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【小説】中二病の風間くん第6話 相棒

 あれから風間は、加護を探しては話しかけるタイミングを見計らい、後をつけた。やらかさないように内海も同行し、観察する。不良らしく、売られたケンカは全て買っていた。その反面、赤信号をノロノロと渡る老人を担いだり、商店街の強盗を制圧する部分も見られた。
 近づきすぎると気配を悟られケンカ腰になるため、一定の距離を保ちながら虎視眈々とチャンスを待った。
 加護はコンビニの駐車場で、足早に去ろうとする少年二人の肩を掴む。
「おい」
 少年たちは加護の強面と身長に、怯えを見せた。加護は目線を合わせて屈む。
「お前らアレ持ってんだろ。出せ」
「お金なんか持ってないよ!」
「一円も?」
 少年たちは頷く。
「じゃあお前ら、さっきコンビニで何してたんだ? 金も持たずに」
「……今度母さんに買ってもらおうと思って、値段見てた」
「ふーん……で、持ってんだろ?」
「金はないって今言ったじゃん!」
「金じゃねえよ。レジ通してねえ菓子、持ってんだろ。出せ」
 大人しい子が差し出したのは、カードの入ったウエハース三つ。
「おれは取ってないからな!」
「正直に言ったらソレ買ってやる。そんでもって、ジュース一本ずつオマケ」
「……ホント?」
「ああ、ちゃんと店の人に謝ったらな」
 自首した二人を連れて、加護はコンビニに戻り、事を済ませてベンチに座る。
「お前らどこ小?」
「青山南」
「あー、高橋って先生まだいる?」
「いるよ! いっつも怒ってんの」
「廊下走ったら隅から隅まで掃除させられてさ!」
 連絡を受けた親たちが到着し、説教タイムが始まる。
「だってお菓子買ってくんないじゃん!」
「宿題しないからでしょ!」
 加護は少年たちの頭に手を置く。
「店のもん勝手に取ったらどこ行くか知ってるか?」
「けーむしょ?」
「そ。何日も母ちゃんの飯食えねえし、菓子も食えねえ。友達と遊ぶことも許されねえんだ。宿題は一時間もありゃ終わる。賢いお前らなら、どっちがいいかわかるだろ?」
 大人しく頷く子どもたちを連れて、親はお礼を述べて帰っていった。
 今がチャンスと風間は駆け出すも、標的はバイクに乗って走り去ってしまった。成上のメモによると、この後二時間はツーリングで捕まらない。先回りしようと、二人は加護行きつけのゲーセンへ向かった。
 やかましいハイカラな音楽がそこかしこから聞こえてくる。加護を待つ間、風間は豊富なゲームに夢中だった。ドライブゲームでは危険運転の末、何度も道から逸れて落下し、ゴールにたどり着くことはなかった。リズムゲームは鬼モードをパーフェクトでクリアしたものの、討伐ゲームは即死。クレーンゲームには何度も百円を投入している。
「あんた才能の上下激しいね」
「くっ……何らかの力が邪魔しているに違いない!」
「そういう設定なの!」
 気づけば外は夕日が沈みきっていた。
「……加護くん、来ないね」
「メデューサに遭遇して石化しているんじゃないか?」
「なんで街中にいんだよ。メデューサ」
 降ってきたツッコミの出どころは加護だった。
「お前らまだコソコソ嗅ぎまわってんのか」
「ここであったが百年目! 決着をつけようじゃないか」
「三ポイントなら教えねえぞ」
「そうかな? 僕と拳を交えれば、君は意見を変えることになるだろう。この格闘ゲーム、君には馴染みがあるはずだ」
 台に手を置き、風間は意気揚々と宣言する。
「これで君を打ち負かすことができたら、どうか僕の願いを聞いて欲しい。いわばタイマンだ!」
「舐められたもんだな。これでも公式大会二位なんだけど」
「関係ないよ。僕の魔眼がすでに君の敗北を映しているんだ。忍者使いの加護くん、いや『ペネトレイト』総プレイ一八二五時間の意地、見せてもらおうか!」
「は? 何で知ってんの。気持ち悪っ」
 軽く引いたものの、加護は百円を入れた。
「もし俺が勝ったら?」
「君が勝つことはないから考える必要はないよ」
 風間は迷うことなく黒い子犬を分身に選んだ。
「へえ、口だけは達者だな。尻尾の毛ぜんぶ引っこ抜いてやるよ」
 ハンデなしの五回勝負。多く勝った方の言うことを聞くというシンプルなルールで、タイマンは開戦した。
「忍者は隠れてナンボ! 奇襲に持ち込めない時点でたかが知れてる」
「格ゲーで隠れるとかねえから。お前このゲーム初めて? その犬、一番扱いにくいって言われてるやつだぞ」
「難易度が高い。すなわち一番強いってことだ。潜在能力を舐めてはいけない!」
「秒で終わらせてやる。吠え面かくなよ?」
 序盤は加護が押していたが、終盤につれて風間が巻き返し、一勝をもぎ取った。
「どうした。君の実力はその程度か?」
 加護の目つきが変わる。
「最初から全力出すわけねえだろ。準備運動だ」
 その後、風間は加護に一瞬の隙も与えることなく五戦すべてで勝利をおさめた。加護はプライドをへし折られてキレることなく、笑い出す。
「強いなお前、プロゲーマー?」
「いや、やり込んでいた時期があってね。加護くんの腕も相当だ。あの決勝戦だけだよ。僕と戦って、制限時間いっぱいまで立っていられた相手は」
「道理で勝てねえわけだ。お前、過去唯一三連覇した『メフィストフェレス』だろ。全キャラ使いこなすっていう伝説の」
「あんたそんなにゲームやってたの!? 道理で成績悪いわけだね」内海は腑に落ちた。
「ゲームは君が思うより奥深いんだよ」
「ゲーマー=成績悪いっていう考え方が古いだろ。お前ホントに高校生?」
 加護も便乗してきた。
「悪かったな古くさくて! 言っとくけどコイツ赤点常習犯だから!」
「……マジ?」
「決まった正解など面白みがないだろう」
 ジュースを飲み、一息ついた加護は本題に入る。
「んで、三ポイントだっけ。お前バスケ部?」
「帰宅部だよ。バスケって難しいね。ボールが僕のスピードについてこないものだから、まともにドリブルもできないよ」
「普通にヘタクソなだけでしょ!」
「……悪いけど、オレもうバスケとは関わりたくねえんだ。いや、関わっちゃいけねえ。オレがボール持つと周りが不幸になる」
「その現象には聞き覚えがあるよ。おそらくアスモデウスの呪いだね。ヤツは過ちを誘い、人を欺く天才だ。全悪魔の中で最も召喚に注意が必要なんだが……加護くん、ヤツを従えるには、帽子を被らせず常に足で立たせておくことだよ」
「何のアドバイスだよ」
 呆れる加護へ、内海が母親ばりに謝罪した。
「別の頼み事なら聞いてやるよ。ハヤブサ様は何をお望みだ?」
 風間はあっさり願いを変更した。
「実は体育祭でリレーのアンカーをすることになってね。その特訓をしたい。走り方を伝授してくれ!」
「いいのか? オレで。そういうの陸上部とかに言った方が……」
「声はかけたんだけどね。走ってみせたら必死な顔で止められた」
 ーー走ることに命を捧げたい気持ちはわかる。だが、君は本当に捧げてしまいそうで怖い! 人生、走れなくても何も困らないからね!
「そりゃ災難だったな」
 苦笑をこぼし、加護は謝罪を口にした。
「あん時は悪かったな。なんかムシャクシャしててさ……」
「やはり噂はアテにならないね!」
 ハテナを浮かべる加護に内海が説明すると、ため息を返された。
「だいぶ尾ひれついてんな。オレはただ絡んできた酔っ払いと、バッド持った中坊の集団リンチを返り討ちにしただけ」
 加護は二人に連絡先交換を申し出た。
「え、いいの?」内海が戸惑う。
「こいつの保護者だろ?」
「産んだ覚えはない……!」
「内海さんは僕の番なんだ」
「へえ、お似合いじゃん。デートの最中ジャマして悪かったな」
「ち、違うから! こいつが勝手に! 強いて言うなら相棒……とか」
 二人と別れ、バイクで走る加護は呟く。
「相棒ねえ……」
 かつてパスをもらっていたチームメイトを思い出し、下唇を噛んだ。単なる相棒のままなら良かったと、何度思ったことだろう。


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