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鰐の起立(掌編小説)

 ワニが立ち上がって、二足歩行の生活を始めた。
 いっぽう、人間は四つん這(ば)いになった――ということはなく。地べたに仰向(あおむ)けになった。うつ伏せになり手足で身体を持ち上げるのは結構疲れるのである。
 前進するときは、スケートボードを背に敷き足を漕(こ)ぐようにして押し出して進む。横に移動するときは、半回転して同じようにしたりもするが、ドラム缶のようにごろごろと転がったりもする。
 仰向けで暮らすようになると、天井をだいぶ低くすることが可能なので、安価なマンションなどでは同じ体積で戸数を増やした。ただ、エレベーターは、立っていた頃に比べ床面積を広く作る必要があったし、階段は体力がないと上(のぼ)りにくくなった
 それから、いつしか他人と話すときは、相手がすぐ近くにいても携帯端末でビデオ通話をするのがマナーになった。仰向けで顔を見るのは疲れるし、礼儀を欠くのである。また隣り合い横向きになって会話をするのは、ごく親しい人に限られた。
 それでまあとにかく、なんとか世の中が回っている。
 大きく変わったのは、立ち上がったワニたちが世界中で幅をきかせ、頻繁に人を襲うようになったことだろう。しかし元来、食べられてもどうしようもないのが人間なのだから、納得するしかない。

<了>

書籍代にします。