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笑う門には福来る 第16話 夏祭り

 朝、松本が目を覚ますと茂からメッセージがきていた。
『今晩は何食べる?』
 質問の意図が読めず、アプリを開いて全文を表示する。
『もし予定ないなら、お祭りこない? 食べ物が腐るほどあるよ!』
 いや、言い方。
『母さんが屋台やるんだ。魔が差したらきて!』
 気が向いたらだろ、そこは。
 松本が返信すると、すぐに既読がついた。
『何の屋台?』
『たこ包み~こだわり濃いめのソース 青のりと鰹節をのせて~』
『またの名をエンジェルボール★』
 一つ料理名を言うだけで惜しみなく文字を使うボケに、もはや安心感すら覚える自分が恐ろしい。本音を言えば、人がゴミのように集まる場所には行きたくない。屋台の値段設定も市販と比べて高い。その上、共に行く相手もいない。同行してもいいが、ツッコミ疲れてため息をつくのがオチだ。
 朝飯を食べていると、祖父が来訪した。
「今日、近所で祭りがあるんだってな。これで好きなものたらふく食べておいで」
 多めの小遣いを渡され、松本は腹を括った。

 晴れわたり気温が上がる午後、茂は母の屋台の準備を手伝っていた。立っているだけで、汗だらだらである。青ネギを細かく切り、たこを一口サイズに切り、生地用の液を作る。母と同じ班の人も、貼り紙をつけ、器具の用意をしている。
「あら茂くん、上手ね!」
「将来いい旦那さんになるんじゃない?」
「いやー、それほどでも!」
「ジュース飲む? 暑いでしょ。手伝ってくれてありがとうね」
「ありがたくいただきます!」
 タオルで汗を拭きながらスマホを開くと、松本から返信が来ていた。
『祭り行く』
 茂は俄然、夜が楽しみになった。人混みの中、会えるだろうか。いや、探して見せよう。僕の松本くんセンサーで。
 どうせ行くなら大勢がいい。一度帰宅した茂は兄たちを誘う。小春は行くことが決定しているため、ノータッチだ。

 長男の部屋を訪ねると、書類と睨めっこしていた。
「息抜きにお祭りいかない?」
「行きたいなら行って来いよ」
「兄さんだって、たまにはぱーっと遊びたいでしょ? そんな紙と見つめ合って何が楽しいの?」
「楽しくなくてもやらなきゃなんだよ。子どもにはわかんねえだろうけど」
「じゃあ今日の分はそれでおしまいね。減らそう残業! 増やそう青春の光!」
「何のキャッチコピーだよ」
「兄さんも覚えてるでしょ? あの、なけなしの小遣いで何を食べようか迷うワクワク感! 欲しいものを前に賭けに出る胸の高鳴り! 遅くまで外に出るという背徳感! さあ、一夜の非日常に興じようではないか! 若人よ!」
「お前の方が若いだろ。わかった。行ってやるからちょっと待て」
 一人目を確保し、続いて筋トレ中の次男の元へ赴く。
「運動の後はガッツリ栄養補給! ということでお祭りいかない?」
「そうは言っても金がなあ……」
「食欲をそそるソースの匂い、揚げたてのアツアツ、夏の暑さに染みわたる冷たいスイーツ!」
「やめろ! そんなこと言われたら食いたくなるだろうが!」
「食べたい。でも金がない。そんなあなたにはこれ! マミーからの特別支給!」
「マジで?」
 希望に満ちた顔で京太郎が言った。
「嘘だったらどうする?」
「ぶん殴る」
「なんて野蛮なゴリラなんだ! さては新種か?」
「羽交い絞めにしてやろうか」
 小遣いの件は本当だ。京太郎はそれを受け取り、満足そうだった。
 さて次は最難関である。外に出ることすら嫌がる三男は、ゲームの真っ最中だった。拓海は一段落したところで、変顔をし続ける弟に視線を移す。
「何……?」
「ゲームで体力消耗したでしょ? HP回復にお祭りいかない?」
「いや、体力減るのはキャラだから。っていうか行くことでゲームオーバー……」
「腹が減っては魔王は倒せぬ!」
「減ってないんだけど……」
「このクエストをクリアしたら、新作ゲームのお金少し出してあげる」
「……自分で買うからいいよ。なんか申し訳ないっていうか、それに人混みの中つっこんでいくリスクが……」
 トラウマのある兄に祭りはハードルが高すぎたようだ。
「じゃあお土産何がいい? 金魚? スーパーボール? それともヨーヨー?」
「せめて食べ物にしてくれる……?」
「じゃあ赤いきのこ、青いきのこ、緑のきのこ、巨大きのこ、どれがいい?」
「取るなら緑だけど、俺配管工じゃない。くじ引きでゲームソフト当ててきて……それか甘いヤツ……」
「シロップ?」
「誰が原液で飲むの。病気になるよ……」
「なら角砂糖はどうでしょう」
「売ってないでしょ。なんでダイレクトなの……」

 日が暮れる前、茂たちは現地へ向かった。通りにずらりと並んだ屋台から祭囃子が流れ、油の跳ねる音や肉の焼ける匂いが漂う。きゃっきゃとはしゃぐ子どもや学生、カップルが行き交い、賑わっている。
 逸れないよう、誠司は妹と手を繋ぐ。目を離すと面倒だ。
 小春がまず目を付けたのは、キャラのお面(魔法少女)である。次にわたあめ、りんご飴、フライドポテト、かき氷など食べ物を集めていく。誠司はもはや荷物持ちだ。
「お前、これ全部食えんの?」
「あまったら、キョウちゃんにあげる!」
 今度はくじ引きを見つけて走り出す。
「そんなに慌てなくても逃げねえよ」
 五回ほどチャレンジしたが、狙いのものは出なかった。
「にーちゃん、あれほしい!」
 小春は大きなぬいぐるみを指差す。
「どこに置くんだよ? あんなやつ」
「あれがいいの!」
 今にも泣きだしそうに駄々をこねる。
 誠司が挑戦したところで、当てられる保証はない。もう小春の財布はからっぽである。
「次の誕生日に買ってもらえ。こういうのは運試しするより、店で買った方が安く済むんだよ」
「やだ! いまほしい!」
「じゃあ母さんの手伝いやって、小遣いで買え。今は甘いもんでも腹に入れて我慢しろ」
 しばらく駄々をこねたかと思うと、ひとしきり泣いて通常運転に戻り、買ったものを食べ始めた。
 本当ガキってわかんねえ。
 フランクフルトをくわえて、誠司は思った。

 一方、京太郎と茂は並ぶ屋台の品を買い込んでいた。
「イカ焼き五本ください!」
「焼きそば三パックで!」
「唐揚げ大を四つ!」
 両手にたくさん食べ物を抱え、茂が呟く。
「アニキ、フードファイターでも目指してるの?」
「別に。腹減ってるから買ってるだけ」
 京太郎は設置されたテーブルで食べ物を広げ、次々と胃袋に入れていく。ずっと見ているのも退屈だ。
「兄ちゃんの土産、買ってくるね」
「ん、いってらー」
 甘いものがいいと言っていた。わたあめ、りんご飴、ベビーカステラ、たいやき、チョコバナナ。選択肢は多い。あたりに視線を巡らせた時、浴衣を着た男の子が泣きそうな顔でキョロキョロしているのが見えた。
 茂は近くの屋台でヒーローの面を買ってつけた。
「はっはっは! 助けを求める声、聞こえたぞ? やあ少年、迷子かな?」
「うん……母さん、いなくなっちゃった」
「それは大変だ! だが、もう大丈夫だぞ。なぜって? この僕がお母さんのところへ連れて行くからさ!」
「ホント?」
「さあ手を繋いで、あのたこ焼きの屋台を目指そうね! あそこにいるお姉さんが、きっと呼びかけてくれるよ? お近づきの印にチョコバナナどーぞ」
「いいの? ありがとう! ランタナレッド! 俺いつもテレビ見てるよ!」
「それは光栄だね!」
「あのね、仲間を守ろうとしてリーダーやめるって言った時ね、俺泣いたよ! でも、ちゃんと戻ってきてくれるって信じてた! リーダーはやっぱりレッドじゃなきゃ!」
 熱く語る少年を、母の屋台へ連れて行く。
「ヘイ、マイマミー! 迷子を連れてきたぞ!」
「あら大変。杉野さん! ちょっと頼める?」
 出てきたおばさまに男の子を任せる。
「僕が手助けできるのはここまでだ。さらばだ少年!」
「ありがとう! ランタナレッド!」

 手を振り返していると、後ろから声をかけられた。
「何やってんだ? お前」
「その声は! 出たな? 怪人ツンデレン!」
 チョップを食らった。
「いつまでエセヒーローやってんだよ」
「何で僕だってわかったの? 顔隠れてたのに」
「公衆の面前であんなふざけるやつ、お前くらいしかいねえからな」
「ようこそ! たこの楽園くねくねランドへ! おひとついかが?」
「言われなくても買う気できたんだけど」
 並ぶ松本に、茂の母が笑顔で対応する。
「もうちょっと待ってね? 茂、ついでに手伝ってくれる?」
「イエス! マイマミー」
 茂は生地液を流し込み、松本の前に立つ。
「いらっしゃいお兄さん、一つでいいの?」
「ああ」松本はコントが始まると悟った。
「今日は誰と来たの?」
「一人で」
「ほう、お兄さんぼっ……コホン! 一匹狼なのね! かっこいいじゃん」
「今ぼっちって言おうとしたろ」
「いくつ?」
「今年で十二」
「若いねえ! いいねえ! けつの青いガキだねえ!」
「お前も同い年だろうが!」
 茂はたこを切って補充し、手に取る。
「こいつは八郎って言ってな。今はこんな見た目してるが、昔は八本足だったんだ」
「昔っていうか、今さっき切ったよな。一本足を細かく」
 焼いてひっくり返し、再び問う。
「お兄さん、本当に一つでいいの? 足りる?」
「いいよ、足りるから」
「今日は誰と来たの?」
「一人でってさっき言ったろ。耳ついてんのか?」
「ほう、お兄さんぼっちなのね。悲しいね」
「さっきと返しが違うじゃねえか!」
「いくつ?」
 また同じ質問か。こっちも変えてやろう。
「いくつに見える?」
「ふーむ、樹齢三百年ってとこか」
「せめて人間扱いしてくれる?」
「こいつは八郎って言ってな。今は零点五郎ってとこか」
「0. 5どころか木っ端みじんにされてるけど」
「お兄さん、本当に二つでいいの? 足りる?」
「何しれっと一個増やしてんだよ」
「今日は誰と来たの?」
「一人。お前何回このやりとりする気だよ。タイムリープか」
 松本は聞かれるより先に答えることにした。
「俺は今年で十二、お前は?」
「いくつに見える?」
「樹齢三百年」
「せめて人間扱いしてくれる?」
「どの口が言ってんだよ」
 完成したたこ焼きをパックに詰め、茂が語り出す。
「こいつは八郎って言ってな。十歳だった。足を切られるたびに『松本くん!』と叫んでいた」
「何でたこが俺の名前知ってんだよ」
 のりやかつおを乗せて輪ゴムで閉じ、差し出す。
「どうか、おいしく食べてやってくれ」
「いや食いづらいだろ。そんなこと言われたら」
「お兄さん、本当に一つでいいの?」
「何回聞くんだよ! 耳にタコができるわ」
「さすが松本くん、いぶし銀のツッコミ」
「なんでたこ焼き一つ買うだけで、こんなに疲れなきゃいけないんだ」
「ツッコミは最高の調味料だよ」
 迷子を送り届けたおばさまが帰還し、お役ごめんで茂は屋台から出る。空いたベンチに座って、二人はたこ焼きを頬張った。
「ホントお前のボケは年中無休だな」
「24時間365日(寝る時間は除く)」
「ブラックじゃん。辞めちまえよ」
「これを辞めたら、僕がいる意味なくなっちゃうよ」
 茂のガチトーンに松本は顔を上げる。
「だって僕は、みんなを笑かすために生まれてきたんだから!」
 だが、茂は一瞬で普段通りに戻った。

「シゲにい! やっとみつけた!」
 小春と誠司が合流する。
「キョウは?」
「どっかで単独フードファイターしてると思う。こちら将来の友達、松本くんです」
 松本は会釈した。
「なんつーか、正反対だな。お前ら」
「だからこそ惹かれ合う運命なのだ!」
「やめろ。暑苦しい」
 小春は松本に興味津々だった。
「おにーさん、『かのじょ』いる?」
「いない」
「じゃあ、すきなひとは?」
「えっと……」
 戸惑う松本に誠司が助太刀した。
「こちらうちのマセガキ、ハルです。うちの妹が失礼しました」
「いえ……」
「ハルはおにーさんとはなすの!」
「ハルのおにーさんは俺だろ? お前ろくな女にならねえぞ。イケメンに片っ端から声かけるつもりか? しかも初対面でグイグイいきやがって。ありゃ一種の拷問だぞ」
「まあなんてこと! 松本くん、うちのハルをたぶらかしてっ!」
「俺は何もしてねえだろ」
「僕という将来の友がいながら!」
「あれ? シゲにいとおにーさんは、トモダチじゃないの?」
 松本は気まずくなった。家族の前で友達じゃないなんて言ったら、さすがに悪い。誠司はその心境を察した。大方、貼り付けた笑みの茂が信用しきれないのだろうと。
「じゃあ勝負でもしてみるか? よく言うだろ。友情・努力・勝利って。三番勝負でメガネくんの得意なこと、シゲの得意なこと、最後は公平なやつ。シゲは勝ったらどうしたい?」
「んー、勝ってから決めるよ」
「メガネくんは? 今後関わるなとか、一週間ボケ禁止でもいいぞ」
「兄さんは僕を殺したいの?」
「じゃあ、その変な作り笑顔やめるってのはどう?」
「ひっどい! 変ってどの辺が?」
「全体的に」三人の声が揃う。
「何この総攻撃! 初めて会ったとは思えない連帯感!」
「お前、大食いだったりする?」
「全然? アニキはそうだけど」
「俺もあんま得意じゃない。だから三番目の勝負は、屋台制覇ってのはどうだ?」
「おかねはあるの?」
「一応多めにもらったし、俺の奢りで」
「松本くん、どてっぱら!」
「あいつ(西岡)と一緒にすんな」
「じゃあハル、しんぱんする!」
 暇つぶしにはちょうどいいと、誠司がノリノリでルールを決めた。
 松本の提案した金魚すくいでは、赤が一点、デメキン三点で合計点の多い方の勝ちとした。茂は案が出てこなかったため、小春の出した射的に賛成する。これは当たれば一点、倒せば三点とした。ラストは、全てを買ってから同時にスタートし、早く完食した方の勝ちとする。

 一戦目は金魚すくいだ。審判と言いながら自分もやりたいと小春も参戦する。
「よーいどん! き(鈍器)で殴って気絶する」
 茂の合図で一同はコテンとよろける。茂はそっとポイを水につけ、獲物を待つ。近づいてきた赤い標的を器へ入れた。まだ破れてはいない。
「へえ、やるじゃん」
「うちの兄ちゃんが得意でね。昔コツ教えてもらったんだ」
「あいつ泳いでたやつ全部取ったことあるからな。屋台泣かせだよ、ホント」
 誠司の一言で、松本に謎のスイッチが入る。いきなりデメキンを一匹仕留め、続いて赤金魚をまとめて三匹捕らえた。小春は早くもポイが使い物にならなくなったが、ぐずるより松本の腕に見入る。茂も負けてられないと、金魚へ語りかける。
「さあ、よい子のみんな! お歌の時間だよ!」
 返ってきたのは静けさだけだった。
「無駄に恥晒すの好きな、お前」
 結果、茂は六匹、松本は十三匹だった。捕らえた金魚は全てリリースした。
 次は射的である。コルクを入れ、二人は構えた。茂はサングラスをかけ、小春からもらったハズレの棒キャンディを口にくわえる。
「あのぬいぐるみとったほうが、かちね!」
「こら、ルール改変するな」
「じゃあとったほうに6テン!」
 優しい二人は、最上段にあるぬいぐるみを狙う。
「今回の依頼、相当難易度高いじゃないの。燃えるねえ、くくく、何っ! あいつこっちに気づきやがった! いや気のせいか? 完全に気配を消したはずなのに。くそ、やっぱり気づいてやがる! こっちを見て笑ってやがる! 余裕か。アサシンのプライドにかけて絶対に殺してやる」
「お前、一々茶番しないと気が済まねえの?」
 茂のコルクは当たらない。
「やるな。これを避けるとは」
「微塵も動いてねえよ。お前が外しただけだろ」
 結果、落とせなかったが当てた数で茂が勝利した。
 最後は早食い対決である。ポテト・唐揚げ・焼きそば・カステラは一袋(パック)を半分こに、フランクフルト・綿菓子・りんご飴・チョコバナナ・たいやき・かき氷・イカ焼きは一つずつ買った。さらに誠司の奢りでジュース一本ずつが与えられる。
 誠司の合図でスタートし、茂は溶けてしまうかき氷を先に食べる。一方松本は、チョコバナナを片付けてりんご飴へ手をつけた。チョコは溶けると面倒だが、氷は溶かして飲む方が早いと考えたのだ。
 余裕の表れなのか、いつもの癖なのか、茂はボケを連発する。
「氷にかかったこの黄色い液体、一体なんでしょう?」
「レモンだろ。自分で選んだくせに」
「夏の夜 ひんやりスイーツ 頭キーン」
「頭の悪そうな俳句だな」
「松本選手、溶けたら意味のない氷菓子には目もくれず、砂糖の塊を纏った果物たちを一斉処理していきます! カロリーお化けです! 太ることなど気にしない恐れ知らず! 女子の敵!」
「夏の暑さでエネルギー消費してんだよ。つーかこれくらいで太るか」
 二人にならい、小春も買ったものを口に運び、観戦している。
 茂は作戦を変更し、かき氷と共に唐揚げを食べ始めた。油ものとさっぱり系を交互にいく。松本は次に、焼きそばを片付けることにした。お腹に溜まりやすいものを後にすると、きついと判断したためだ。
 茂が続いて手をつけたのは、フランクフルトとチョコバナナだ。両手に持ち交互に食らう。
「それおいしいの?」
「出会った瞬間から貶しあいが始まった」
「わざわざマズイ組み合わせにしてどうする」
 松本はベビーカステラをお供に、溶けかけのかき氷を飲んでいく。揚げ物用にジュースは温存しているのだ。
「メガネくん、策士だな。なんか似た波長を感じる」
「そんなことないもん! おにーさんは、にーちゃんとちがって『やさしい』し、『めんどうみ』いいんだから!」
「初対面のお前に何がわかるんだよ」
「だってシゲにいといるってことは、ずっとツッコミやってくれてるってことだもん」
 茂は焼きそばを食べながら肯定した。
「うん! 松本くん、辛抱強くついてきてくれるよ」
「好きでやってるんじゃねえよ」
 満腹が近くなり、二人のペースが落ちていく。茂はりんご飴とベビーカステラを口に突っ込み、松本は唐揚げとポテトをジュースで流し込む。二人とも無言である。
「こりゃ完食は無理だな。残った量が少ない方の勝ちとする。二人とも無茶すんなよ」
「大丈夫! だっておやつは別腹~」
「っていうけど同じ胃袋に入ってくからな」
 イカ焼きに手をつけるも、茂はかぶりついたまま動かない。松本も、たい焼きを持ったはいいが、口を開かない。そこで茂が提案した。
「よし、食べさせ合ってモチベ上げよう!」
「そんな羞恥プレイじゃ、余計下がるわ」
「ギブアップしてもいいんだぞ。残りは持って帰ればいいし、吐いたら本末転倒だ」
 誠司がそう言ったものの、二人とも勝負から降りる気はない。スローペースで口に運び続ける。
「じゃあ、食べた分を消費すればいいんだよ。運動は難しいから、頭使おう。夏祭りの『り』!」
 夏しばりのしりとりである。
「りんご飴」
「めまい」
「イカ焼き」
「気持ち悪い」
「い〇の糸(素麺)」
「吐血」
「体調不良か」
 腹が苦しくて、頭が回らない。そんな二人を見かねて誠司がタイムアップを告げた。結果、茂はたい焼きとイカ焼き半分を残し、松本は綿あめとフランクフルトを断念した。
「おもさはかるの? キカイないけど、どうする?」
「個数で決める。シゲは一個半、メガネくんは二個残した。よってシゲの勝ち」

 帰宅時間だからと、満腹で動けない二人に断りを入れ、誠司は小春を連れて帰った。
「あんなに食ったの初めてだ……」
「僕も……お腹破裂して内蔵出そう」
「今そういうこと言うなよ。吐くぞ。で、お前の条件どうすんだ?」
「条件?」
「勝ったらこうするってやつ。俺に拒否権なしの」
「そういえばあったね。そんなの」
「コントでも腹踊りでも、なんでもこいよ」
「じゃあ一緒に写真撮ろう!」
「は? そんなのでいいのか?」
「うん、松本くんと勝負するの楽しかったし、もう十分だよ。強いて言うなら、また今度遊んでって感じ」
 空を見上げれば月は微笑み、星が瞬く。松本は膨らんだ腹をさすり、目を伏せて本音をこぼす。不思議といつもより口が軽い。
「……俺も楽しかった。こないだの勉強会も、今の勝負も。久しくなかったんだ。こういう、誰かと過ごす時間って。父さんも母さんも仕事で休み取れねえし、じいちゃんもばあちゃんも、あんまり無茶させらんねえし、学校では反感買ってるし、正直俺自身も話の中に入るの、好きじゃない。でもさ、結局俺もなんだかんだ言って、はしゃいだり、バカみたいなことやりたかったんだと思う」
「じゃあ気が向いたら、僕のコント練習付き合ってよ。渋々でもいいからさ。もし友達にランクアップしたら、いろんなとこ一緒に行きたい! お泊りもいいな!」
 茂は純粋な笑みを浮かべた。
「お前、いつもそうやって笑えよ。自然体のさ。何でわざわざピエロみたいなことしてんだよ?」
 雑踏が遠のき、静寂が訪れる。茂は明るく口を開いた。
「人ってさ、悲しいのも楽しいのも移るんだよ。赤ちゃんが笑うのは、親が笑うからでしょ? それと同じで、他人でも鏡みたいに同化するの。もらい泣きとか、つられて笑っちゃうとかさ。たまに人が泣いて喜ぶ人もいるけど、心の中では顔を歪めて、満たされない何かに抗ってたりする」
 松本は西岡を思い浮かべた。前に比べて随分丸くなったものだ。
「僕は笑いを伝染させて、そういう人を一瞬でも笑顔にできたらいいなって思って、いろんなことやってる。ただの自己満足かもしれないけど、笑ってもらえた時は、その人の一瞬を幸せにできたって嬉しくなるんだ。この快感を知ると、やめられなくなるよ?」
「……そっか」
 腹に余裕が出てきた二人は、一緒に写真を撮る。茂は笑顔で、松本は渋々といった顔だ。
「これ家宝にするね!」
「普通に持っとけ。もしくは消せ」
 松本は思う。祭りに来てよかったと。少しだけ茂のことを知れた気がして、嬉しかったのだ。その一方で、疑問も浮かぶ。「笑わせるために笑っている」事実を前に、茂はどうしたら本当に笑うことができるのか。自分の素直な感情を犠牲にしてまで、人を笑わせたいというのか。
 二人は共に帰路を歩く。またねと手を振る茂に、松本は応じた。茂はるんるんで、早食い対決の余りを拓海に持っていく。
 一方その頃、京太郎は——。
「誘っといて先帰るなよ!」
 茂を探して、一時間ほどウロウロしていた。


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