生きるために書く
2019年の6月から、わたしは自分のためだけに自分に向けてnoteを使って言葉を綴ってきました。ごくわずかの人がたまに私の言葉たちを味わってくれました。
その頃は遠い南の島に住んでいて、ひとり寂しい夜を、ひとり強さを兼ね備えた朝を何度となく過ごしてきました。だれも知り合いがいない場所ではじまった新生活に、不安がいっぱいで、自分の足跡をどうにか自分でちゃんと見えるように、言葉にしてきました。たったひとりの自分のために。
でも、もう誰かのために、もっと表現をしてもいいような気がしてきて。しなければいけないような気がしてきて、改めてnoteを公開することにしました。
もう、わたしはなににも隠されず、生きていけると思えたからです。
わたしにとって言葉は勇気です。
わたしは、言葉に支えられてきた人生だったので、自然と言葉が好きになりました。言葉を発すると生きている心地がするし、温かさを感じます。これが、私がいつも人よりちょっと長めの言葉でInstagramをポストする理由です。言葉は全てではないけれど、わたしの持っている一番パワーを持つツールは言葉なのです。
でも、自分の心のうちを公開することは、ちょっと前の私には恥ずかしいことでもありました。(もちろんいまも多少なりとも。)
だから、いつも勇気がいります。
だって、この時代例えば悲しいことを表現しただけですぐに「病んでる」とか「メンヘラ」とか言われちゃう。ちょっと前までのわたしはそれがちょっぴり嫌でした。あの人は、この人は、わたしをどうやって見てるんだろう。そんなつまらないことを考えていたからです。でも、やっぱり鬱な日々があったっていいと思うのです。人間だもの、わたしもあなたも。
Instagramではいいことばかりの毎日を切り取って、残して勇気にしてきたけれど、もっともっと日常のこと、人間らしいことを言葉にして残していこうと思います。
私自身が、いつまでも生きていくためにです。
そして、みんなが生きていけるように。
世界は、地球は、捨てたもんじゃない。
なんでもない、なんともないわたしだけれど、必死に生きていることをだれかに伝えて生きていこうと思います。「わたしも頑張ろう」と誰かが思えたり、わたしが支えてもらった素敵なだれかの物語が、見ず知らずの誰かさんを助けるかもしれない。そんな思いで、自分のこと、わたしの周りのすんごい素敵な人のこと、書いていこうかな、と思っています。
サムネイルは、わたしが島に住んでいた頃、毎日わたしのこころを支えてくれた豊かな海の写真です。水がないと人は生きていけないことを、水はどこまでも柔らかくて透き通っていることを知りました。わたしも、水のように、できれば竹富島の海のように、なりたいです。
どうぞ、宜しくお願いいたします。
読んでいただいてありがとうございます。もしも、共感してくださったり、興味を持ってくださったりして、サポートしたいと思ってくださったらとっても嬉しいです!