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水着はないけど、スカボロービーチ

タカシくんという男の子と仲良くなった。
彼は山口にある大学を休学してオーストラリアに来ていた男の子で、僕より2つか3つ年下で、英語が堪能なよくしゃべる男だった。

何故か僕になついてくれて、よく彼の家に遊びに行ったりしていた。彼はヘラヘラしながら「コーヒー飲む?」と僕にコーヒーをすすめてくれた。飲んだコーヒーは今まで飲んだどんなコーヒーよりもまずく、どうやって作ったのか聞くとドリップコーヒーとインスタントコーヒーの区別がついてなくて、ドリップ用の粉をそのままお湯に溶かして出していた。
勉強が出来るけどちょっと抜けてるタカシくんとスカボロービーチに行ったことがある。前に書いた女の子とデートしたビーチだ。

二人ともやることが何もなくて、ただただ時間だけがあったのでとりあえず海でも行こうかとバスに乗った。
バスの中で練習がてら英語だけで会話してみたが、周りがネイティブだけだったので恥ずかしくなってすぐにやめてしまった。その頃の僕は殆ど童貞みたいなもんで、女の子と話すのにいちいち緊張してしまっていたが、タカシくんは違った。ヘラヘラしながらも誰に対しても分け隔てなく懐に入っていく彼はオーストラリアライフを満喫していた。つまりワーキングホリデーでオーストラリアを訪れる女の子と仲良くなりまくっていて。
なんで彼が僕になついてくれているのか正直全然わからなかったが、僕が演劇をやっていることを面白がって、いつか自分の夢である海外での事業を一緒にやろうと誘ってくれた。

バスがビーチに着くと時間はもう夕方近かったのにサーフィンをしている人や日光浴をしている人が10人くらいいた。
海は相変わらず緑色に見えるくらい綺麗で水平線まで美しかった。
水際を歩きながらタカシくんがホームパーティ中につまらないから女の子と抜け出して別の部屋でセックスしてたらみんなにそれを聞かれていた話しをケラケラ笑いながら聞いていた。

僕はこの人がうらやましいなと思った。もちろん女の子にすごくもてるとかそういうところもだけど、それ以上にふらふらしていそうでいて、色んな夢を持っていて(中には石油王になるとか荒唐無稽なものもあったけど)、ただ語っている人とは違って本当にそれに向かっていた。僕にはない無邪気さを持っている人だった。
その頃好きだった歌手の曲を紹介したことがあった。「かなしいかなしい」という歌いだしの曲で僕にとってはその暗さは自分と波長があっていて愛や勇気や永遠を簡単に歌う曲より共感できたけど彼は2秒聞いただけで「待って待ってゆうくん、暗いって」と笑った。僕はそんなことないんだと説得したけど彼はヘラヘラしていた。別に怒りもわかなかった。逆に僕は石油王になるんだと言う彼のわけのわからない夢を笑ったけど彼は真剣に本当になれる理由を僕に説いてくれた。僕はいろんなことを恥ずかしいと思いながら生きていたけど彼はいろんなことを面白いと思いながら生きていた。

くるぶしに寄せる波は冷たくて少し荒々しかったけど僕たちは海に入りたくなった。夏の海はそばにいるとどうしてもそうなる。でもどちらも手ぶらで海まで来ていた。
今日はやめとこう。またみんなで水着持ってこようよ。びしょびしょのままバスに乗らなきゃいけなくなるよ。僕の言葉をまたずにタカシくんはもうTシャツとズボンを脱いで海に飛び込んでいた。低くなった太陽越しに濡れた顔を拭う彼は笑いながら「ゆうくん、早く!」と僕に言った。僕はこの期に及んでそこらへんに服を置いておいて盗まれたらどうしようと思いながらパンツ一枚になって腰まで海に進んでいった。すぐに大きな波が来て頭まで塩水をかぶった。泳ぐには冷たい水がこんなに気持ちいいことがあるのかというくらい気持ちよかった。
「うおおおお!」叫びながら波にぶつかっていくタカシくん。僕も足がつかないところまで泳いでみようとしたがすぐに波に押し戻された。二人で何も言わずに水平線を見つめた。彼の顔を見なかったが僕と同じでめちゃくちゃに笑っているのがわかった。
「このままあがったら水着じゃないからパンツがぴったりくっついて通報されるかもね」とかいまさらタカシくんが心配した。すぐに冷えたのでほとんど泳がずあがって砂浜で体を乾かした。どうやって帰ったのか覚えてないけど、水着なんかなくても海で泳げることを知った。

彼は結局石油王にはならずに台湾で自分の会社を立ち上げて社長になった。でもまだ人生はあるから、もしかしたらいつか石油王になるのかもしれない。僕は相変わらずあの時とあんまり変わっていない。
でも水着がなくても海に入れる。


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