見出し画像

【小説】中二病の風間くん第3話 雷鳴、轟く

「六十四ページから風間くん、音読をお願いします」
 担任の指名に風間は席を立ち、クラスメイトに照明を消してくれと頼んだ。先生の注意が飛ぶ前に口を開く。
「ワルプルギスの夜、サタンが降臨した。吹き荒れる暴風はサタンの怒りを代弁するかのようにーー」
 風間の手元が光りだす。風間が読んでいたのは教科書ではなく、魔法陣の書かれた本だった。
「風間くん、教科書を読んでください」
「これは僕専用に作った人生の教科書だ」
「学校指定のものでお願いします」
 内海が覗き込むと、魔導書には豆電球のようなものが埋め込まれていた。こそっと聞くと夏休みの自由研究で制作したという。
「風間くん、授業が終わるまでその本は預からせてもらいますよ」
「そんなに読みたいなら一週間ほど貸すこともできるが……」
「そんなに反省文が書きたいなら、三十枚ほど差し上げますが?」
 先生が開いてみると、中身は全て白紙だった。
「君は一体何を読んでいたんですか?」
 自信満々につらつらと内容について述べていく風間を内海が止める。
「弁慶の勧進帳か! いいから黙って教科書開け!」
 叫んだ自分に視線が集まっていることに気づき、内海は俯いた。
 英語の授業では、日本語訳するところをフランス語で代替えしーー
「日本語だと僕の暗号文が全員にバレてしまう。先生にだけ伝えたかった!」
「伝わってない! 俺フランス語わかんない!」
 数学では、点Pの移動先を求める問題で摩訶不思議な文字の羅列を書き、教師を困らせた。
「あの風間くん、これは何?」
「封印の術式だ。みんなの頭を悩ます悪しき点Pを封印した」
 徐々に中二テンションに慣れてきたクラスメイトは、ナイスと声をかけるようになった。
 四限目は体育で様子を見れなかったが、チャイムが鳴っても教室に戻ってこない。見かねて保健室を覗くと、横になっていた。
「あんたホント体力ないよね」
「地上はやはり堪える……」
 回復を待って食堂に向かうと、風間は目を輝かせて注文する。
「サラマンダーの血と金色のサーペント」
「日本語しゃべってくれる?」
「トマトジュースと醤油ラーメン」
「ヘビ食うのかあんたは」
 高級デザートを奢ってもらったお礼に内海が金を出すと言って聞かなかったため、風間はその場に留まった。
「おっと手が滑った~!」
 声と共にコップの落ちる音がした。
「これは冥府の門が開かれる予兆……!」
 視線を向けると二人が高笑いし、一人が貼り付けた笑顔を浮かべていた。
「すぐに雑巾をお持ちしますね!」
「お前のシャツで拭けよ」
「……承知いたしました!」
 そう返していたのは、音読の時に電気を消してくれた生徒である。膝をついて拭きとっている頭上から、また水が降ってくる。
「ははっ、水も滴るいい男ってな!」
 小柄な彼は二人分の下品な笑い声に嫌そうな顔一つせず「もったいないお言葉です」と笑顔を浮かべた。風間は見かねて席を立つ。
「久しいなヒュドラ。何年ぶりか。相変わらず毒を吐き散らしているようだね。九つも頭があるくせに、考えることは至って単純だ」
 一瞬、険悪な空気が漂ったが技名を叫びポーズを取る風間に、二人は笑い出した。お昼を取りに席を離れた隙に、風間はハンカチを差し出す。
「いえ、お気持ちだけいただきます」
「君は望んで下僕に成り下がっているのか?」
 彼は微笑んで会釈を返し、片付けを終えて立ち去った。入れ違いで内海が戻ってくる。
「ここは腐っているね」
「何の話?」
「空気だ。この校舎には邪悪な気が充満している」
「あんたの風で浄化できないの?」
「僕の技では、学校ごと吹き飛ばしてしまうよ」
「あんたの力、核兵器か何か?」
 二人が腹を満たした頃、校内放送が流れて内海は耳を疑った。
『三年四組の風間くん、今すぐ生徒会室へお越しください。生徒会長がお呼びです』
 繰り返される文言に、風間は動じることなく席を立つ。
「わざわざ高度な詠唱を使うとは大仰だね」
「何やらかしたの」
 呆れた目を向けるも、生徒会室への案内を頼まれ内海も同行することになった。
「くっ、これは罠だ……! この扉にはアスモデウスの呪いがーー」
「はいはい。さっさと入る!」
 出迎えたのは真面目そうなメガネの女子だった。
「初めまして。副会長の伊達です」
「お初にお目にかかる。疾風の渡り鳥・ハヤブサだ」
 なぜそっちを名乗る。内海は頭を抱え、怪訝な顔をする副会長に苦笑いで取り繕う。その時、再び扉が開いた。
「どうした事件か? 遺体はどこだ?」
 そこには黒縁メガネの生徒が立っていた。厚い袖は通されることなく、ぶらんと垂れ下がっている。
「会長! 呼び出しといて遅刻するなんて、生徒に示しがつきませんよ?」
「おや伊達くん、0.5グラムほど太ったかね?」
「ふ、太ってません!」
「私の目は誤魔化せないよ。大方、彼氏にフラれてやけ食いでもしたのだろう」
「昨日ちょっと食べ過ぎただけです! それに私に彼氏なんかいないし……」
「いるじゃないか。サッカー部キャプテンのーー」
 腹めがけた回し蹴りを会長は片手で受け止めた。
「いい蹴りだが、遅いな」
 顔を真っ赤に染めた副会長を気に留めることなく、彼は席について手を組む。
「さて風間くん、呼ばれた理由に何か心当たりはあるかね?」
「もしや君がケルベロスの処刑人か? 裏切り者の僕を追ってーー」
 もっと他にあるだろう。退出するタイミングを失った内海は、内心つっこむ。服装や授業態度が原因だとは微塵も思っていないらしい。
「ケルベロスとはなんだね?」
「僕が以前所属していた場所だ」
「ほう。芸能事務所か何か?」
「いいや、暗殺や護衛を請け負う組織だ」
 副会長が呆れた目を向けたが、会長は納得したようにメガネを押し上げる。
「なるほど。道理でキミの経歴には不審な点が多いわけだ」
 なぜ話を合わせているのか、内海には皆目見当もつかない。会長は鋭い視線を風間に注ぐ。
「私がキミを呼んだのは他でもない。知りたかったんだ。転入してきた理由を」
 内海は毒気を抜かれた。わざわざ校内放送を使うほどの情報だろうか。
「……聞いてどうする」
 風間と会長の視線が交わり、沈黙が訪れる。ふっと笑みをこぼし、会長は緊迫した空気を自ら破った。
「そう警戒しないでくれ。名乗りもしないでキミのプライベートに踏み込んだことには非礼を詫びよう。姓は成上、名を司という」
「なるほど、君があの……!」
「え、知り合い?」内海の目が点になる。
「彼は人間界に初めて雷を落としたと言われる、閃光の白きイカヅチ・ブラックサンダーだ! 久しいな。君とはよく嵐を起こしたものだ」
「イカヅチ? ブラックサンダー? 誰だそれは」
「要するに初対面じゃねえか!」
 思わず声を荒げる内海を諫めることなく、成上は探るような目を向けた。
「ところで風間くんはご存じかね? 全日制の学校に転入を許可されるのは、引っ越す場合がほとんどだということを。それ以外の理由では非常に難しいとされている。けれど、キミは転入してきた身でありながら、住居がさほど移動していない。両親の離婚や転勤もなしだ。これはどういうことかね?」
「僕は魔界から来た。人間界への転居は正当な理由にならないか?」
 この期に及んでまだそれを貫くか。内海は呆れを通り越して感心の念すら抱いた。
「ならばキミはどういう経緯で、人間界に身を置くことになったのかね?」
「魔界で追われる身となった僕は、幽体離脱して魂だけを人間界の岩に封印した。己の手でな。だがある日、その岩は人間によって真っ二つに割られた。僕の封印を破った者、それが今の両親だ」
 桃太郎の拾われ方である。岩を割れる親は一体何者だと内海は問い詰めたくなった。
「そこでちょうどいい器がきたと、僕は妊娠した女性の腹に潜り込んだというわけだ」
 鼻で笑えるような話だが、バカにすることなく成上は聴き入った。
「では、キミの本当の名はなんだね?」
「疾風の渡り鳥・ハヤブサだ」
「ほう……その名は聞き覚えがある」
 内海は転げそうになった。初対面の割にノリがよすぎないか。こんなふざけた茶番のために時間を費やすほど暇ではないと、内海は風間の腕を引く。
「用が済んだならもういいでしょ。行こう。もう付き合ってらんない」
「待て。まだ話は終わっていない」
「まだ何か?」
「元よりキミに用はないのだが……ふむ、確か内海くんと言ったね。キミは三年に上がった途端、不登校になっていた。なぜ急に登校する気になったのかね?」
「別にいいじゃん。ちゃんと行き始めたんだから」
「キミが不登校になった理由にはいくつか心当たりがある。一つ、授業のレベルが低すぎて世界に絶望した」
「ウチそんな頭良くないよ?」
「二つ、親がパチンコで多額の借金をして、それを返すためにバイトに専念」
「普通の家庭ですけど!?」
「三つ、FBI捜査官の目から逃れるべく地下に潜伏するため」
「的外れの天才か! あんた妄想癖あるでしょ」
「妄想とは心外だね。だが、ストレス症状が出ていたことは間違いないだろう。キミは三ヶ月前から心療内科に通っている」
「……何でそんなこと知ってんの」内海の背筋が凍る。
「私の頭には全校生徒の名前と顔がインプットされている。不登校だろうと関係ないよ。全ては、怪しい動向を察知してあらかじめ防ぐため。それが会長としての務めだろう」
「学校を代表してストーカーするな!」
「キミの分岐点はおそらく一昨日。風間くんが転入してきた日だ。キミたちは共に早退し、その夜お泊り会を決行。しまいには翌日学校をサボってデートときた」
「人のプライベートに土足で踏み込むな! この犯罪者予備軍!」
「風間くんと一日過ごして、キミの心境に変化があったのだろう」
「当てるか外すかどっちかにしろ! この迷探偵!」
 筒抜けの情報に風間も目を見開く。
「なぜそのことを……!」
「いやなに、簡単な話だ。転入初日からキミを尾行していた。それだけだ」
「くっ、僕としたことが……! 全く気づかなかった」
「当然だ。私の尾行術は、現役警察官の父による直伝だからね」
 内海は恐怖を通り越して呆れた。この男、親の顔に泥どころかコンクリートを塗りたくっている。
 その時、チャイムが休憩の終わりを告げた。
「おっと時間だ。積もる話はあるが、あいにくこの後依頼が入っていてね」
「ただの授業ですよね?」副会長の目が光る。
「どうしても受けてほしいとのことだ。無下に断ることもできない」
「依頼じゃなくて義務ですから!」

 今にも泣き出しそうな機嫌の悪い空の下、帰宅部の二人は門へ向かう。成上はその様子を生徒会室の窓から眺めていた。
「返しちゃってよかったんですか? 確実にあの人、問題児ですよ」
「まあそう焦ることはない。元より、一度で全てを聞き出すつもりはないのだよ。これからじっくり調べればいい」
「何聞こうが、あの見え据えた嘘つかれるだけじゃ……」
「確かに彼の言い分には不可解な点が多い。だが……奇抜なことをする人間は、決まって何かを隠しているものだ」
 途端、雷が鳴いた。一つ一つ謎を見破り、真実を突きつける。その前兆と言わんばかりに。


この記事が参加している募集

#眠れない夜に

69,281件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?