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【小説】中二病の風間くん第4話 落伍者の集会

 転入から一週間が経ち、風間は内海と登校するのが日常になっていた。たわいもない話をしていると、生徒会員が門の前に並び、挨拶を交わしているのが見えた。
「おはよう諸君、くだらないことで盛り上がるのは結構だが、前を見て歩きたまえ。また骨折したくなければね」
 プライベートに土足で踏み込む会長が視界に入り、内海は風間の腕を引く。次は何を暴露されるかわからない。見つかる前に通り抜けようと足を早める。
「何だ? 追手がいるのか? まさか君もどこぞの組織を抜けてきた口か!」
 内海の努力も虚しく、成上が立ち塞がる。
「あいさつもなしにここを通ろうとは、ずいぶん嫌われたものだね」
「やあナルカミくん、今日は妙に血なまぐさい風が吹いているね。嵐の予感がする」
「今日は一日快晴だったはずだが……ところで荷物検査があることをご存じかね? あいさつを返そうが無視しようが、ここは避けられない。さあ、鞄を見せたまえ」
 嬉々として成上は風間の鞄を覗く。
「教科書はないのかね?」
「内海さんに見せてもらう予定だ」
「隣席だからといって、毎度覗き込むのは感心しないね」
「席順まで知っているのか!? 君まさか千里眼を……!」
「同じクラスで見せあえる距離など、たかが知れているよ」
 次に目をつけたのは、水が入った三本のペットボトル。多いと指摘したが、水分補給は大事だと流された。続いて魔導書を手にする。
「それは人間界で言うメモ帳のようなものだ。感銘を受けた言葉や人生訓、そして出来事を記しておく……いわば万物のーー」
「会長! あとがつっかえてますよ!」
「そうか。ではまた話そうハヤブサくん。キミの一限目は移動教室だ。早めに準備したまえ」
 別れ際、成上は風間のポケットにメモを滑り込ませた。風間は早速、理科室でメモを広げる。
「四回目の終焉を迎える時、その星はキミの真上に位置する。何度も爆発を起こすそれを直視してはならない。この忠告を破ったが最後、二度と空が拝めなくなるだろう。内なる雷鳴轟く戦場にて待つ」
「それ何の呪文?」内海が覗き込む。
「戦場ってことは果たし状とか……決闘でもすんの?」
「これは招待状だ」
 風間いわく、四回目の終焉は四限目終わりを意味しているという。爆発を起こす星は太陽、直視できないことと真上にくることを加えて、昼休憩と訳せるそうだ。
「三文字で済むことをなんでそんなややこしくするわけ!?」
「物事すべて簡単にすればいいというものではないよ」
 風間はさらに解読する。
「時間帯からして、内なる雷鳴は腹の虫のことだろうね。戦場というのは食堂のことか。とすれば……」
「つまりはお昼一緒に食べようってこと? こんな国に仇なすテロリストみたいなマネしなくても」
「慣れない相手を前にして、全ての言葉を述べられるのか? 君は」
「それはまあ……ウチ、一人で食べるのが好きっていうか……」
 内海が言葉を濁していると、物音が空気を破った。
「おい何落としてんだよ!」
「ホント宮下ってノロマだよな」
 三人分の教科書や筆記用具が床に散らかっていた。明るく謝り拾う背中に、次の命令が下る。
「次の英語サボるから、ちゃんとノート取っとけよ?」
「はい喜んで!」
「あ、ワーク忘れた。宮下~」
「僕のでよければお貸ししますよ!」
 風間と内海が口を挟む前に、担任の声が降ってくる。
「宮下くん、今のは彼のためにも断るべきですよ。それにそこの二人、ノートは自分で取るように。サボれば帰宅時間が遅くなると思いなさい」
 国語担当であるはずの担任がなぜここに。そんな一同の疑問を察して答える。
「清水先生は出張のためお休みなので、私が代理で行います」
 実は理科の方が得意だと、嬉々として実験器具を準備する。命令権を剥奪された二人は、げっそりして大人しくなった。支配者のようだと風間は感嘆の声を上げる。
「それと風間くん、内海さん。今日の放課後は居残ってくださいね。補習があるので」
 風間は転入してまもなく赤点常習犯、内海は夏休み課題の未提出。守谷先生はそれを見逃すほど甘くはなかった。どんよりとした心持ちのまま内海はお昼を迎えた。
 食堂にはすでにゾロゾロと人が集まっている。成上の姿はない。
「このメモを渡されたのは僕だけ。つまり君は招待されていないようだが、いいのか?」
「招待されようがされまいが、こんだけ人集まってたら関係ないでしょ」
「君は一人で食べる方が好きなんだろう? 無理することはない」
「はいはいわかりましたよ!」
 内海は半ばヤケクソになり、少し離れた席に陣取った。ほどなくして会長が上着を翻してやってくる。
「ふっ、キミならあの暗号を解けると信じていたよ」
「当然だ。腹の足しにもならなかったけど、いい暇つぶしになったよ」
 席につこうとした風間は、テーブルの赤い汚れに目をつける。
「これは……血痕!」
 どうせ調味料だろうと内海は弁当を取り出す。
「これはダイイングメッセージか。文字が消されているね。遺体も移動しているようだが」
「おそらくケルベロスの仕業だろう。裏切り者の僕がここにいると知って、生徒を人質に……」
 成上は赤い汚れを指先につけて舐めた。
「いや、これはケチャップだ。何者かが私にメッセージを伝えようとしたが、気づかれて消されたと考えるべきだろう」
 本当に伝えたいなら筆記用具を考えるだろ。肝心なところでアホだなエセ探偵。
 内海は内心ツッコミを炸裂させた。だが成上は飽きもせず推理を続ける。
「おそらくこれは、オムライスを食べていたものの仕業だね。昼休憩が始まって間もないし、こちらの椅子は冷たいままだ。相席したものはいない。つまり一人で食べていたのだね」
 いちいち大事にするな。ケチャップ一つで何時間語る気だお前らは。
 内海は早くも胸やけがしてきた。
「その推理力……まさかあのシャーロック・ホームズの生まれ変わりか?」
「母が推理作家でね。卒業後は一度警察に入ってから独立して、探偵業をするつもりだ。キミは?」
「……魔界に帰るまでは、人間としての生活を堪能するよ。学校という場所はなかなか興味深い」
 成上の目が鋭く光った。
「それで名探偵は何をご所望かな?」
「私はいつも日替わり定食だよ」
 列へ並ぶ風間を見届けて二十分。不審に思い視線をやると、一人の生徒が複数人分を頼み、つっかえている。両手いっぱいにお昼を抱えて戻ってくる使いっ走りに声をかけたのは、理科室で注意を受けた二人である。
「お待たせしました!」
「遅えよバーカ」
「俺の焼きそばパンどこ?」
「申し訳ございません。売り切れていたので、代わりにピザパンをーー」
 大人しく受け取ったかと思いきや、床に落とし踏みつける。
「だったらコンビニでも行って買ってこいよ!」
「……はい。かしこまりました!」
 下僕は笑顔で食堂を出ていく。成上はその場を動くことなく一部始終を観察していた。現場の声は、商品を手に戻ってきた風間にも聞こえていた。
「ナルカミくん、君はアレを放っておくのか?」
「事はキミが思っているよりも複雑だ。彼が国内にいないとはいえ、下手に刺激すればこの学校ごと潰される。機会を窺っているところだ。見過ごしているわけではないよ。安心したまえ」
「ふむ……魔眼が疼くな」風間は眼帯に手をやり呟く。
「大丈夫か? 保健室に行くなら早い方がいいよ。先生は今日午後から出張だからね」
 内海は風間に同情した。中二病にガチレスは一番辛い。冷たい目で見られる方が何倍もマシだろう。だが鋼メンタルの風間は、性懲りもなく食前の儀式を始めた。
「それは祈祷か? 見たことのない型だが……贔屓する宗教でもあるのかね?」
「これはサタンへ捧げるレクイエムだ」
 食前にするな。内海のツッコミが炸裂した。
「ふむ……興味深い。魔界とはどんなところだね?」
「空はいつも紫でね、陽の光など当たらない世界だった」
「夜ばかりを繰り返しているというのかね? 時間の管理はどうしていた? 人間は日光によって時刻を定め、三度の飯を食うものだが……魔界は勝手が違うのか」
 魔界の話をつらつらと話す風間の声に、内海はげんなりとした。高三の会話とは思えない内容である。中二病の世界観に胃もたれしてきた頃、成上がふと箸を止めた。
「この白米、いつもより水分が少ないね」
「そうなのか?」
「おそらくこれを炊いたのは中村さんだろう。あの人は日によって水分量が違ってね。イライラしている時は特に水が多くて雑になり、眠気のある日は少なくなる」
 内海は戦慄した。この男、食堂のおばちゃんすら把握しているのか。味噌汁をすすると、成上は再び推測する。
「おや? この風味……初めての感覚だ。新人さんが入ったようだね。煮込み時間がいつもより一分長い」
「そんなこともわかるのか!? どこでその術を……!」
「三年もここにいれば誰でもわかるよ」
 千切りキャベツの産地、さらにはコロッケの仕入れ先まで口にする始末。どこまで本当なのやら知る術はない。
 成上が日替わり定食なのに対し、風間はカツサンドとポテト、野菜ジュースを口にしていた。成上はじっと観察する。
「野菜ジュースを選ぶあたり健康志向のようだが、やけにハイカロリーなものを揃えたね」
「なかなか食べる機会がなかったんだ。揚げ物というのは、どうしてこうも美味なんだろう。健康には悪いのに。あれだな、人間の食べ物はカロリーが高いほど美味いんだな!」
「人間が揚げ物を好むのは、味覚とは別に脳内の仕組みによるという一説がある。油は高エネルギーだから生存によい。それが刷り込まれているそうだ」
「生存のための機能で不健康になるなんて、おかしな話だね」
「豊かな現代人にとっては矛盾しているだろうが、外交がかろうじて行われていた当時は貴重だったのだよ。おそらく医療は人間の堕落と共に発展してきたのだろうね」
 急に偏差値上がったなおい。そんな内海のツッコミは、卵焼きと共に胃の中へ運ばれた。
 その後も話題が途切れることなく、二人は食事を済ませた。意気投合している様子に、内海は虚しさを覚える。

 時は流れ、放課後ーー。
 教室に集められた補習メンバーの中には、生徒会長の姿もあった。
「これは一見、落伍者の集会……。だがその裏には、巨大な陰謀が隠されているに違いない」
「ああ、ルシファー復活の予兆を感じる! これはおそらく前哨戦に過ぎない」
「いいえ、真実はもっと単純だと思いますよ」
 守谷先生が差し出したのは、赤々としたテストである。
「なんだ? この血に塗れた解答用紙は」
「これはダイイングメッセージか。遺体はどこだ?」
 頼むからこれ以上赤っ恥を塗り重ねるな。内海は何度目かもわからないツッコミを入れた。
 まず解説されたのは英語だった。その後、小テストを行い、一番後ろに座っていた内海が回収していく。バカ二人の珍回答を目にして、内海のツッコミが火を吹く。

 Q彼は明日、仕事でニューヨークに行くつもりだ。この文に適切な英語を入れてください。
 A国外逃亡か。面白い。港を封鎖して彼を捕えよう。(成上)

 出題者の知らないところで事件を起こすな。

 Aニューヨークだと!? 確かそこには手負いのイフリートが!(風間)

 イフリート、ニューヨーク在住なのか。

 問題文を当然のごとく読み違えている。英文を日本語に訳す問題ではーー

 Q私は恩人であるあなたのことを決して忘れません。
 A ふっ、礼には及ばないよ。(成上)

 お前は何もしてないだろ。

 A いいや、君は忘れるよ。僕の正体を知ってしまったんだ。記憶を残してはやれない。(風間)

 正体言いふらしてんのお前自身だろ。

 これからの予定を示す英表現を使って例文を作れという問題ではーー

 【本当に彼を殺すつもりなんですか?】
 【やるしかないだろう! 俺たちのアリバイが崩れた今、逃げ場はもう……】
 【悪だくみはそこまでにしてもらおう。全て聞かせてもらったよ】
 【聞いたからってなんだってんだ? 証拠はねえんだろ?】
 【先ほど台所でこれを見つけましてね? 見覚えあるでしょう?】

 サスペンスが始まっていた。一方、風間はーー

 彼はまた戻ってくるだろう。ここで倒されるようなやわなヤツではない。要であるイフリートがいなくなった今、単独で止められる者は皆無。早急に魔獣騎士団を集めろ!

 戦いが繰り広げられていた。それも二戦目に突入するようだ。

「ずっと~している」という英表現を使った作文でもーー

 A 最初の殺人から一週間が経った。殺人鬼はその間、さらに三人に手をかけている。遺されたダイイングメッセージはみな同じだった。だが、同一犯とするには不可解な点が二つあるーー

 といった具合に、つらつらと物騒な英文が続いていた。勝手に事件を起こしては解決する成上に対し、風間の回答はーー

 A 四人の悪魔を始末して一週間、僕はずっと後悔し続けている。

 殺人鬼、お前か。仲の良すぎる珍回答に、内海は羨ましさすら覚えた。


 太陽が帰り支度を始める頃、補習を終えた三人は校門をくぐる。
「実に難解な事件だったね」
「ああ、壮絶な戦いだった」
 達成感を味わう二人にバイトの時間だと告げた内海は、足早に去っていった。赤く染まる空の下、二人はマシンガントークしていたのが嘘のように、しばらく無言で歩いた。町の陰が濃くなる中、セミだけがやかましく鳴いている。
 沈黙を破ろうとするかのように、風間の首飾りが紐から抜け出した。腰を屈めて拾う風間に声が降ってくる。
「……その首飾りはもらいものかね?」
「相棒の形見なんだ。死に際に持っていてくれと頼まれた」
「ほう。偶然とは思えないね。私はその首飾りに見覚えがあるのだよ。そしてキミの異名にも」
「……」
「キミは補習を受けるほど頭の悪い人間ではないだろう」
「魔界とは勝手が違ってね。人間は中々に難解な問いかけをーー」
「そうかね? キミの成績は常人よりも優秀だったようだが」
 セミが鳴き止んだ。
「……いつの話だ?」
「中学時代だよ。全教科八十点以上。素晴らしい頭脳だ。だが出席日数は足りていなかったようだね」
 筒抜けの情報に狼狽えることなく、風間は笑みを浮かべた。
「さすが名探偵といったところか。だが真実を知るには、君はあまりにも青い」
「……私はキミがどこから来たのかを知っている。目的はなんだね?」
「そこまで調査しているなら、最後まで自分で推理すればいいだろう。探偵ならば、尚更ね」
 そう言い残し、風間は立ち去った。夕日に照らされ、成上は立ち尽くす。ポケットから取り出した空色の首飾りを握りしめて。


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