでしまってある。

 親父の予想は大きく外れた。
 まず、俺は、親父の言うような社会人にはなっていないし、ましてや大学生でもない。俺は兵士だ。十八歳で招集された。二ヶ月の訓練の後配属され、ここ戦場にいる。苦しい戦いだ。戦況は混とんとし、いつ終わるとも知れない。
 丁度、三年前だった。K国が、韓国に攻め入り、同時に米軍基地がある日本に対してもミサイル攻撃に出た。戦争放棄をうたった日本国憲法は、たった一発のミサイルで吹き飛んだ。直ぐさま自衛隊が出動応戦し、予備役が招集された。臨時国会で自衛隊法が改正され、徴兵制が始まった。K国の背後にはC国が控えており、米軍・韓国・台湾までも巻き込んだ戦争になった。東シナ海戦争のぼっ発だ。
 そして俺は今半島にいる。

 一九九○年の湾岸戦争の時、近代戦は、電子戦でテレビゲームのようだと誰かが言った。とんでもない。弾丸が当たれば現実に人が死に、ミサイルは建物を破壊する。山岳地帯でのゲリラ戦では、ジェット戦闘機は役に立たない。結局、昔ながらの肉弾戦になる。三十八度線を挟む応酬は過酷を極め、一進一退を繰り返している。
 俺は、ゲームデザイナーにはなれなかったが、実際にバトルしている。シミュレーションじゃない、死ぬか生きるか、文字通り血を流すホットな闘いだ。

 一方、親父の望みは、いまいましいが、形を変えてかなっている。
 文字通り、今俺は、じっと足元を見つめて、一歩ずつ進んでいる。もう五時間以上になる。夜間のパラシュート降下に失敗し、風に流されて地雷原のまっただ中に着地してしまった。部隊の何人かは既に吹き飛んだ。敵に見つかるのが早いか、それとも……。まわりが明るくなってきた。

 空をあおぐ。暑い一日になりそうだ。額の汗を拭く。
 ――クソッたれな世の中だよな、全く。
 不用意に踏み出した足の下で、カチッと音がした。


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