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ページの船(掌編小説)

 模写したページを川に流す行事があり、頁流転(ぺーじるてん)と言われている。
 もともとは成美(せいび)という土地の坊主が、友人の供養にと写経を流したのが始まりとされるが、現在では経文に限定せず、様々な市販の本が使われている。また供養する人のほかに、愛着のある本や思い出の本を選ぶ人も多く、当初とは行事のようすが違ってきている。

 参加者は前もって、任意の書物の中から自分の気に入ったページを選んで写し取る。そのとき、できれば行の数や一行に詰める文字の数を原本と同じにする。異なるいろいろな版の本が存在するし、電子書籍のリフロー形式の表示は可変であるから、そうすることで原本により特別な意味を持たせることができる。
 またカメラや複写装置で取り込み、プリンターで印刷することも可能ではあるが、昔にならい手書きする人が多い。伝統を重んじるというのもあるだろうけれど、複写する行為の中に祈りがあり、時間と身体性を経験することに意味を見出すからである。
 そして写し終えると、そのページを使い、折り紙の要領で船を作る。

 6月23日の夕暮れになると、人々は自らが作った船を持ちより河原に集まる。このとき多少の挨拶(あいさつ)や談話はするが、祭りのようにあまり騒いだりはしない。また近年では携帯端末の光が興(きょう)をそぐので、行事のあいだは使用が禁止になった。
 落日を待ってから、ひらべったい蝋燭(ろうそく)を船に乗せ、火を灯す。まずは坊主が口火を切り、一艘(いっそう)をみなもに浮かべる。ほかの参加者たちも点々とそれに続く。
 遠く小さくなって行くたくさんの火とページを見送りながら、各々の記憶を思い起こし、胸のうちを静かに整理する。

<了>

書籍代にします。