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笑う門には福来る          第4話 志は木の葉に包む

 藤原家の末っ子、小春はいつもより早く目が覚めた。弾んだ足でリビングへ向かうと、兄たちの姿はなかった。席につけば、母が朝ごはんを用意してくれる。
「おはようハル、早いね」
「うん! だってきょう、『たんじょうび』だもん!」
「おめでとう。またお姉さんになったね。何が欲しい?」
「スマホ!」
「それはまだ早いかな」
「えー、みんなもってるのに!」
 兄たちにはあるのに自分にはない。それが不服だった。茂が起きてくると、小春は駆け寄った。
「シゲにい! きょう『なんのひ』かしってる?」
「んー、メートル法公布記念日!」
「シゲにいのバカ!」
「バカな方が愛嬌あるでしょ? はいハル、誕生日おめでとう!」
 兄はラッピングされた袋を差し出した。ハルは不機嫌から一瞬で笑顔になる。礼を言って開けてみると、もふもふの狐のぬいぐるみと対面した。どんな名前をつけようかとわくわくする。

 母の催促がきて皿を片付け、着替える。土曜の登園のためだ。本音を言えば、兄たちが揃った休日を遊んで過ごしたかったが、帰宅すれば祝ってくれるだろうと信じて靴を履いた。
 茂は妹を見送った後、皿洗いを始めた。家族が多い分、負担も大きい。少しでも母の負担を減らそうと、スポンジを持つ。食器で溢れるシンクの隅には、長男の使うマグカップが置いてあった。朝に何か飲んだのだろう。後で差し入れでも持って行こうか。茂が起きた時には、何やら忙しそうに書類と睨めっこをしていた。
 掃除機をかけ、ゴミをまとめて出しに行ったところで、次男が起きてくる。
「お前、朝からよくやるな」
「母さんに頼まれたからね。極秘のミッション」
「オレに言ってる時点で秘密になってねえぞ」
「あれ? ハルは……?」
 三男が部屋から出てくると、茂は表情を曇らせ、答えた。
「兄ちゃん、落ち着いて聞いてね。ハル、どこの馬の骨とも知らない男と駆け落ちしてーー」
「幼稚園、今日参観日だから」同じく部屋から出てきた長男が代弁した。
「ちょうどよかった。まだ出来てないんだよね。プレゼント……」
 三男の『プレゼント』に次男が反応する。
「あいつ今日誕生日か!」
「忘れてたの? 若年性認知症?」
「兄として情けないね……」
「色々忙しかったんだよ!」
 長男は焦ることなく確認する。
「何時に帰って来る?」
「昼には帰って来るって」
 プレゼントをその間に用意できるか。否、現在時刻は十時半だ。
「用意してないって知ったら、あいつ怒るな」
「怒るどころじゃ済まないよ……」
「兄ちゃんなんか、大嫌い! って包丁向けて迫ってくるかも」
「あの歳で病んでたらこの世の終わりだわ」

 三男は部屋に戻り、次男は急いでスマホを開く。
「女の子って何欲しがるんだ? ぬいぐるみ?」
「一足遅かったな少年、僕があげた」茂がドヤ顔を見せる。
「スマホだろどうせ。たまに俺の勝手に持ってくし」
 長男の言い分に、次男は頭をかく。
「そんな金はねえ。つーかまだ早いだろ。何かないか? もっと手軽な」
「折り紙」
「しょぼい!」
「手編みマフラー」
「そんな器用じゃねえわ!」
「ただの糸くずになるだろうな。塗り絵とか?」
「最近飽きたって言ってた」
「アニキのプロマイド!」
「アイドルでも自分で渡すやつおらんだろ。ドン引かれるわ」
「ヘアゴム」
「あんだけありゃ、もう十分だろ」
「アニキの一発芸」
「絶対滑る」
 長男と茂の案は全てボツ。頼れるのはスマホだけだ。検索すると、可愛らしいポーチやお化粧セット、自分で作るぬいぐるみキットなどが出てきた。次男は早速、財布を片手に出かけて行った。
「兄さんは行かないの?」
「ここらのおもちゃ屋なんて、場所限られてるだろ? 今行ったらキョウと鉢合う。そんでもって、どれがいいか相談してくるのが目に見えてる。そもそも、昼からバイトの面接だし、俺は後で行く」
「何のバイト? メイド喫茶? それともキャバクラ?」
 長男が冷めた目を向ける。
「お前は俺が女に見えてんのか?」
「女装するかなって」
「何で金もらうために黒歴史作るはめになるんだよ」
「金のためならプライドも捨てる! それが漢ってもんよ!」
「女装して働く時点で男捨ててるだろ」

 出かけた次男は案の定、おもちゃ屋で唸っていた。ぬいぐるみやボードゲーム、パズル、手作りアクセセット、手作りお菓子セット、裁縫キット、魔法少女のグッズや衣装など、種類が豊富でどれがいいやらさっぱりだった。
 あまり長居していると、変質者だと思われそうだ。早く買って帰ろうと、適当に商品を一つ手に取った時、気づいた。この似合わぬ可愛らしいものを持って、レジを通らなければならないことに。これでは、変な趣味を持っていると思われても仕方がない。このミッション、思ったより難易度が高いのでは……。
 その場から一歩も動かず腕組みをする次男に、店員が話しかける。
「何かお探しですか?」
「あー、えっと妹のプレゼントを」
「おいくつですか?」
「十五っす」
「え?」
 思わず自分の年齢を言ってしまい、慌てて訂正する。
「あーいや、五歳になります!」
「でしたら、このおままごとセットはいかがでしょうか?」
 その後も色々勧められたが、余計わからなくなった。適当に三つ選んで「どれにしようかな 神様の言う通り」と運任せで商品を取る。結果、アクアビーズとやらをレジへ持って行くことにした。
「1580円になります」
 財布を確かめてひやっとした。所持金が1205円だったからだ。慌ててキャンセルし、そのまま店を出た。

 帰宅すると、すでに妹と母の姿があった。宿題中の茂が顔を上げる。
「おかえり。どうだった?」
「……だめだ。オレには荷が重すぎる」
 母は焼きそばを作ると、すぐに仕事に向かった。小春が次男に駆け寄り、嬉しそうに報告する。
「あのね! キョウちゃん、これせんせいにもらったの! あと、カエデちゃんからもこれ!」
 広げられた誕生日カードやお菓子を見て、思う。オレはまだ調達できてない。もはやカツアゲに見えてしまうのは気のせいだろうか。
「そ、そうか。よかったな」
 菓子……その手があった。無難でリーズナブル、それもケーキ屋のならちょっと特別感がある。
「みてみて! これハルがつくったんだよ!」
 幼稚園から持って帰ってきた工作を見せられ、罪悪感でいてもたってもいられなくなる。
「おう、よくできてるな! じゃあオレ、これから用事済ませてくるわ!」
 早口でまくしたて、今しがた閉じた玄関のドアをまた開ける。
「ちょっと! いまかえってきたんじゃなかったの?」
「アニキは今、今世紀最大の任務を全うしている。そっとしておいてやろうぞ」
「ふーん」
 ハルはおめでとうも言ってくれないことに不満を持った。それを感じ取った茂は提案する。
「お昼食べたら、ままごとやろっか!」
「うん!」
 ちょうど三男が昼食のため部屋から出てきた。
「たっくんもままごとやろ!」
「ごめん。今ちょっと忙しいから……」
「もー、みんな『いそがしい』っていう」
 自分の誕生日より優先すべきことがある。それはわかっていた。もう五歳になるのだ。兄たちが遊んでばかりいられないことくらい知っているつもりだ。宿題が多いと愚痴ったり、将来何をしたいか母と話していたのを聞いている。
 でも、誕生日くらいは遊んでくれたっていいじゃん。小春は頬を膨らませた。

 ピンポーンと配達がきて、茂が玄関へ走る。
「ハル、父さんから来たよ!」
 箱を開けると、メッセージカードとお化粧セットが入っていた。中々会えないが、父はよくわかってくれている。小春は笑みを浮かべた。父は出張が多い代わりに、時々こうしていろいろ送ってくれるのだ。
 皿を空にしたら、ままごとの始まりだ。小春は赤ちゃん人形を布で包み、抱っこする。茂はネクタイをつけて隣の部屋から顔を出した。
「ただいま帰りました、お嬢様! 遅くなってしまい、申し訳ございません! わたくし、少々残業をしておりまして、人員が少ない故……」
「れんらくしてっていったよね?」
「ああ! わたくしとしたことがっ! スマホの電源が切れておりまして、伝えることができませんでした」
「こぜにいれたら『こうしゅうでんわ』つかえるでしょ? それで? ごはんいるの? さめちゃったけど。あと、さくらがおきちゃうから、しずかにして」
「御意!」
 敬礼する茂に「カット!」と声を上げる。
「もう、ふつうにやってよ! シゲにい、どこにそんなパパがいるの?」
「新たなパパ像を模索してみた」
「『しつじ』じゃないんだからね? やりなおし。もっとフランクに!」
 かつらを被り、再び茂が部屋に入ってくる。
「ちーっす! 帰ったっす! ハルちゃん、遅くなってめんごめんご!」
「チャラい! もっとしっかりしたかんじの」
「ただいまハル、遅くなってごめんあそばせ。育児と家事、大変だったざますね? 皿は僕が洗っておくから、許しておくんなまし」
「その『ごび』なに! シゲにいはボケないとしぬの?」
 ツッコミながら小春は笑う。
「君の笑顔のためにやったのさ。許して」
「いいよ。なかみはごーかくだもん。じゃあつぎ、ハルが『しごと』からかえってくるほうね?」
 今度は茂が人形を抱っこする。
「ただいま! ごめん、おそくなった! いま『ゆうはん』つくるね?」
「Zz」
「ねるな、おきろ!」
「はっ! おかえりハルちゃん、なんで遅かったの? 誰と会ってたの? 僕のこと嫌いになったの?」
「シゲにい、こわい!」
「これを俗にヤンデレという。テストに出るよ?」
「ハルまだテストないもん!」
「おかえりハルちゃん、ご飯にする? それともご飯にする? それともご飯?」
「『せんたくし』ないじゃん!」
「だってラーメン鍋伸びちゃう」
 茂は大声で泣き出す赤ちゃんの真似をして、1人2役をこなす。
「ん? 何々? お風呂入りたい? ハルちゃん、さくらと入っといで! ラーメン鍋は伸びないように、僕が死守するから!」
「えー、いっしょにはいろ?」
 また泣き声を出す。
「さくらちゃん、パパ嫌いなんだって」
 小春が風呂に浸かるフリをする。
「ふーっ! ふーっ! 湯加減どう? ふーっ!」
「いまどき、そんなのないよ! なにじだい?」

 ふざける兄とのままごとは楽しいが、二時間もするとさすがに飽きてきた。
「シゲにい、にーちゃんたちまだ?」
 長男も次男も帰っていない。三男は閉じこもったままだ。妹が機嫌を損ねる前に、茂はホットケーキ作りへ誘導する。
 数枚焼けた頃、長男が帰って来た。その手には包装されたプレゼント。
 袋を開けてみると、小さなスマホが入っていた。
「かあさんダメっていってたのに、いいの?」
「それカメラ機能しかないから大丈夫。おもちゃだし」
「兄さん、面接どうだった?」
「あー、それがな」
「落ちたの? ドンマイ!」
「受かった。よほどのことがない限りバイトじゃ落ちねえよ」
 茂はデコピンを食らう。
「おやつは程ほどにな。ケーキ食えなくなるぞ」
「べつばらだから、だいじょーぶ」
「太るぞ。お前」
「ふとらない!」
「兄さん、お昼は?」
「腹減ってない」
「朝も食べてなかったでしょ。焼きそばとどら焼き、どっちがいい?」
「なんだ、その二択」
「ホットケーキにあんこ挟んだら、どら焼きになるじゃん」
「市販のあんこじゃ無理だろ」
「今兄さんは、全世界の市販あんこを敵に回したよ?」
「来るなら来い。捻り潰してやる。つーかもう潰されてんだろ」
 長男は、出来立てホットケーキをラップに包んで部屋へ持ち帰った。

 夕方になると、母が仕事から帰ってきて、ピアノの発表会用の新しい衣装をくれた。三男からも手作りストラップをもらい、小春はご機嫌だった。
 リビングでくつろぐ長男に母が頼む。
「誠司、ケーキ取りに行ってくれない?」
「何で帰りに寄って来なかったんだよ」
「逆方向だったし、ピザ頼まないといけないから」
「俺が頼んどく」
「今帰ってきたのに、また行かせる気なの? ちょっとは休ませてあげようっていう優しさはないの?」
「ない。キョウはまだ帰ってないんだろ? ついでに取りに行ってもらえば?」
 茂がスマホで連絡を取る。
「誰だ、貴様は」
『お前がかけてきたんだろうが! シゲ、ちょうどよかった。どっか美味いケーキ屋知ってるか? 噂のとこまで遠出したのに閉まっててよ』
「アニキ、タンポポという最寄り店がありながらっ! 浮気者!」
『あそこでいつも買うから、なんか違うのがいいかなって思ったんだよ!』
「いつものとこ行ってきて、謝ってきなよ。今なら予約ケーキくれるから」
『それ押し付けたいだけだろ! 逆方向だぞ? もうオレ歩き回ってくたくたなんだよ』
「大丈夫。アニキなら行ける! いつも何のために筋トレしてるの? この日のためでしょ?」
『そんなピンポイントでやってねえわ!』
「お金は払ってあるから、ついでにプレゼント買ってきなよ」
 弟の最もな提案に、次男は乗るほかなかった。いつものケーキ屋に入ると、選り取り見取りのお菓子が並んでいた。所持金は交通費で減っている。贈り物用では大きい。とはいえ個包装のものは、単体で買うと物足りない。詰め合わせにするには金が足りない。一生懸命、ない頭で考える。小春は拗ねると面倒だ。

 手作りが無理なことは、チャーハンの件で身をもって知っている。次男が目を止めたのはゼリーだった。そのまま渡しても問題ない包装、そして所持金内で済む。これだと即決し、レジへ向かった。
 セリーとケーキを手に、日の暮れた道を走る。帰り道は苦難だらけだった。駅前を通れば、自転車にぶつかってドミノ倒し。律儀に全部直して走り出すと、今度は段差を踏み外す。また、水たまりを直前で避けたと思いきや、周りを見ずに走る子どもとぶつかりそうになった。さらに、クラクションを鳴らす車を前に飛び退いた際、ケーキがガードレールの下から転がり落ちて、河川敷に飛び込んでしまった。
 やっとの思いで帰還すると、ちょうど宅配ピザが届いた。
「キョウちゃん、おそい!」
「悪い悪い」
 夕飯後、待ってましたと言わんばかりに小春が箱を開けると、ケーキは崩れていた。
「あんた、どんな運び方したらこうなるの?」母が呆れる。
「急いでたんだよ!」
「これじゃやだ! 『もういっかい』かってきて!」
「無茶言うなよ! 胃袋入ったら全部一緒だっての」
「わかってないね……」
「何だよ! 言いたいことがあるなら言えよ!」
 次男はゼリーを取り出した。
「ほらこれやるから、機嫌直せって」
 買ったのははっさくゼリーだった。
「いらない」
「は⁉」
「お前、はっさくって渋すぎるだろ」
「センスないね……」
 次男は腹が立ってきた。どんだけ必死に探したと思ってんだよ。
 茂がフォローに入る。
「ノンノン! 君たちははっさくのよさを全くわかってないね! 僕が試しに一つ食べてあげよう」
「ひとつといわず、ぜんぶどーぞ」
「一つくらい食ってみろって!」
「やだ!」
「つーかまず謝れよ。ケーキのこと」
「……そもそもシゲがオレに頼むから!」
「いやー、面目ない」
「そうだよ。最初からシゲが取りに行ってれば、もっと丁寧に……」
「不器用で悪かったな!」
 母が口論に終止符を打つ。
「やめなさい! もう起きたことは仕方ないでしょ。ハルも今日はこれで我慢して」
「やだ!」
 涙を浮かべて小春は部屋を出た。母がその背を追う。次男も気まずい空気に耐えきれず、そばにあった箱を蹴り倒し、自室へ向かった。そこで三男が気づく。
「やばいよ、これ……」
 蹴られたものは、ねじ曲がったり取れたりしていた。
「これ、ハルが持って帰って来た作品……」
「あいつ、どうしようもねえバカだな」
「とりあえず、はっさく食べて忘れよう?」茂が提案する。
「ホントに忘却効果があるなら、ハルに食べさせてよ……」
「これハルが気づいたら、どうなると思う?」
 長男の問いに一同は黙った。すでに不機嫌マックスなのに、これはもう立ち直れないだろう。おそらく明日も口をきかない状態になる。
「タク、これ直せるか?」
「やってみる……」
「シゲはキョウを復活させてこい」
 母と妹が風呂に行っている間、隠ぺいする。それが長男の作戦だった。

 次男は自室で横たわっていた。今日は何をしても空回りだ。ただ喜ぶ顔が見たかっただけなのに。そもそも妹の誕生日を忘れること自体、兄として失格だ。贈り物を選んで渡す。たったそれだけのことでつまずいている。十五歳にもなって、謝ることすらできずにいる。上手くいかないのを人のせいにして、八つ当たりした。
 オレはオレが嫌いだ。できるなら自分をタコ殴りにしたい気分だ。体ばかりでかくなっても、器が小さいままじゃ、道理でバカにされるわけだ。
 こんな兄貴のどこを尊敬しろというんだ。器用に菓子の一つでも作れたら、誕生日を忘れずに準備する計画性があれば、プレゼントを選ぶセンスがあれば……。
 茂がパーティーメガネをかけて部屋を訪れた。
「お邪魔しまーす」
「邪魔するなら帰れ」
「帰るもなにも、ここおうち」
 次男は舌打ちを返す。
「謝れってんだろ? わーってるよ」
「今謝っても逆効果だよ。むしろアゲアゲにする方法を探してます!」
「何でオレに聞くんだよ? あんなにヘマしたってのに。誠司に聞きゃいいだろ」
「アニキはこのままでいいの? 不甲斐ないとこ見せて終わり?」
「今さら何しろってんだよ」
 茂は自室から持ってきたアルバムを開く。
「これ覚えてる?」
 小春の三歳の誕生日だった。引っ越す前、家の近所でバーベキューをした時の写真だ。
「あー、誠司がクソ辛いタレ盛ってきたやつ」
「そうそう。兄さんは指示だけ出して動かないし、兄ちゃんはゲームしてるし、一番アニキが動いてたよ。網とか火起こしとか」
「オレがほとんどやったのに肉取り合いになって、挙句、お前食い過ぎって没収されたんだっけか」
「一番お肉食べてたの、実はハルだったよね」
 太るぞと兄弟総出で止めに入ったことは、今となっては微笑ましい思い出だ。
「ハルの誕生日、嫌な記憶しかねえな。そん時もケンカしたろ。余ったデザート賭けて、オレが大人げなく本気出したから」
「あれ、覚えてないの? この後仲直りしたでしょ」
 当時中二のオレにできたのは、近くで花を探すことだけだった。自然豊かな割には、萎れたものや散ったものが多くて、手こずった記憶がある。やっと見つけた一本を持って行ったら、機嫌を直してくれた。
「今花やって喜ぶ歳か?」
「難しいだろうね。でもその花、押し花してまだハルの部屋にあったよ」
「わがままになったもんだな。花で喜んでたやつが、ゼリー突き返すなんて」
「仲直りしたい?」
「そりゃ誕生日だからな。涙で終わんのはもったいねえだろ」
 茂はニヤニヤと笑みを浮かべる。
「僕に考えがある」
 カチャっとふざけたメガネを上げる弟に、次男は疑問符を浮かべたものの、言われた通りにした。

 リビングに戻り、風呂上がりの音を聞いて計画を開始する。
「えー、この度は本当に申し訳ありませんでした!」
 何事かと、小春はリビングに顔を出す。作品の隠ぺいが完了した三男と長男も、目を丸くした。茂は帽子を被りスマホを片手に、もう片方にはおもちゃのマイクを持って座っている。深々と頭を下げる次男を連写機能で撮影する。
「お前それフォルダの無駄遣いだぞ」長男がつっこむ。
「なにやってんの?」小春は怪訝な顔をする。
 二人に構わず茂は取材ごっこを続行した。
「具体的に何が悪かったのか、そこを聞かせてください!」
「まずは誕生日を忘れて、慌ててテキトーなものを買ってしまったこと、そして大事なケーキを落とし、挙句謝れなかったことをお詫びしたいと思います」
 長男が茂にのって参加する。
「はーい質問、どのように埋め合わせをするつもりですか?」
「プレゼントもケーキもお菓子、ということで後日スイーツバイキングに連れて行きたいと思っております!」
 そこに三男も参戦する。
「はーい、金欠のくせにどうやって払うんですか……?」
「これからバイトで稼いだ金を使います!」
 小春は黙って見守っていた。母もでかい声を出すなとは怒らなかった。
「あなたは誕生日を忘れていたんですよね? その約束を守れる保証はあるんですか?」
「この券がそれを保証します!」
 スイーツバイキングと書かれた手作りの紙切れだった。次男のサインもある。
「はーい、自分が食べたいだけなんじゃないんですか?」
「オレはどちらかというと、ふわふわ系より塩っけのある味が好きなので、そういうことはございません! 必ずや、たらふく甘いものを食べさせてみせます!」
 次男は小春の前へ出て、券を差し出し深々とお辞儀する。
「どうか受け取ってください! 本当にすいませんでした!」
 拒否されるのではと内心ビクビクしていたが、妹は受け取った。
「ハルはもうおねーさんだから、ゆるしてあげる! そのかわり、このあと『しゃしんやさんごっこ』ぜーいんつきあって!」
 長男は顔を歪める。こっちにも飛び火が来た。次男は二つ返事で了承する。
「その前にケーキでしょ? ろうそく刺して……」
 不格好ではあるが、刺せないことはない。電気を消して火を灯し、祝う。小春は、ケーキの途中ではっさくゼリーに手を付けた。せっかく買ってきてくれたのだから、一口くらい食べてやろうと。
「あれ? おいしい」
「だろ!」
「いやお前食ったことねえだろ」
「ハル渋いね。大人だね。俺ムリ……」
 大人と言われ、小春の口角が上がる。

 兄たち強制参加の撮影会を、母は微笑ましく見ていた。
「キョウちゃん、もっとかわいく!」
「こ、こうか?」
「きもっ」
 次男は兄の毒に耐えた。小春は長男からもらったおもちゃのスマホを向け、数々の注文を出す。
「何この公開処刑……」
 茂は女装して、ノリノリで成りきっている。
「シゲにい、かわいい!」
「やーん、もっと言って!」
「黒歴史確定だな」
 乗り気でない長男と三男も、注文(という名の被害)を受けた。
「にーちゃん、もっとわらって! さわやかに!」
「ははっ」完全に苦笑である。
「たっくん、セクシーに!」
「勘弁してよ……」
 二時間後、上機嫌で寝に入った妹を見送り、兄たちはため息を吐く。
「一番下に一番気を遣うっていうね……」
「去年どうしたんだっけ?」
「寿司屋行って、オレがハルのお気に入りの服に茶こぼして、帰って着替えたハルのアイドルごっこ」
「あー、うちわ持って煽てたね……」
「アニキ、毎年ケンカしてるね」
「ホント巻き込まれる俺たちの気持ち、考えろよ」
「サーセン」
「ハル、あんなわがまま娘で大丈夫なの……?」
「俺があれくらいの頃は、もうちょいお利口にしてたけどな」長男が呟く。
「嘘つけ! オレの分勝手に取って殴り合いになったろ」
「あんなじゃじゃ馬姫をもらってくれるやつがいるのかねえ」
「旦那さん、絶対尻に敷かれるよ……」
「大丈夫! もらってくれなかったり、捨てられたりしたら、僕がもらってあげる!」
「頼んだぞ、シゲ」
「いや気が早すぎんだろ! あいつまだ五歳だぞ?」
「妹の心配する前に、自分の心配しなきゃだね。特にキョウは……」
「何でオレだけ! 彼女なんか誠司だっていたことねえだろ!」
「めんどくさいからな」
「でも、兄弟みんな独身ってやばくない……?」
「頼んだぞシゲ、お前が一番向いてる。社交性もあるし家事もやるし、優良物件だろ」
「いいじゃん別に。みんな仲良く実家暮らしでも」
「却下」
 茂の提案に、兄三人の声が揃った。


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