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シン・誤訳2 Bob Dylan「Blowin’ The Wind」

ある日の
ノーベル文学賞選考委員の

Funkyな会話・・・

“さて、
いよいよ今年も
この
退屈で
憂鬱な
時期がきましたね。

正直私も
皆様同様こんな茶番はとっとと終わらせて、
一刻も早く本業に身を入れたいのだけれど、
これは我々の前世で犯した数々の罪の応報によるカルマとして
粛々と選定を行うしかないのでありますよ。

ハッハッハ。

ま、少なからぬ報酬もあることですのでね。 

ホッホッホ。


さて、

単刀直入に申しますが、

ぶっちゃけ誰か良い奴いる?”


“まぁ、とりあえず毎年必ず騒がれる
HARUKI MURAKAMIについては当然ながらナシの方向ですね。

マスコミやハルキストなんていう
碌でもない連中が
毎年凝り性もなくワァワァ騒ぐお陰で
受賞させようもんなら
我々優秀なる選考委員が
碌でもない世間に屈した呈になるし
なにより
今更感はどうしたって拭えないでしょう。”

“新興国とか女性作家ってのも、
もう目新しさはないよな。
そもそも英語訳出てない本は判断しようも無いわけで...

って
おい、アンタAirPodsで何聴いてんのさ。
一応アンタも選考委員なんだから議論にはキチンと参加してもらわんと!”

“いや、スンマセン。
最近アメリカのフォークソングにハマってて
執筆中でも常に聴いてるもんだから
つい。

このボブ・ディランって人良い歌作るんすよ。

適度にしゃがれた声も味があるし
歌詞が、こう、なんていうのかな・・・
文学的!?”


“ボブ・ディランか、懐いな。
「Blowin’TheWind」とか確かに文学的だよね・・・

ん?文学!?”

“なぁ”

“おい”

“ひょっとして”

“ノーベル文学賞をボブ・ディランにあげるのって”

“あり!?”

“WOW!”

と、半ばヤケクソで
去る年のノーベル文学賞が決定されたというのは
もちろん俺の勝手すぎる想像(妄想)だが

ボブ・ディランノーベル文学賞受賞
の報に

「ヤッツケじゃねぇの!?」
と図らずも思っちまったのは
俺だけじゃないはず

そもそも平和賞と並んで
ただでさえ評価基準が曖昧な部門でも

ミュージシャンを敢えて選考するというのは
よっぽど煮詰まった末の苦肉の決断としか思えず

ボブディラン本人も受賞発表後
しばらく沈黙していたことから

“あ、こりゃ完全にスベったな”

このニュースに
多少関心のある人々の大部分の思っていたところ

受賞式には表れないまでも拒否だけはされなかったので選考委員もなんとか(首の皮一枚)体裁を保つことができたんではないかと

常識を破るその気概はヨシとしても
その副作用は思いの外大きかったのでは
他人事ながら勝手に選考委員の心中を慮ってしまった
クロスケでございます。



というわけで
(どういうわけ!?)

第二弾

「Blowin’ The Wind」
Bob Dylan


正直、昭和ギリ世代の俺にとっては
ボブディランは特別でもなんでもなく
日本のミュージシャンなら
斉藤和義くらいの
いちシンガーソングライターにすぎない。
(おや、どっちの御大にも無礼なのでは!?)

ノーベル文学賞受賞といわれたところで

いや、日本の陽水とか拓郎とか佳祐のが
よっぽどいい詩書いてると思うけど
(これも捉えようによっては色々失礼かな)

と思っちゃう
俺ですが

訳すからには手は抜きませんよ。

ディラン信者(もしくは斉藤和義ファン)
の方々に送ります!
(嘘)



「Blowin’ The Wind」概要

2ndアルバム
The Freewheelin' Bob Dylan』(1963年)
1曲目
Words&Music:Bob Dylan

後シングルカット

言わずと知れたフォークソングの世界的代表曲
ボブディランの代名詞といっても過言ではない
(なんていうとコアなファンは怒るかな)

有名ミュージシャンも多数カバーしてる
(はず。知らんけど)

日本ではサザンの桑田さんがカバーしてるの聴いたことあるけど
う~ん。

俺はふつうにサザンの曲が聴きたいね

てか
ぶっちゃけ
ボブディランの曲は

この曲と
「Mr. Tambourine Man」

「Like a Rolling Stone」
くらいしかまともに聴いたことない
にわか中のにわかなんで

そこんとこヨロシク。

誤訳

“ただひたむきに
歩き続ける男
彼が一人前と認められるためには
どれだけの年月を要するのか?

いくつもの海を渡り
飛び続ける白い鳩
彼女はいつ穏やかな砂浜に辿り着いて
羽を休めることができるのか?

常に世界のどこかで
飛び交う砲弾
平和が訪れるのは
いつになるのだろう?”


・・・なんだい、あんちゃん。
酔っぱらいが急に改まってよ。
その答えはどこにあるかって!?
そりゃ、ほらあれだよ。
風に吹かれちまってんのさ。


“山が雨に流され、やがて海に変わるような
長い長い年月を経て
ようやく人々は真の自由を手にするのか?

それまで我々は
幾度となく観て見ぬふりをしながらやり過ごさねばならぬのか?”

・・・おい、大丈夫かあんちゃん。
だいぶ酔いがまわってんなこの野郎。
文学賞受賞のお偉い先生だか何だか知らねぇけどさ。
いいかい、答えは
風の中だよ。

風に吹かれちまってんだ!


“何回見上げれば
そこに青い空は広がってるのか?

いくつ耳があれば
人々の叫び声が聞こえる?

何百、何千、何万、何億の死をもって
為政者達は自身を人殺しだと自覚するのだろうか?”

・・・だから
何度も言ってんだろ。

風だよ。

吹かれちまってんだよ!

え、つまりどういうことかって?
おいおい、あんちゃん。
ヤバイねこりゃ。
いい加減飲み過ぎだよ、馬鹿野郎。
いいかい、こんな平和ボケの国で
そんなこと場末の酒場で宣うのぁ
勝手だけどよ。

とにかく!

すべての答えは!!

風に!!!

吹かれちまってんだよ!!!!!

誰かに問いかけてばっかいねぇでよ
ちったぁ自分の頭で考えな
この
チ〇カスが!!

訳詞!? kurosuke


蛇足-誰がために懺悔はある-



え、と。

まぁ、

不祥事を起こした芸能人の記者会見が如く
誰にたいしてなのかはよくわかりませんが

とりあえず謝っておきます。

ごめんなさい。


でもさ、これそんな凄い曲かな!?

シンプルな分、深読みしすぎて
反戦だプロテストソングだなんだと
御託を並べたい気持ちはわからなくはないですが
ボブディラン本人もなんとなく作った感じじゃなかろうかってのが
フリークどころかファンですらない
わたくしのフラットな印象でございます。

白い鳩(WHITE DOVE)
の部分も
平和の象徴としての比喩として必要だとしても
渡り鳥でもない鳩が幾つもの海を渡るってのは
どうも想像つきにくく
イマイチだとおもうし

冒頭の
歩き続ける男(man walk down)から
砲弾(Cannonballs)飛び交う様
そして
戦争の惨禍を思わせる言葉
(too many people have died?)
へと飛躍する
脈絡があるのかないのか解りにくく
微妙な文脈は

正直ちょっとイラッとする
(スミマセン、そういう年頃なんです)

とはいえ
“この曲は名曲だ”
という意見に
水を差そうってわけじゃございません。

一度聴いたら忘れられない。

曲調もシンプルでありながら
ここまで多くの人を惹きつけるパワーを持った曲というのはやはり特別なのでしょう。


この誤訳は名曲しか扱わないということで
御聡明なる読者の皆様には
言葉足らずな拙著の真意をご理解いただければ
これ幸いでございます。

個人的には「Mr. Tambourine Man」
のが好きなので機会があれば訳します。

え!?

要らないって?

あ、そ。

まとも(素面)な翻訳御所望の方は↓をどうぞ
※だまし無し

MV


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