治験の経験。
俺はお金が無い。
売れてない芸人の宿命だ。
ある日友達と遊んでいる時、いつものように金ないねんな〜と呟いた。
これは人に快く奢ってもらうための布石である。
友達からは「治験でもやったら?」と言われた。
期待していた反応では無い。
俺はただ奢ってもらいたかっただけなんやけど、と思いつつもかなり興味は湧いた。
知らない方のために説明すると、治験バイトというのはまだ世に出ていない薬の実験台になって金を貰うという漫画の世界のようなバイトだ。
更に公的にはボランティアという立ち位置であるため、報酬には税金が掛からないのである。
これは素晴らしい、と俺は治験の募集を調べた。
しかし完全な新薬の治験というのはかなりリスクがある。
例えば抗がん剤の新薬の治験に行ったとすれば、まだどのような副作用があるかわかっていない抗がん剤を飲むことになるのだ。
流石にそれは怖いので、俺はジェネリック薬の治験に行くことにした。
ジェネリックというのは既に世に出ている薬を、成分をそのままに安くできるように新しく作るみたいな感じのやつである。
その場合、ジェネリックの元になる薬があるのでどのような副作用があるかもある程度予測できるのだ。
3泊4日×2回、報酬12万の治験に行くことにした。
ジェネリックを見分けたい時は基本的にこの×2回を見つければ良い。
1回目は元の薬、2回目はジェネリック版を投与して身体の反応を見るためだ。
応募するとまずは説明会と健康診断がある。
薬に関する説明を受け、そこでやっぱり辞めときますということもできるのだ。
同意した場合は健康診断に進むことになる。
健康診断はいわば受験のようなものだ。
被験者になれる人数は限られているため、応募人数の中からより健康な人間だけが治験することができる。
周りを見渡すと、かなり危ない雰囲気を纏っているの人間がほとんどだった。
俺も負けじとしかめっつらをし、できるだけアウトローな雰囲気を出しておいた。
その日は健康診断を受けるだけで5000円貰えた。ありがたすぎる。
厳しい審査を合格し被験者となった俺は、いよいよ病院に入院することとなった。
病院内での俺の名はM12番であった。
M11番は社会人、M13番はフリーター、M14番はがっつりタトゥーが入っている兄ちゃんだった。
治験中は病院から出ることはできないし、タバコも吸うことはできない。
食事は基本的に3食用意され、それをおかわりすることも、残すこともできない。
ご飯は美味しいし、量もしっかりあったのでタダでこの飯が食えるだけでもかなりありがたい。
病院の中にはWi-Fiもあり、ゲームや本を持ち込みOKで、更には漫画がめちゃくちゃ置いてあった。
基本的には薬を飲んだ後、ベッドの上でひたすら採血され続けるだけなので、皆ゲームか漫画、M11番はリモートワークをしていた。
採血は1日で20回くらいされた気がする。
刺されすぎてM13番は途中から血が出なくなっていた。
あまりにも刺されるため、周りは右腕と左腕に採血する方を分散させていた。
しかし俺はアウトローな雰囲気を出すため、ずっと左腕から採血し続けてもらっていた。
そのため俺の左腕は穴だらけだった。
もともと献血とかで慣れていたため俺はあまり苦痛ではなかったが、それがキツイ人もいただろう。
しかし採血以外に何かされることもなく、とにかく暇だったので俺は漫画を読むことにした。
本棚を見ていると、『約束のネバーランド』という漫画があった。
お、聞いたことあるぞと思い、一巻から読んでみることにした。
主人公たちは孤児院で育てられ、なに不自由なく暮らしているところから物語は始まった。
しかしその子供達の首元には何やら番号が書かれていた。
主人公たちは大人になるまで孤児院の外に出ることはできず、孤児院の中でずっと外の世界への想像を膨らませていた。
治験の状況に似とるなあ、と思った。
主人公たちにも妙に親近感が湧いてきた。
物語を読み進めると、実はその施設は孤児院ではないとわかった。
なんと孤児院の外の世界は、人を食らう"鬼"に支配されていたのだ。
そしてこの施設は孤児院ではなく、"鬼"のための人間飼育場だったのだ!
いや怖なるわ!治験の病院に置くなや!
約束のネバーランド!!!
俺はそう思い本を閉じた。
周りを見渡すと、優しい看護師さんばかりだった。こんなに良い人たちが俺のことを食うわけがない。ただの杞憂だ。
意外とストレスが溜まって不安になっているのかもしれないなと思い、少し寝ることにした。
しかし俺に優しくニコッと笑う看護師の目が、奥の底では笑っていないことに俺はまだ気づいていないのであった。
おしまい。
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