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笑う門には福来る 第10話 できる者、できない者

 休日、京太郎は妹との約束を果たすため支度をしていた。誕生日の埋め合わせである。五月に誕生日を迎えて、ようやくバイトができるようになり、金を貯めたのだ。
「早くしろよ。人混んで座れなくなるぞ?」
「まって!」
 女の準備は長い。まだ園児のくせに。
「おまたせ!」
 出てきたのは小春ではなく茂だった。京太郎は悟る。
「お前も来るの?」
「だめ?」
 いつも何かとさせている上に小春のご機嫌とりが上手い。連れて行って損はない。
「わかったよ。奢ってやる。たらふく食え」
「やった! アニキのどてっ腹!」
「太っ腹な! オレ腹出てねえし」
 三人で駅へ向かう。電車で川を横切る中、茂が手拍子をする。
「古今東西、アニキのいいところ! 力持ち」
「こえでかい」
 自分で言うものなのかと疑問に思いながら京太郎も答える。
「スポーツ得意」
「腹筋割れてる」
「すぐキレる」
「おい、それ褒めてねえだろ」
 気にせず二人は続けた。
「面倒見良い」
「ガサツ」
「何でも必死」
「りょうりべた」
「よく食べる」
「はやおきできない」
 褒めと貶しが交互に来て、京太郎が口を挟む。
「なんだそのアンサンブル。褒める気ねえならやめろ」
 今度は小春のいいところだ。
「可愛い」
「しっかりしてる!」
 自分で言った。
「……ピアノ弾ける」
「絵が上手」
「リーダーシップ!」
「……わがまま」
「キョウちゃん、それほめてないでしょ」
「ある意味長所だろ? これやりたい! とか欲しい! とかまっすぐに言えるのって。中にはいるんだぞ? 素直に言えねえやつ」
「にーちゃんなら、もっとうまくいってくれるのに」

 妹の呟きに、京太郎は窓の外へ視線を移す。
 そりゃ、オレが誠司に勝てるもんなんか、体力か食欲くらいだ。
 一般的にもよくある話だが、できた兄がいると、弟は比べられてしまう。誠司は尊敬される。頼りになる。頭もいい。一方オレは、完全に舐められてる。小春は茂を「シゲにい」と、オレを「キョウちゃん」と呼ぶ。オレには「兄」をつけていない。拓海にもつけていないが、明らかに態度に差がある。毒を吐かれるのはいつもオレだ。
 小春の誕生日にヘマをしたのも、オレだけだ。だからこうして、埋め合わせをしている。
 京太郎は劣等感をふるい落とし、電車を降りた。数分歩き、スイーツバイキングの店へ入ると、ピンクで溢れかえっていた。壁も飾りつけも可愛らしいものばかりで、客層も家族連れを除けばほとんど女性だった。
 京太郎は居心地が悪くなる。もし同級生が見たら「合わねえ!」とギャップで笑うだろう。今日は腹を括る。自分のためではなく、妹のために来たのだから。
 小春は嬉々として選び、さらに盛っていく。茂もいろんな種類を少しずつ乗せていった。京太郎の皿を覗いて、小春が苦言をこぼす。
「うわ、やまもり。センスないね」
「食ったら全部同じだろ」
 隙間なくといえば聞こえはいいが、無造作に上へ積み重ねられている。
「ワイルドだね。いや雑というべきかな」
「何とでも言え」
 こんな些細なところも、そう言われると劣っている気がするが、これは性格なのだから仕方ないと割り切る。むしろきれいに盛り付けたら「お前熱あんの?」とバカにされるだろう。それならいっそ、自分らしく堂々といた方がいい。
 美味しそうにスイーツを頬張る茂を前に、長男に言われたことを思い出す。
 ——シゲがいじめられる理由って、何だと思う?
 頭のいい長男が考えて「ない」と判断したことを、頭の悪い自分が訂正できるとは思わない。直接聞く他ないだろう。いくら予想したところで、本人以外は正解を知らないのだ。いや、本人すら知らないかもしれない。ここでもし聞き出せたら、優秀な兄よりも少し上に行ける気がして口を開いた。
「シゲ、学校どう?」
「楽しいよ」
「ホントか? オレ先生によく注意されるんだよな。それで友達にもからかわれるし。お前そういうことねえの?」
「僕もしょっちゅう注意されるよ。ボケが多いって。でもみんなが笑ってくれるならそれでいい」
「……シゲって友達多そうだよな。ケンカとかねえの?」
「しょっちゅうだね。僕の取り合いでみんな毎日血まみれ!」
「どんなクラスだよ! 挑発されたりとか、ねえの?」
「僕がやり返さなきゃケンカとは言わないから、ないね。挑発には笑いで返してるよ。いつも呆れた目されるけど」
 京太郎はない頭を必死に使い、何かされたが耐えていると推測する。
 茂はそれを察した。大将とのゴタゴタはすでに済んだことだが、口にはしなかった。
「心配ないよアニキ、嫌なことも悲しいことも、僕は全部笑いに変える力を持ってるからね」
 京太郎は感心した。
 オレなら全力で挑発に乗って、手でも足でも出している。大人だな、シゲは。
「ハルは幼稚園どう?」
「んーとね、こないだおなじクラスのこに『こくはく』されて」
「はあ⁉」
 自分でもびっくりするくらいの声が出た。
「キョウちゃん、『おおごえ』だしちゃだめでしょ?」
 末っ子に注意される自分が情けなくなった。このわがままな妹のどこがいいのだろう。
「で、どう返したんだよ?」
「タイプじゃないって」
 顔も名前も知らないが、同情した。
「どんなやつ?」
「すっごく『こわがり』でね? いつもハルのうしろにいるの。あとね、よくないてる」
 大方、堂々としている小春に憧れたというところだろう。
「ハルのタイプってどんなやつ? 誠司みたいな感じ?」
「んー、にーちゃんのやさしいバージョンかな」
 京太郎は白目を剥く。
 ハードル高え。こいつ絶対理想が高くて彼氏できないタイプだ。つまりハルみたいな女子にとって、オレは眼中にないということ。そこらで喚く猿のように思っているに違いない。
「オレって需要ねえのかな」
「メスゴリラにはモテるんじゃない?」
「一ミリたりとも嬉しくねえ」
 戻ってきた茂はフォローを入れる。
「需要はどこにあるかわからないもんだよ。いつも口喧嘩して犬猿の仲って感じの男女がくっつくことってあるじゃん? ハルとアニキみたいに」
「ぜったいイヤ」
「オレも正直ハルみたいなやつとは無理な気がする。オレが地雷踏みまくって、一方的に捨てられる未来しか見えねえ」
「じゃあ大人しめの子は? はっきり断れなかったりすると、アニキみたいに自分の意思貫く感じにキュンとくるんだよね。あと年上にもつっかかる感じが守ってくれそうな感じするし」
 京太郎は気づいた。可愛らしい店で、汗臭い男子高校生が恋バナなどシュールにもほどがある。長男が聞いたら「なに似合わねえことしてんだよ。ギャップはあっても萌えねえぞお前」と言うだろう。
 イケメンであれば可愛いともてはやされることが、自分のようなやつにはキモイと一蹴される。世の中は理不尽だ。
「筋肉オタクってのもいるらしいよ。アニキにぴったりじゃん。僕プールの時、全然割れてねえぞってつっこまれたんだよね」
「シゲもやるか? 筋トレ」
「筋肉で笑いって取れるのかな?」
 かっこつけるためでも、スポーツのためでもなく、あくまで笑いのためというのが茂らしい。

 数分後、三人の腹は満たされた。
「これで全種コンプ!」
「マジか」
「もうおなかいっぱい。あとたべて」
「自分で取ったやつは、責任持って自分で食うんだぞ」
「ハルはキョウちゃんみたいに『くいいじ』はってないもん」
 一々小ばかにしなきゃ会話できねえのかよ。
 残飯処理をしながら内心毒づく。
 京太郎はそのまま帰る予定だったが、妹は寄り道を希望した。近くのショッピングセンターへ向かう。
「これ以上は奢らねえぞ。オレだって金欠なんだから」
「かわなくていいの! みるだけ!」
 服やアクセサリーを見て回り、小春は試着を繰り返す。そのたびに茂は褒めたたえた。さらにゲームセンターにも寄る。
「これやりたい!」
「奢らねえって言ったろ」
「ケチ!」
 駄々をこねる小春に、一回だけだと小銭を渡す。そうでもしないと帰りが面倒だ。ゲームをプレイしたものの、満足いく結果ではなかったようで、さらに不機嫌になった。
「やだ! もっかいやるの!」
「やりたきゃ自分の金でやれ!」
「ハル、まだ『ごさい』だもん!」
「じゃあリベンジ、僕の使う?」
 提案したものの、妹は聞く耳持たずでゲームセンターを走って出て行った。
 無我夢中で駆けて行ったため、立ち止まった時には、どこだかわからなくなっていた。地図を読んだところで、辿り着かない。小春が泣いていると、おじさんに声をかけられた。
「嬢ちゃん、一人?」
 おじさんは気味の悪い笑みを浮かべた。

 兄二人は慌てて追いかけたが、人混みの中で見失ってしまった。京太郎は下唇を噛んだ。
 どうしてこうもケンカ腰になるんだ。相手は十一も下の妹だろ。少しくらい我慢できねえのかよ、オレ。オレに似て強気で感情的になりやすい妹だが、一人迷子になって不安にならないはずがない。ホラー番組を見た後、オレの布団に潜りこんでピーピー泣いていたやつだ。早く見つけてやらねえと。こんなんでも、兄貴なんだから。
 雑踏の中、聞き覚えのある叫び声がした。毎日飽きるほど聞いている嫌がる声だった。京太郎は迷わず走る。駆けつけると、男が妹を連れて行こうとしていた。口元を手で押さえられているが、その目は必死に助けを求めていた。
 京太郎は問答無用で男をぶん殴る。鍛えられた一撃で、男は気絶した。
「キョウにい!」
 小春はすがるように抱きついてきた。よほど怖かったのか、嗚咽交じりに事のてん末を語る。だが、ほとんど何を言っているのかわからない。
「もう大丈夫だって。ハルもいつも言うだろ? ゴリラだとか、脳筋だとか。だから……」
 言葉に詰まる兄を、茂がフォローした。
「安心しろ。お前を泣かすやつは、誰が来てもぶん殴ってやる!」
「それ、一番オレがぶん殴られるってことか?」
 兄の腕の中で安心したのか、小春は泣き疲れて眠った。
 帰りの電車の中で、茂は親指を立てる。
「やったじゃんアニキ、惚れ直したぜ」
「本来は褒められるべきじゃねえけどな、暴力って。つーかあれ、正当防衛になんのか? オレ警察に世話になりたかねえぞ?」
「大丈夫。その時は僕が弁護人になるから」
 後先考えず行動したことを反省すると同時に、守れてよかったと安堵する。
 窓から差し込む日光が、優しく妹の寝顔を照らした。


 誠司は朝早くに家を出た。改札を通り、黄色い線の内側に立って欠伸を噛みしめながら、遅延アナウンスを聞き流す。電車が止まると、すぐに四隅ポジションについた。誠司は窓から見える車を次々と追い越し、いくつも住宅を通り過ぎた。
 教室に荷物を置くと、誠司はすぐに門へ向かった。
「おはようございます」
 無機質な声であいさつし続けていると、同じクラスの副会長が口を開く。
「会長、もっと笑ってくれたら、女の子キャーキャー言ってモチベ上がるよ?」
「うるさいだけだろ」
 朝から騒がれるのは面倒だ。そもそも生徒会長という地位を望んでもいなかった。なぜ、こうなったか。
 去年のことである。誠司は生徒会選挙など眼中になかったが、先生からの推薦があった。
「藤原くんは成績もいいし、真面目だし、要領もいい。向いていると思うぞ」
 正直乗り気ではなかった。元々生徒会に属しているわけでもない。
「いいじゃん。やってみれば? 内申上がるし」後の副会長が言った。
「内申上げたいなんて、公約じゃ通らないだろ」
「何よりお前、イケメンじゃん。大半の女子は言うこと聞くっしょ」
 最初はおすすめ程度だった。そのうち、選挙に出てくださいと頭を下げられたり、期待しているよなどと、すでに決定事項のように言われるようになった。
 選挙当日、周りに押されて渋々登壇し、テキトーにそれっぽい公約を述べた。「俺に入れるなよ」と人知れず圧をかけながら。
 候補者はもう一人いた。真面目でいかにも好青年といった生徒だ。俺よりハキハキとしゃべり、その目は野心に満ちていた。
 開票すると、圧倒的な差をつけて俺だった。世の中、ちゃんちゃらおかしい。やる気のないやつに何で入れるんだよ。

 教室——。
 誠司は黙々と書類を片付ける。
「ねえねえ、藤原く~ん」副会長の声だ。
 返事をしない誠司に痺れを切らして、裏声を出す。
「もう! 私と仕事、どっちが大事なの?」
 誠司は紙を丸めて頭を叩いた。
「さすが会長、休み時間も仕事なのね」
「これ、お前の分なんだけど?」
「あれ、そうだっけ?」
 誠司は顔をしかめた。
 こんなお気楽な、仕事をサボるような生徒に投票するなよ。
 書類を提出するため、誠司は廊下に出る。副会長はそれを追い越し、誠司の方に顔を向けて歩く。
「お昼一緒にどう?」
「俺、弁当あるから」
「いつもそういうじゃん。弁当のやつが食堂使っちゃだめなの?」
「わざわざ席一つ奪う意味がわからん」
「じゃあ待っててよ。俺こっちで食べるから」
 笑いかけた副会長は、前を向いた途端、柱に顔をぶつけた。痛みに悶えるクラスメイトを置いて、誠司はさっさと歩いた。
 数分後、副会長は何事もなかったかのようにお昼を手に戻って来た。
「午後の総合どうする? 俺らが仕切る?」
「実行委員がいるんだから、そっちに任せればいいだろ」
「とかいって、自分がやった方が効率いいって思ってるくせにさ」
「……」
 そして来る総合――。
 口々に出し物を挙げるクラスメイト、それを黒板に書き留める実行委員。誠司は興味なさそうにその光景を眺めた。

 ・お化け屋敷
 ・喫茶(クレープ)
 ・屋台(お好み焼き、からあげ、ポテト、焼きそば、牛丼)
 ・演劇
 ・バザー
 ・手品ショー
 ・謎解き

 多数決で絞られるも、三つしか減らない。再度投票し、屋台系とお化け屋敷と喫茶が残る。誠司はため息をついた。もう授業時間が終わってしまう。このままでは、放課後に持ち越すことになる。
 出し物だけではない。その当番スケジュールも決めなければならないというのに。この後は生徒会室で意見をまとめる必要もある。ぐずぐずしていたくはない。
 誠司は席を立った。
「お、会長が動いた」副会長が面白そうに呟いた。
「先生、時間足りなさそうなんで、少し手伝ってもいいですか?」
「構わないよ」
 実行委員は助かったと言わんばかりの表情であった。誠司は黒板にそれぞれの詳細を書き始めた。

 ・お化け屋敷(衣装や小道具を作れるか・内装を考える必要アリ)

「とりあえず、今ある候補でそれぞれ想定して欲しい。もしお化け屋敷をやることになったら、これらの問題にぶち当たる。まず確認したいのは、毎日残って作業できそうな人。できると思ったら手を挙げて欲しい」
 自信なさげな顔がちらほら見えた。部活の出し物と重なり、あまり時間が取れそうにないと言ったところだろう。特に練習が必要なものは、小道具を作るより部活を優先する。挙がった手は少数だった。
「ありがとう。正直この人数だと厳しいと思う」

 ・喫茶(呼び込み係・接客係・調理係に分かれる)

「次に喫茶をやる場合、係は大きく分けて三つある。自分がやるならどれか、手を挙げてくれ」
 それぞれ数えると、調理希望の人数が少なかった。交代制を考えれば、各々の希望時間に応えた場合、回らない可能性がある。おそらく接客の苦手な生徒が仕方なく挙げているのだろう。
「調理係にあげた人の中で、腕に自信がある、または慣れているという人は手を挙げてくれ」
 ぐっと減った。
「ありがとう。これだと大多数は苦手と向き合いながら参加することになるかもしれない。それに、メニューがクレープなら『上手く焼けるのか』『予算とトッピング』の問題が出てくる」

 ・屋台
 唐揚げとポテトは合体できる(油を扱うため暑さ覚悟)
 お好み焼きと焼きそば(その場で調理するため、上手く客を回せるか)
 牛丼(具と飯の配分に注意しないと、少なくなった時に丸わかり)

「最後に屋台、懸念すべき点はこんな感じだ。これらを踏まえて、もう一度考えてくれ」
 多数決を取ると、唐揚げとポテト、焼きそばの二択に絞られた。最終的に揚げ物が勝ち残り、ちょうどチャイムが鳴った。
「次の時間には当番スケジュールを決めると思う。各自いつ出られそうか、部活と照らし合わせてくれると助かる。俺からは以上です」
 テキパキと進めた会長に、先生は脱帽した。
 ホームルームを終えた誠司は、鞄に荷物を詰めてさっさと教室を出る。
「俺ちょっと遅刻するわ~、そこんとこよろしく」
 副会長の呑気な声に、苛立ちを覚えながら生徒会室に向かう。まだ誰も来ていないが、準備を始めた。
 先ほど、各クラスの出し物が決まったはずだ。被りがないか、場所はどこか、予算は足りるのかを検討するため、ホワイトボードを出しておく。さらにTシャツのデザインの資料を出し、事前に用意した書類を席に置く。テントを張った際の位置と数を、あらかじめ図にしておいたのだ。コンセントや機材の在庫数も確認済みである。
 数分待つと、副会長を除いた文化祭実行委員と生徒会役員が揃った。各クラスの案を書き留め、出し物の被りはコイントスで選定し、負けた方には再決定を促した。屋台組はテントの位置を決める。
 実行委員を早めに帰すと、そこに副会長が遅れて顔を出す。
「やっほー、捗ってる?」
「募集したキャッチコピー、決まったか?」
「ごめん、忘れてた」
 謝るものの、反省の色はない。
「でも候補は絞ったよ。五つ」
 そこに庶務の一年が任務から帰って来た。
「センパイ! パイプ椅子は足りそうだけど、机は古くなってて、いくつか買い換えないといけないって」
「机、どれくらいあった?」
「えっと、三十以上」
「ちゃんと数えてくれるか?」
「いやー、途中でわからなくなっちゃって。数え直すのもめんどくてつい。もっかい行ってくる!」
 扉を乱暴に閉めていった。続いて、二年の広報が声をかける。
「ポスター案、二つに絞ったんですけど……うわっ!」
 山積みの書類がひらひらと床に落ちて混ざった。
「すんません! すぐ片付け……」
 言ったそばから、副会長の持ってきたコーラを倒す。
「山田、とりあえず止まろうか」
「はい!」返事だけはとてもいい。
「山田くん、苦くないコーヒー買ってきて~」
 コーラを飲み干した副会長が言い出した。それに対し、笑顔で返事をして山田は走り去った。書記を務める一年女子が口を開く。
「堤センパイ、それは無茶ぶりじゃないですか? せめてタピオカミルクティーにしてあげれば」
「いやないだろ。校内の自販機にはない」誠司が速攻で否定する。
「じゃあこの後、寄り道して飲みましょうよ! ね、会長」
「まっすぐ帰れ」
 ケチ~と言いながら仕事は進めていた。確認を促され、目を通す。

 ~だしもの~
 〇1の1 写メあつめて絵
 〇1の2 紙めっちゃはって絵
 〇1の3 フツーにかく絵
 〇1の4 にがお絵
 〇1の5 木の絵にわちゃわちゃ
 〇1の6 さくらペタペタ
 〇1の7 上下まちがい探し

 〇2の1 バザー  家じさん ふくろよーい
 〇2の2 アイス  バニラとチョコ
 〇2の3 ビンゴ  けーひん10パターン
 〇2の4 ぎゅーどん
 〇2の5 お化け
 〇2の6 クレープ おやつ系
 〇2の7 まがたま

 〇3の1 おかし(5組とごーどう  クッキー2パターンとマフィン2パターン
 〇3の2 やきそば
 〇3の3 あげもの  からあげとポテト
 〇3の4 的あて
 〇3の5 ドリンク  インスタント(カフェオレ・ココア・ミルクT
 〇3の6 人形げき
 〇3の7 マジック  あさ2回 ひる2回

 字はきれいでまとめ上手なのだが、語彙力のなさと、漢字を使わないところが残念だ。本人のわかるように書いたのだろうが、みんながわかるようにしなければ意味がない。
 続いて、会計を務める二年女子が席を立つ。
「五時なので帰ります。お疲れさまでした」
 仕事はできるが、作業が途中でも時間になったら帰ってしまう。副会長は書類に飽きて、マンガを読みだす始末だ。取り上げてやろうかと思ったが、放置した。いてもいなくても同じだ。こんなやつ。
 誠司は自分の割り当てはもちろん、メンバーの分の最終チェックもしなければならない。確実にミスがあるとわかっているからだ。
 誰だ、こんなメンバー選出したやつ。目ん玉ついてんのか。
 内心毒づくがはっと気づく。自分の書いた書類にミスがあった。誰にもバレないようにそっと訂正した。

 星が瞬く頃、電車に揺られて帰宅すると部屋に直行した。最近寝不足気味なため、仮眠を取ろうと横になる。そこへ小春が走って来た。
「にーちゃん、あそぼ! まだ『ねる』じかんじゃないよ」
 無視して寝返りを打つも、引き下がらない。
「いまねたら、よる『ねれない』よ!」
 生徒会のイライラも相まって、つい強い口調になる。
「うるせえ。ガキのお前とは違うんだよ。どいつもこいつもアホばっかか世の中は」
 妹は黙って引き下がったが、大きな泣き声が聞こえた。
 仮眠後、食事を取ると母に咎められた。
「あんた、たまには遊んでやれば?」
 そんな暇はない。
 するべきことを全て終え、自室で読書をたしなんでいると、同室の茂が寝る支度を始めた。
 こいつなら、俺の苦労がわかるはずだ。この家の面倒を一手に請け負う、こいつなら。
「なあシゲ、世の中どうして無駄が多いんだろうな。めんどくさくてやってらんねえよ」
「まあなんてはしたない! どこでそんな言葉を覚えたの? お母さん悲しいわ!」
「お前に聞いた俺がバカだった」


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