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笑う門には福来る第14話 親しき仲に礼儀あり

 夕飯時、テレビで花火特集をしていた。
「これいきたい!」声を上げた小春に母は眉を下げる。
「んー、次いつ休み取れるかな」
「じゃあ『でんしゃ』でにーちゃんたちといってもいい?」
「いいけど、キョウか誠司が必ず一緒に行くこと!」
 拓海はおそらく外に出ない。茂はまだ小学生だ。近所ならまだしも、遠出させるのは不安だった。
「にいちゃん、あれいきたい!」
「キョウと行って来い」
「オレ、その日バイト」
「バイトやすんで!」
「無茶言うな! 仕事ほっぽり出して遊びに行くことがどれだけ責められるか、まだお前は知らねえんだよ」
「付き添い、僕だけじゃだめ?」
「だめ」母は譲らない。
「じゃあたっくん!」
 一同揃って、断るだろうと予想する。小春はお構いなしに拓海の部屋へ向かった。
「たっくん、こんどの『どようび』あいてるよね? はなびいこう!」
「えー、リモートでいいなら……」
「なまじゃなきゃやだ!」
「俺が人混み苦手で、外に出るのも億劫なの、知ってて言ってる……?」
 茂も部屋に入る。
「じゃあ、人がいないところで見ればいいじゃん」
「観光地なのに人がいないわけないでしょ……」
 行きたいと駄々をこねる妹の横で、茂がドヤ顔で提案する。
「それが、あるんです! そういう場所が!」
「ホント? たっくんもいけるところ?」
「もちろん!」
「いく!」
 拓海の意思は尊重されない。
「行くなら二人で行ってきなよ……」
 二人は土曜日ねと念押しして立ち去った。
 決定事項なのか。外出たくない。人間ヤダ。花火自体は嫌いじゃない。でも、あの人でごった返した空間にいると、まるで自分が浮いているように感じて仕方ない。その上、人がいるところには必ずトラブルが付き纏う。
 拓海はため息をついた。人類は増えすぎたんだ。

 そして当日の夜――。
「兄ちゃん、行くよ?」
「だから二人で……」
 よく見ると、茂が手にしているのは手持ち花火だった。
「え、そっち……?」
「うん、こっち。これなら公園で済むでしょ? 人もいないし」
「他にも同じこと考えてる人がいたらどうするの……」
 小春がひょこっと顔を出す。
「おいだす!」
「いや、横暴……」
「危険だし、絶対離れてやるって。それに暗いからよく顔見えないでしょ? 兄ちゃん、暗闇に紛れるの得意でしょ?」
「俺は暗殺者か何か……?」
 重い腰を上げ、拓海は着替えた。虫よけスプレーをかけて、久々に外に出る。日が落ちているため、あまり暑さを感じない。代わりに月が出ている。拓海はフードを深く被った。茂は懐中電灯を手に足元を照らす。
 闇夜にカエルの泣き声が響く。人はいない。道路にも車一つ走っていない。そのことに拓海は安堵する。しかし道中、茂が小春をわっと脅かした時、拓海も釣られて肩を揺らした。
「もう! シゲにい、そういうのやめて! 『きもだめし』じゃないんだよ?」
「大声出さないで……近所迷惑……」
 公園に入ると、手際よくバケツにビニール袋と水を入れ、花火を取り出し、着火する。閃光が勢いよく出た。魔法使いノリの二人が、呪文を叫びながら手持ち花火を振り回す。
「危ないからやめて……」
 拓海は嫌な思い出を脳裏に浮かべた。京太郎に花火を向けられ、火傷したことがあるのだ。
「兄ちゃん、写真撮って!」
「何で……? 打ち上げならまだしも。手持ちだよ? それに前にも撮ったことあるでしょ」
「こんなことあったって、忘れたくない! いつかみんな家出て行くから、一緒にいる時におさめたい」
「じゃあハルがとる! あとでハルのこととってね」
 長男にもらった疑似スマホでポージングする茂をパシャっと撮る。
 拓海はぼんやり二人の様子を眺めた。
 夏休みにはしゃげるのは、普通に学校に行っているからだ。不登校で休んでいる俺にとっては、夏休み感なんてない。いつもと変わらず、ゲームして絵を描いて寝て、を繰り返す。
 いつかこんな時代もあったと笑える日がくるのだろうか。それまでに死んでしまいそうだ。家の中の誰より先に。悲しんだところで、誰も理解していないことだろう。棺の横に立つ人全て、俺の苦しみなんかちっとも知らないまま。想像しただけで虚しくなった。
 ひとしきり花火を楽しんだ後、線香花火で誰が一番長持ちかを競う。
 俺は勢いよく出る花火にはなれない。一番早く落ちたのは俺だった。花火みたいに、誰かに着火してもらわないと頑張れない。いや、もう俺はしっけているのかもしれない。


 公園でラジオ体操が行われていた。早起きした子どもたちが集まり、等間隔に並んで体を動かしている。茂は松本の姿を発見し、駆け寄った。
「松本くん、今日空いてる?」
「宿題やる」
「じゃあ僕もやるから一緒にどう?」
「どうせボケ倒して進まねえからいい」
 スタスタ歩く松本の後を、茂はテクテクついていく。
「あのほら、松本くんってテストの点いいでしょ? 教えて欲しいところがいくつかあってさ」
「お前ホントはもっと点上がるだろ? ボケで減点されてるだけで。俺と勉強したいってのは口実だろ? 本音は?」
「遊びたい」
「だろうな」
「でも、ちゃんと勉強もやるよ? 僕がいればいつもより楽しくできるよ?」
「やかましいの間違いだろ」
「ところで松本くんはさ、この夏どっか行った?」
「塾と図書館」
「じゃあ尚更だよ! 絵日記なんて書いてるの? どうぜ『テレビ見た』とか『本読んだ』とか、そういうのでしょ? たまには非日常過ごそうよ」
 図星だった。
「……まあ俺ん家、親出てるしいいけど」
「じゃあ、お昼食べてから行くね!」
 弾んだ足取りで茂は帰宅していった。松本はその背を見送る。今まで友達を家に上げたことはないが、修学旅行の遊園地以来、一人で過ごす時間がたまに退屈に感じるようになった。一日くらいあげてやってもいいか。
 数時間後、チャイムが鳴って出てみるとパーティーメガネをかけた茂がそこにいた。
「お邪魔します!」
 松本は無言で閉めた。
「ちょっとまだ僕ボケてないよ!」
「そのメガネがボケなんだよ。オシャレのつもりか?」
「いやー、松本くんとお揃いないかなって探したらこれしかなくて」
「気が散るから外せよ」
 中に案内された茂は、立派な縁側を見つけてテンションが上がる。
「ここに座ってお茶すすりながら黄昏る、白髪の生えた松本くん、想像できる」
「すんな」
「その隣に僕もいるといいな」
「……」
 縁側に座って日差しを浴びる茂に、松本はラムネを持ってきた。
「飲む?」
「もちろん! 松本くんってラムネ飲むんだね」
「そんなに意外か?」
「昆布茶とか飲んでるイメージ」
「俺、そんなにじじいに見えてんの?」
 涼しげな風鈴の音が鳴る。
 ラムネを飲み干した後、二人は松本の部屋に向かった。棚には大量の本がきれいに片づけてある。一際目立つのはピアノだ。
 テーブルを持ってくるため、松本は部屋を出た。棚の上には写真が立ててある。遊園地を背に、無邪気な笑顔でピースする幼い松本と両親だ。あれほど嫌がっていた修学旅行とは大違いである。
 茂はドッキリ撮影してやろうと、スマホを出してドアの前でスタンバイする。松本が戻ってきてドアを開けると、鈍い音がした。茂が顔を覆って蹲っている。
「お前何やってんだよ」
 二人はテーブルの上に宿題を広げた。
「どれからやるの?」
「社会のプリント」
 茂もそれに倣った。教科書を広げれば、答えなど簡単に見つかるものだが、茂の回答は違った。

(平青盛)は平氏の全盛期を築いた。 
正解:平清盛

源頼朝は日本最初の(パンケーキの店)を開いた。 正解:幕府

一一八五年に壇ノ浦で(地球)を滅ぼした。 正解:平氏

北条政子は(ハゲ)と呼ばれていた。 
正解:尼将軍

足利(おじさん)は京都の北山に(砂の城)を建て—— 
正解:義満 金閣寺

「逆に尊敬するわ。こんなにわざと間違えれるもんか?」
「いやー、それほどでも!」
「褒めてねえ。つーか教科書開けよ」
「始めから答え知ってたら、面白くないじゃん」
「宿題は元々面白いもんじゃないだろ」
「松本くんも何か一つ間違えてみせてよ」
 書き直す手間がかかるが、リクエストに応えた。

 清少納言は『本性』をあらわす。 
正解:枕草子

 茂は腹を抱えて笑った。
「松本くん、ボケもできるんだね!」
「やりたくてやってるんじゃないけどな」
 続いて、国語の読書感想文を片付ける。これなら静かにするだろうと、松本は本を開く。茂も本を持参してきていた。タイトルは「シンデレラ」だ。
 二人の間にしばらく沈黙が訪れる。それを破ったのは、茂の屁だった。何発もかます茂に、松本は口を開いた。
「お前、黙っててもうるさいよな」
「これは生理現象だからね。出さない方が健康に悪いよ」
 作文が完成したと、添削を頼んできた。松本は用紙に目を通す。

『ツンデレラ』を読んで
          藤原茂(十二歳・男性)

 我輩は『ツンデレラ』を読んで、ツンデレの奥深さを知った。意地悪な義理の姉の要求に完璧に応えつつ、堂々と反論するツンデレラは、とても強いと思った。「別に行きたいとは言ってない」そう言った彼女が、魔法使いによって正装に身を包んだ時、ちょっと嬉しそうにしたところにぐっときた。
 王子にも最初はツンとした態度だったが、ラストは顔を真っ赤にしてデレたところは悶絶した。
 ツンデレは典型的なギャップだ。ありきたりといえばそうだが、王道はやはりいいものである。

「タイトルから違うじゃねえか。一人称も変だし、明らかに俺のこといじってきてるだろ」
「ツンデレはいじると、より輝くんだよ!」
「ムカつくだけだよ!」
 漢字ドリルでも、安定のボケを披露する。子供をクソガキと読み、姿を次女と解体して、蒸しパンを虫パンと書き異物混入させ、そして筋肉を菌肉と書いて腐らせた。
 その回答を見た松本は、先生に同情した。毎回採点が大変だろう。
 次は俳句作り三つだ。テーマは夏である。

 ツンデレの・毒舌八割・照れ隠し

「そんなことはねえ」

 メガネ割れ・始めてみたよ・コンタクト

「夏要素ゼロ! つーか俺の要素じゃん。それで提出すんなよ?」
「夏にすればいいんでしょ? わかったよ」

 かき氷・シロップ混ぜて・まっくろけ
 セミの声・聞こえはしても・見つからない
 日焼け止め・塗れども塗れども・焦げる肌

 ツッコミに疲れた松本は、アイス休憩を取った。
「松本くんもアイス食べるんだね」
「俺は一体どんなイメージついてんだよ」
「氷をそのままドカ食いしてそう」
「そんなに野生的じゃねえよ」
 続いて、自由研究――。
 みんなが悩むものの一つだ。テーマを決めるのにも時間がかかる。松本は、昔ながらの遊びの歴史について研究する。一方、茂は唸った。
「植物の観察とかは?」
「捻りがないんだよね」
「じゃあ紙飛行機の飛距離、一番飛ぶ折り方」
「悪くないけど、ボケとしては弱いかな」
「そもそもボケんなって話だよ」
「僕からボケを取ったら、骨と皮しか残らないよ!」
 悩んだ末、茂は言い放った。
「そうだ! 松本くんを観察しよう! 題して『クラスのクール ナンバーワン 松本くんを徹底分析!』」
「却下」
「じゃあ質問! 何でメガネをかけてるの?」
「視力悪いからに決まってんだろ」
「何で悪いの? ゲームは一日何時間? 睡眠時間はどれくらい?」
「問診票かよ。ゲームというより読書だな。暗いところで読んだから」
「ふむふむ、松本くんは風呂でも寝るときでもメガネを外さない、と」
「外すわ! なんだよ? そのメガネへの執着心」
 松本が「お笑いにすれば?」と提案する。
「なるほど、検証! 親父ギャグがスベるのはなぜ?」
「くっだらね」
「じゃやってみせるから、感想聞かせてね?」
 茂は息を吸い込むと、一気に吐き出した。

 布団が吹っ飛んだ
 太陽ギラギラ目いたいよう
 いかはいかが
 大正生まれの大将
 マグロの内臓まあグロイ
 終日習字に勤しむ囚人
 定食屋に定職

「どう?」
「多分、パーティとかでやったら普通にスベる」
「どんなに考え抜いたものでも、笑いは取れないよね。何でかな?」
「言葉遊びの一種だからだろ。笑かそうってよりは、こんなの思いついたって感じだから、俳句のめっちゃ簡易版みたいな」
「なるほど、ダジャレはネタというより作品なんだね」
 次は二人でやった時のコントと一人でやった時のコントは、どっちが面白いのか検証しようと言い出した。松本は嫌そうな顔をする。以前なら断っていたが、自由研究なのだ。協力くらいはしてやろう。
 茂は膝をついて崩れ落ち、泣き叫ぶ。
「先生! 僕、気づいてたのに! 救ってやれなかった。あいつは一週間ずっと鳴き続けて、寝る時もうるさいなって思ってた。でも、急に動かなくなって息を引き取って……。三日経った頃から、もはや音楽くらいに思うようになって、愛着も湧いてきました。つい昨日まで元気よく鳴いてたのに。こんなのってないよ! 僕たち、まだ出会ったばかりじゃないか」
 茂は一人芝居を続ける。
「くっ、彼はずっと悲鳴のサインを出していたのに! 僕はうるさいだなんて。今さら何を言っても、彼は戻って来ない。なら、お菓子でも食べて落ち着こう。はっ! あいつまさか、仮死状態だったんじゃ! 今からでも間に合うかもしれない! 僕、動物病院行ってきます! 離してください! 先生、僕は……え? まだ宿題が提出されてない? 宿題なんかあいつの命に比べたら軽いもんですよ! やってなかったのはその、僕が悪いんです! 集中できないっていうか、苦しそうなあの声を聞いてるとつい手が止まって!」
 松本は呆れつつも耳を傾ける。
「あの声が、今でも耳に残って消えないんです! 僕のこのやるせなさは、どうしたら消えますか! 宿題でもすればって? それは嫌です。この思いを読書感想文に? 感想文は本でなければなりません。つまり、このセミへの熱い思いは感想文にはなりません。なので、その課題はできません!」
 終了した途端、松本が口を開く。
「お前よくそのテンション維持できるな。逆にすげえよ」
「一人バージョンどうだった?」
「んー、熱く語っててオチがセミってのは落差あっていいと思うけど、なんか物足りないっていうか」
「じゃあ次、二人バージョンね! 松本くんはツッコミ」
 そうくるだろうとは思っていた。渋々応じて、ネタ帳を受け取る。一人バージョンとは設定が変わり、教室ではなく自室になっている。

「あー!」
「どうした? 大声出して」
「僕、気づいてたのに! 救ってやれなかった!」
「落ち着け、何があった?」
「死んじゃった」
「……誰が?」
「見てわかるでしょ! こいつだよ!」
「セミじゃねえか。なに大声出してんだ? セミごときで」
「こいつは一週間ずっとここで鳴き続けて、寝る時もうるさいなって思ってた。でも、急に動かなくなって息を引き取って!」
「セミだからな」
「三日経った頃からもはや音楽くらいに思うようになって、愛着も湧いてきた。つい昨日まで元気よく鳴いてたんだ! こんなのってないよ! 僕たちまだ出会ったばかりだったのに!」
「お前暑さで頭やられてんな。死骸に喚いたって何の得もねえんだ。さっさと片付けるぞ」
「待ってよ! 僕はまだ現実を受け止められない!」
「いい加減茶番やめろ。そのテンションが受け止められねえわ」
「茶番? セミが一匹死んでるんだよ? 尊い命が目の前で!」
「セミはそういうもんだ。一週間、役目を全うしたんだ」
「くっ、ずっと悲鳴のサイン出してたのに! 僕はうるさいだなんて!」
「あれ別にそういうんじゃないから。自分を責めるな。ほれ、お別れだ」
「なんでっ! なんでそんな簡単に! 僕はお別れの言葉一つも言えてないのに!」
「セミよりうるせえよ、お前。もう終わったことだ。忘れろよ。菓子でも食って」
「あいつまさか! 仮死状態だったんじゃ!」
「普通に死んでるぞ。セミ、そんな器用じゃねえだろ」
「今からでも間に合うかもしれない! 僕、動物病院行ってくる!」
「待て。お前まだ宿題やってねえだろ。明日だぞ? 学校」
「宿題なんか、こいつの命に比べたら軽いもんだよ!」
「じゃあ何で今までやってなかったんだよ」
「それは! 僕が悪いんだ。集中できないっていうか、苦しそうなあの声を聞いてるとつい手が止まって!」
「庇うみたいになってるけど、お前が悪いよ」
「行かせてよ! こいつを見殺しにしろっていうの?」
「見殺しにしてたじゃん、お前。もう楽にさせてやれ」
「あの声が! 耳に残って消えないんだ! 僕のこのやるせなさはどうしたら消えるの?」
「宿題でもすれば?」
「それは嫌だ」
「感想文真っ白じゃねえか。そのセミについて書いたらどうだ? そんなに思いが溢れてるなら」
「何言ってるの? これ読書感想文だよ? セミをなんだと思ってるの」
「セミに感情移入してたやつに言われたかねえよ!」
 コントが終わり、二人は息を吐く。
「どう?」
「うん、やっぱセリフって掛け合いの方がいいな。見てる方もわかりやすいだろうし」
「結論、二人でやった方が面白い! 協力ありがとう」
「それ、兄ちゃんとやればよかったんじゃねえの?」
「アニキはツッコミ入れてくれるけど、批評まではできないよ。頭弱いから」
「お前たまに辛辣だよな」

 次は絵日記見せあいっこしようと言ってきた。見せて恥ずかしいものもないと、松本は応じた。
 茂の絵日記は「素麺流しをするという妄想をした」「公園で花火」「マルちゃんと川遊び」「図書館で本を借りた」「学校のプールで泳いだ」など充実した内容だった。一方松本は、塾・テレビ・読書・将棋。
「夏休みとは思えない過ごし方だね」
「うるせえ」
「じゃあこれから面白いの書こう! 非日常やろう!」
 そう言って茂が取り出したのは、プラスチックの容器と、未開封のホットケーキミックスだった。

 数分後、二人は台所にいた。牛乳と卵を取り出し、生地と混ぜる。
「チーズ入れてみる? あ、練乳あるじゃん!」
「お前、人の家の冷蔵庫漁んなよ」
「何? エッチなものでも入ってるの?」
「冷蔵庫に入れるバカがいるわけねえだろ」
「じゃあ冷蔵庫じゃないとこにはあるの?」
「ねえよ。少なくともうちには」
「僕の家にはあるよ。アニキのやつが。ハルに見られて『脂肪の塊見て何が楽しいの?』って言われてたけど」
「人間、丸いもんが好きなんじゃねえの? ほら、ゆるキャラだって丸いやつばっかだし」
 生地を型に流し込みながら、茂はあの日聞けなかった質問を投げた。
「松本くんはさ、どんな子がタイプ?」
 修学旅行の時、一人だけ寝ていた(狸寝入りしていた)松本の答えを知りたかったのだ。
「そもそも人間があまり好きじゃない」
「じゃあ、ろくろ首とか砂かけばばあ?」
「妖怪も却下だな」
「じゃあ逆にこういうタイプ無理ってのはある? 例えば、大将とか。よく口論してるよね」
「偉そうだからな」
「それブーメランじゃない?」
「あ?」
「マルちゃんはどう? ふにゃって感じの」
「世話が大変そう」
「石川くんは?」
「無駄にうるさい」
「坂口くんは?」
「一番マシ」
「委員長タイプなら尾野さんかな?」
「勝手にフローチャートすな」
 レンチンしている間に、二人はトッピングできそうなものを並べていく。
「僕は? って聞かないんだな」
「だっていつもうざったそうにしてるから」
「自覚あんのかよ。でもまあ、嫌いじゃねえよ。ふざけたところは相変わらずだけど、意外と芯あるっつーか……」
「松本くんのデレ、いただきました!」
「いただくな!」
「僕も松本くんのこと好きだよ。なんだかんだ言ってのってくれるし、冷たくしてるようで優しいし」
 ストレートな好意に戸惑い、耳を赤くした。
「俺はっ、好きとは言ってねえよ。嫌いじゃないって言っただけで……」
「ツンデレの『嫌いじゃない』は好きと同じなの!」
「は⁉」
 タイミングよくレンジが鳴いた。完成した一口サイズのスポンジの上に、ジャムや練乳をかけていただく。
「甘~い。でもさっきの松本くんの言葉の方が甘かったな」
「さっきのは忘れろ!」
「松本くん。甘いの平気なんだね。てっきり苦手なのかと」
「なんでだよ?」
「大将が『チョコ突き返してた』って言ってたから」
「あー、まあ応えられない好意はハナから受け取らない方がいいかなって」
「なるほど。松本くんは好きになった相手ならデレデレで、一途な男の子なのね」
「変な解釈すんじゃねえ」
 茂が書き込もうとしたメモをひったくる。
「あー、僕の自由研究!」
「さっきやったろ! テーマ俺にしたらビリビリに破くからな。逆にお前みたいなタイプは誰にでも笑顔向けて、信用されねえぞ」
「浮気なんかしないよ!」
「しなくても友達多い分、誤解されやすいんだよ。将来、気をつけろよ」
「松本くんは友達少ないから安心ってこと?」
「少ないじゃなくて、いねえんだよ」
「え、僕は?」
「……クラスメイト」
 傷つけるかもしれないが事実だ。そもそも、どこからが友達なのかなんてわからない。
「よかった。変な生き物とか言われるかと」
「お前は俺をなんだと思ってんだよ」

 二人は部屋へ戻り、遊び道具を探す。出してきたのはこまや将棋盤、かるたやけん玉、すごろく、トランプだ。
「こんなのしかないけど」
 松本は自信なさげに言った。普通なら、ゲームしたり、もっと面白いボードゲームをするだろう。だが、うちにはなかった。一緒に遊ぶ相手がいないなら、あっても意味がないと思ってあまり買わなかったのだ。
「つまんねえだろうけど、他にねえから……」
「でも普段はこれするんでしょ? じゃあ使おうよ。つまらないなら新しい遊び方を考えればいいんだから」
 将棋の駒でドミノをしてみたが、長くは続かなかった。
「やることねえなら、もう帰った方が……」
 無理して遊ばなくてもいいと、松本は呟いた。茂はそれを右から左へ受け流し、サイコロと将棋の駒を手にする。
「これさ、同時に使えない?」
「は?」
 他にも、こまととトランプを用意し始める。何をするのか見当もつかない。
「どうするつもりだよ?」
「えっとね、一応将棋なんだけど、進める駒はサイコロの数で決めるの。一は歩で、二は香車か桂馬、三は飛車で四は角、五は銀か金、六は王、動かせないならパス」
「破綻しないか? それ。王手の時はどうすんだよ?」
「トランプを引いて、十三ちょうどにしないと王は倒せない。何枚引いてもいいけど超えたら自滅。王の命は二回までね」
「なんだそのルール違反当たり前の将棋」
「ちなみに、駒同士が対決するところはこま回して、勝った方が残る。つまり、取られそうになった駒も逃げられる」
「めちゃくちゃだな」
「でも面白そうでしょ?」
 屈託のない笑顔を向けられ、面食らう。
 最新のゲームがあるわけでもないのに、ここまで楽しもうとするなんて。普通、帰るか外でゲーセン行こう的な展開になるはずだ。だが、あくまでこいつは俺に合わせようとしている。
 こんな遊び方、考えもしなかった。普通の将棋よりも予想外が多くて、中々決着がつかなかったが新鮮だった。気づけば五時半になっていて、慌てて帰り支度を促す。
「これで絵日記、もっとマシなもの書けるね!」
「うるせえ」
「また遊ぼうね。目指せ! 卒業までに友達にランクアップ!」
 帰宅する背中を見届けて、松本は俯く。
 同年代で遊ぶことが、こんなに楽しいなんて。これじゃ、一人でいるのが余計寂しくなるじゃねえか。


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