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笑う門には福来る 第20話 泳ぎ上手は川で死ぬ

 長男が寝ている横で、茂は深夜までネタ作りに没頭していた。結果、翌朝見事に寝坊してしまった。
「珍しいね。シゲが寝坊なんて……」
 拓海がトーストをかじりながら眠たげに言った。
「昨日夜更かししちゃった! テヘッ」
「急がなくていいの……?」
「いいよ。どうせ遅れるなら焦るだけ損だもん」
 マイペースに準備して玄関を出る。
「行ってらっしゃーい!」
「いや行くのシゲでしょ……」
「ほな行ってきまーす!」
「いってらー……」
 少しひんやりとした風を浴びて登校する。その道中、ハロウィン仕様の家を何軒か見かけた。茂の家では、「トリックオアトリート」と言っても「そこの菓子食えば?」と返ってくる。幼い頃はいたずらやお菓子の交換をしたものだが、年齢が上がるにつれて減っていった。みんなで仮装なんてしたことがない。
 茂は以前、サンタの格好をしてみたが、「あわてんぼうなサンタだな」と一蹴された。

 門をくぐると、風で踊る落ち葉が出迎えた。初日にも遅刻したことを思い出し、懐かしく感じる。
 授業中だが、茂は臆せず扉を開けた。
「藤原くん、おはよう。遅刻だぞ」
 南雲先生がやんわりと注意する。いつもの授業開始時のボケがなかったことに寂しさを感じなかったと言えば嘘になるが、口にはしなかった。
「今なんじ~? これ苗字! 藤原です! 遅れてごめんなさい! ラジオ体操行ってました」
「季節を考えなさい」
「ということでハンコください!」
「後でやるから席つこうか」
 いつもより静かだった教室に、活気が戻る。
「休みかと思ったじゃん!」
「寝坊したのー?」
「さすがマルちゃん、名推理!」
 茂の普段とは違う行動に、松本は怪訝な顔をした。
 一時間目は図工である。組み立て式のオルゴール箱へ、各々好きなものを描いている。茂は松本に簡単な説明を受け、残りの数分間取り組むも、描きたい絵が浮かばず、手が止まる。
 二時間目、三時間目とあくびを連発する姿を、松本は目撃した。いつものボケはあったが、どこか不調な印象を受けた。
「お前、なんかあった?」
「実は、僕には睡魔という持病がーー」
 眠くて頭が回らないだけだろうか。
 四時間目に行われた社会のテスト返しで、疑念はさらに膨れ上がった。茂の回答はいつも通り大喜利だったが——

 吉田松陰は松下村塾で(ライオン)を育てた。
            〇後の攘夷志士

 岩倉具視は(アサシン)として欧米を(刺殺)した。
               〇大使・視察

 福沢諭吉は『学問のすゝめ』などの本を書いて(天皇の悪口)を広めた。
               〇西洋文明

 小村寿太郎は(瀕死の〇カチュウのHP)を回復させた。
               〇関税自主権 

 その点数がおかしかった。いつも80点程度を取っていた茂が、今回取ったのは0点である。
 南雲先生は採点した時に気づいた。何か茂の中で異変が起こっていると。
 松本も当然勘づいた。
「しげるん、初の0点おめでとー」
「ありがとう!」
 ふざけた藤丸ですら、何かあったのだろうと察した。だが、本人はいつもの笑顔を浮かべている。
 最近、ずっと変だった。授業中に寝ていたり、委員会の仕事を忘れていたり……。
 給食の時間にもその兆候は表れた。茂は煮ものを食べ、辛いリアクションをとった。牛乳を慌てて開けたと思えば、飲む前に自分の顔面へぶちまけた。周りは驚きながらも笑う。
「もう誰? 僕の神聖なる煮物に七味入れたの!」
 本当は七味など入っていない。
「俺」松本はそのボケにのった。
「お前マジか! どこで覚えたそんな陰湿ないたずら! お母さん、そんな子に育てた覚えはありません!」
「お前に子育てする頭があんのかよ」
「ある! 俺子ども好きだし!」
「お前も子どもだろ」
「大将はもう名前決めたの? だいぶお腹大きくなってきたんじゃない?」
「やかましい!」
 いつも通りの賑わいに見えたが、やはり変だと思い、松本は尋問することにした。休憩時間に図書室へ連れて行く。静かな場所なら、大袈裟にボケたりはできない。
「松本くん、さっき僕のこと助けてくれたよね。あれ、誰もなんにも言わなかったらスベってた。ありがとう」
 少し硬いように思った笑顔。その頬をつまんで横に引っ張る。
「ツッコミは入れてやるけど、俺の前ではボケなくていい。なんかあったなら今すぐ吐け。お前の不調、みんな気づいてるぞ」
 手を離すと力なく笑った。
「えー、スイミング不足って言ったじゃん」
「犬かきで泳ぐやつが、そんなとこ通ってたら逆に驚きだよ。睡眠不足になった原因、心当たりあるだろ?」
「いやー、面目ない。ネタ書くのに夢中で」
「ホントか?」
「ホント。最近スランプなのかな? 中々面白いの浮かばなくてさ。書いて消しての繰り返しだよ」
「疲れてんじゃねえの? たまにはボケ休みしろよ」
「そんなことしたら、余計みんなどうかした? って思うんじゃない? 僕がボケなくなったらさ」
「それもそうか。ネタ書く以外にねえの? 息抜きとか」
「二十四時間ラジオ体操」
「暇人の極みか」
 どこか遊びに連れて行くか。松本のその思惑は、早くも実現した。

 六時間目の学活である。班に分かれて都道府県ポスターを作っている。名産品や工芸品、その他調べたものを絵や文章にしていく。
 レモンを黄色に塗ろうとマジックを探すも、見当たらない。茂は妥協した。
「仕方ない。緑で塗るか」
「熟してねえだろ。そのレモン」
「レモンっていうかすだちだねー」
 マジックを取ってきた委員長の坂口が、班員に提案した。
「お前らハロウィンの日って空いてる? うちで仮装パーティーやろうって母さんが」
「マジで! 行く!」
「東山連れてっていいか? あいつ菓子好きなんだよ」
「全然いいよ。人数は多い方がいいし」
「いいねー。お菓子食べ放題だー」
「仮装ってどんなの?」松本が聞く。
「定番はゾンビじゃね?」
「さてはお前、はずいんだろ」西岡がニヤついた。
「要は帽子被ったり、マント着たりすりゃいいんだろ? どうってことねえよ。お前こそサイズ見つかんのか? その腹で」
「制服があるんだから、あるだろそりゃ!」
「こんなに太ったゾンビいないよねー」
「新種だ。新種」
「お前らどんだけ俺の腹好きなんだよ。ことあるごとにいじってくるよな。藤原の言う通りチャームポイントってことか?」
「藤原も来るよな?」
「もっちろん! 行くに決まってるでしょ? いやー、腹が鳴りますな!」
「腹すかすのはいいけど、各自一つくらいお菓子持ってこいよ? じゃないとトリックオアトリートの意味なくなるから」
 普段なら断る案件だが、茂の息抜きになればと松本も参加することにした。

 曇り空の下、松本と茂は帰路を歩く。
「雨降りそうだな」
「さあ雨よ降れ! 僕は水も滴るいい男!」
「ここに自ら風邪引くバカがいた」
 二人は横断歩道で足を止めた。工事の音がやかましい。茂の口が動いたが、松本は聞き取れなかった。工事現場を通り過ぎ、聞き直す。
「なんか言ったか?」
「ハロウィンパーティー楽しみだねって言ったの! じゃあね! また明日!」
 松本の姿が見えなくなると、茂の顔はすぐに曇った。
 茂は暗い気持ちをかき消すように、家の扉を開け、声を張り上げる。
「おかえりなさいませ! ご主人様!」
「ただいまかえりました! げぼくさま!」
「ハル、そんなはしたない言葉どこで覚えたの?」
「テレビ!」
 小春は「ピアノ弾いてくる!」と部屋へ駆けて行った。リビングでは、拓海が勉強している。
「おかえり……」
 そばには飲み物と、ふれあい教室の資料がある。変わろうとしているのが、目に見えてわかった。
「珍しいね。リビングで勉強?」
「気晴らしにちょっとね……」
 茂はランドセルから宿題を取り出す。
「お隣失礼します!」
「どうぞ……」拓海は笑みを浮かべた。
「兄ちゃん、最近よく笑うようになったね」
「そうかな? 確かにただこもってる時よりは充実してるかも……」
「グスン! 成長したね! お兄ちゃん嬉しいよ!」
「お兄ちゃんは俺でしょ? 認知症なの? 最近、真逆ボケ多くなったね……」
「開拓しました!」
 しばらくして、誠司が帰って来た。いつもより早い帰宅である。
「あれ? 今日バイトじゃなかったの?」
「あー、バイトな、辞めた」
「なんで……?」
「塾講師のバイト始めるから」
「お! 兄さん、先生やるの?」
「そういうこと」
 誠司は拓海の手元を覗く。
「お前は順調だな」
「アニキは?」
「苦戦してる。俺の教え方が悪いのか、あいつの理解力があり得ないほどないのか。どうすりゃいいと思う? あいつ、まともな教え方じゃ全然わかってくれない」
「絵で説明するとか……」
「絵にケチつけてきたから無理っぽい」
「野球とか、スポーツに例えるのは?」
「俺が詳しくない」
「じゃあいっそ、小学校の問題にレベルを下げるとか!」
「その手があったか。シゲの問題集借りていい?」
「いいよ! 今終わったし」

 日が暮れると、母と京太郎が帰って来た。
「だからホントだって! ギリ赤点回避!」
「あんたが?」
「母親なら信じろよ! 息子を!」
 夕飯後には京太郎と拓海が夜の散歩へ、ボールとグローブを持って出かけた。
 茂はしみじみと思う。変わったなと。兄たちは着実に一歩を踏み出している。嬉しいようで、少し寂しい。
 その時、誠司が茂のテストを手に取った。
「おいシゲ、これどうした?」
 0点を取った社会のテストである。
「なぜかその日、ボケのインスピレーションが湧きまくってね? 書かずにはいられなかったっていうか」
 母もテストを覗く。
「キョウが赤点回避でシゲが0点? 明日は大雨ね」
「お前はふざけなきゃ、100点取れるはずだぞ。いくら笑わせたいからって全部大喜利で答えちゃ、逆に笑えねえよ。0点だぞ? 笑ってる場合じゃねえだろ」
「キョウでさえ10点は取るんだから、あんたまでバカやらないでよ? 頼むから」
「善処します!」茂は笑った。
「シゲも混ざるか? 勉強会」
「いいよ。僕が入るとボケで進まないだろうし」
 その自虐発言に、誠司は引っかかった。いつもなら二つ返事で混ざるのに。


 来たるハロウィンの日――。
 茂は探偵の格好をして、松本家のインターホンを鳴らす。
「トリックアンドトリート!」
「欲張りか」
 松本は私服だった。
「あれ? 仮装は?」
「うちにはそんなはっちゃけたもんないから、向こうで借りる」
 お菓子の入った袋を持ち、二人は坂口の家へ向かう。茂が心底楽しみな様子で、松本は安堵する。
 パーティー会場に着くと、ミイラの仮装で坂口が出迎えた。
「お邪魔します!」
 声をそろえた二人に、坂口の母(魔法使いの仮装)が奥から顔を出す。
「いらっしゃい! 楽しんでってね!」
 坂口は早速松本の腕を引き、狼男の衣装を着せる。本人はケモ耳に恥ずかしそうにしている。
「似合ってるんだから堂々とワンワン吠えて!」
「……ワン」
 嫌そうな顔が驚きに変わる。テーブルにはきらびやかな食器が並んでいた。思わず写真におさめたくなる見た目である。壁や窓にはこうもりやお化けのシール、そしてかぼちゃ頭の置物が飾られている。
 坂口に促され、ソファに腰掛ける。茂はらせん階段を見上げて、感嘆の声を漏らした。十分もすると、続々とメンバーが集まって来た。吸血鬼の藤丸、ゾンビの石川、フランケンの大将と東山。
 全員揃ったところで、坂口が仕切る。
「とりあえず、写真撮ろう!」
 茂が進んでカメラを持つ。
「大将、もっとお腹引っ込めて!」
「できるか!」
「石川くん。もっと髪増やせる?」
「無理!」
「かつらならあるぞ?」
「なんであるんだよ! しかも金髪!」
 ひとしきり写真におさめた後は、ドリンクを飲みながら人狼ゲームだ。正体がバレた人狼と、間違って人間を刺した人が、罰ゲームとしていたずらを受ける。
「はい! 僕が狼です!」
「嘘つけ。お前さっきそう言って人間だったろ。つーか自己申告すんなよ」
「占い師だれ?」
「俺だ!」
「いや僕!」
「いやいや俺だって!」
「残念、僕でしたー」
「あの、僕なんだけど」東山が遠慮がちに手を挙げた。
「どうぞどうぞ!」
「どうぞじゃねえよ! 紛らわしいことすんな!」
 罰ゲームで顔に落書きしたり、カンチョーしたり、ヘリウムガスを吸ったりして、大盛り上がりだ。茂も楽しそうである。
 探偵の仮装に合わせて、キセル風にシャボン玉を吹かす。
「家の中でやるなよ。そこら中泡だらけになるだろ?」
「これは失敬」
「お昼出来たから、キリのいいところで席ついてね!」
「はーい!」
 テーブルには、パンプキンスープやグラタン、フライドチキン、ピザ、カボチャサラダ、ハロウィン仕様のカレーなど、手の込んだ料理が並ぶ。見るだけで楽しい。
 松本は西岡が横取りしないか見張っていたが、大人しく食べていた。それどころか、
「これとっても美味しいです!」などと人当たりの良い笑みを浮かべている。
 松本は腹を抱えて笑いを堪えていた。それに気づいて、西岡が肘で小突く。藤丸はひたすら口に放り込み、幸せそうに胃袋へしまっていく。
 そこで、石川の無茶ぶりがきた。
「なあ知ってる? 藤原がチキン食べると、外国人になるんだって!」
 茂は大袈裟な手振りで答えた。
「イェス! イェス! ファンタスティック! ヤミー! チキン イズ マイブラザー!」
「兄弟食ってんの?」
「英文めちゃくちゃだぞ」
 今度は大将の無茶ぶりだ。
「藤原がグラタンを食べると、ス〇ラおばさんになるらしいぞ」
「どういうシステムだよ」
「まあ! 私を太らせる気ね⁉ なんて憎たらしい! もうこんなにおいしいと食べちゃうじゃないの! おかわりある⁉」
 こうしてフリがくるのは、お笑い担当という認識が強いからだ。これがスランプの時に来たら、たまったものではない。松本は茂を哀れんだ。
「藤原がスープを飲むと」と石川が再度リクエストした際、松本は遮り「笑い死ぬ」と引き継いだ。
 同時に、茂の腹をくすぐる。
「ふふっ、あははは!」
 手が当たって赤いジュースをこぼしてしまった。
「おい松本のせいだぞ? 坂口の母ちゃんに謝れよ」
「すいません」
「いいのよ。楽しそうだし、気にしないで」
 松本が借りたふきんで拭いていると、茂は待ったをかけた。
「ダメだよ、松本くん! 現場保存!」
「事件ですらねえよ」
 満腹で眠る藤丸を見て、石川が悪ノリする。
「そんなっ! 藤丸! くっ、死んでやがる」
「気持ちよさそうに寝てるぞ」
「これは探偵である僕の出番だね」
 茂がシャボン玉(液体なし)をくわえて、前に出る。東山も楽しくなって、珍しくのった。
「探偵さん、藤丸くんはどうしてこんな……」
「西岡、どうせお前だろ? 食い意地張ってる藤丸に嫉妬して、ぐさっと」
「んなわけないだろ! 俺もう十分食ったし、まず刺し傷なんかねえし」
「あれ? 大将は満腹か。じゃあお菓子食べられないんじゃ」
「菓子は別腹なんだよ!」
 長くなりそうな茶番に、茂が推理で終止符を打つ。
「ふむふむ、わかったぞ。犯人はおそらく……僕だ! きっと二重人格で、チキンの兄貴が食われていくのを見て、復讐心が!」
「探偵が犯人って破綻してないか?」
「何さわいでるのー?」藤丸が起きた。
「藤丸が蘇った!」
「マルちゃん、ごめんね! 僕が悪かったよ!」
「しげるんは何も悪くないよー。悪いのは全部西岡だから」
「おいこら、堂々と冤罪にすんな」
「西岡は悪役ぴったりだからな。無理もねえよ」
 うんうんと頷くメンバーに、西岡の額にピキピキと血管が浮き出る。東山がフォローに入った。
「悪役は一般人じゃ務まらないからね! 大将しかいない!」
「ま、まあな」西岡がドヤ顔を見せる。

 腹が満たされ、一同はテレビゲームを始めた。自分の仮装に似たキャラを、一から作って対戦する。
「ははは! 俺は何度でも蘇るのだ!」
「死人はさっさと召されろよ。ハゲゾンビ」
「これは坊主! ハゲじゃねえ!」
「食らえゾンビ! フランケンショット!」
「え、嘘! その頭の釘取れんの⁉」
 次の対戦では吸血鬼が棺桶に引きこもり、ミイラが外でつついているシュールな絵面になった。
「戦えよお前!」
「今回復中―」
 茂はトイレに行ったきり戻って来ない。松本は不審に思った。出番の直前、やっと帰って来た。
「長かったな。大便か?」
「もう大将! 女の子にそんなこと言っちゃだめでしょ?」
「どこに女がいるんだよ」
 次の対戦カードは狼男(松本)VS探偵(茂)である。
「これ探偵が圧倒的不利じゃない?」
「ふっふっふ。甘いのだよワトソンくん」
 茂は、キセルの煙で満月を覆い隠した。制限時間が来て、狼男が人間に戻る。結果、人間同士の取っ組み合いになった。
「探偵なら推理で勝負しろよ」
「おそらく、たぶん、きっと、あなたは狼男だ!」
「さっき見たのに、なんでそんな自信なさげなんだよ」
 探偵が押されている。
「くっ、ここまでか」
 その時、藤丸が助っ人に入った。
「しげるん、あとは助手である僕に任せてー」
 吸血鬼が割り込んで探偵の血を吸って、狼男を倒す。だが、探偵は貧血でゲームオーバーになった。
「犯人お前じゃん! 現行犯じゃん!」
「大丈夫―。これで探偵も吸血鬼の仲間入りー」
「カオスだな」

 そして、待ちに待ったおやつタイム——。
 坂口ママが出来立てをテーブルに置いていく。
「さあ、カロリーお化けのお出ましよ!」
 パイ、スイートポテト、クッキー、プリン、カップケーキ、その他持ち込みの市販菓子など、店の売り場をそっくり再現したような絵面である。
「うまっ! こんなにおやつ食べんの初めてかも。姉ちゃんと母ちゃんがうるさくってさ」
「そうそう。一日一個とか死んじゃうよねー」
「三食食ってりゃ死なないから」
「僕もこんなに食べることないよ。余っても兄ちゃんが取ってっちゃうし」
 東山に石川が共感する。
「わかる! 上だからって多く取るんだよな! おやつは平等であるべき!」
「そーだ! そーだ!」
 言っているそばから、藤丸が西岡の皿からお菓子を盗み食いする。
「お前なんでわざわざ俺の皿からとんだよ! あるだろそこに!」
「人からとったおやつほど美味いものはなーい」
「食い意地が過ぎるぞお前」
「俺より横暴じゃねえか」
「横暴な自覚あったんだね」
「どこが横暴か言ってみろよコラ! なあ藤原、俺って横暴か?」
 聞かれた本人は、おやつを無言で食べていた。
「おい聞いてんのか?」
「えっ? あー、うん、もちろん!」
 明らかに話を聞いていなかった返事の仕方だ。
「ほら横暴だってー。西岡に味方なーし」
「ちょっと威張るところはあるけど、僕にはいつも分けてくれるよ」
 東山がフォローする。
「そりゃ子分だからな! 当たり前だろ」
「藤原、大丈夫か? ぼーっとしてるみたいだけど」
「いやー、面目ない! お菓子が美味しすぎてつい!」
「なあなあ、目隠しでお菓子当てゲームしようぜ!」
 石川が提案する。
 ミスを取り返すかのように、茂がトップバッターを務めた。布を目元に巻き、スプーン一杯分を口に運ぶ。
「ふむ、このなめらかな食感、ずばり茶碗蒸し!」
「お菓子だっつってんだろ」
 間違えたら罰ゲームでいたずらを受ける。交代してワイワイ盛り上がる中、松本は茂を部屋から連れ出した。
「ちょっとこい」
「え、何? 探偵食べても美味しくないよ? 狼さん」
 玄関の椅子に腰かけ、二人は向き合う。
「営業お疲れ」
「お疲れ。でもまだ仕事が残ってるんだよね。お菓子を食べつくすという大事な仕事が。ああ、今夜も残業だあ、探偵はつらいよ」
「普通にしゃべれば? 面白くないし」
 茂はスベっても笑顔のままだ。
「松本くんはどうやったら笑うの?」
「お前こそ、笑う以外の感情、どうやったら見せられんだよ?」
「電源ボタンとスタートボタン、Xボタンを同時押し」
「こうか?」
 松本にくすぐられ、茂はひとしきり笑って息をつく。
「お前、疲れてんだろ。ボケることに。今は休憩な。さっきトイレこもってたのと同じ」
「うっ、松本くんは鋭いね。狼男やめて探偵やったらどう?」
「このままでいい。なんか慣れたし」
 茂は明らかにかわすつもりでいる。
「お前さ、前に言ったよな。笑いは伝染するって。今のお前じゃ、たぶん笑い取れねえぞ」
「……」
 パーティーは夕方に幕を下ろした。松本は用事があるからと、親の車に乗って去った。帰路を一人で歩く茂の足取りは重かった。
 楽しかったはずが、むしろ苦しさすら覚える。きっと、もっと笑って欲しかったからだと言い聞かせた。
 松本の言ったことが、一瞬頭によぎる。
 帰宅して動画を見たり、ネタ作りに励むも、気分が乗らなかった。妙に冷えた心と体をあたためるように、茂は布団にもぐった。


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