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黒崎きつね
2024年3月3日 08:14
冬休みが終わり、茂は珍しく緊張していた。ランドセルを背負い、マフラーを巻き、手袋をつけて靴を履く。深呼吸をして、不安を吹き飛ばすように声を張る。「いってらっしゃーい!」「行ってきまーす……」 拓海は微笑ましくボケに乗った。頑張れという意味を込めて。茂は松本との和解を果たすために一歩踏み出した。 公園に赴くと、登校班のメンツが顔を揃えていた。松本にあいさつするも、口を利いてくれなかった。年
2024年2月25日 08:02
冬休みに入った。誠司が自室で合格通知を開けると同時に、父が母を連れて帰って来た。小春の喜ぶ声が聞こえる。続いて、買い物に行っていた茂と京太郎も帰宅する。母の姿を見て茂が即座にボケる。「おかえリンゴ!」「ただいマンゴー!」 その横で、誠司は出かける支度をしている。「どこ行くの?」「靴買いに行ってくる」 兄は履き古した靴に足をつっこむ。「僕も行く!」茂が名乗り出た。 二人で寒い外を歩
2024年2月18日 08:01
誠司は布団を出て身震いした。朝の冷えた空気に、嫌でも目が覚める。誠司は今日、入試を控えている。進路変更して、教育系の学校へ行くつもりだ。 支度している間、同室の弟は眠っていた。テストで0点取ったり、やたらスベるようになったその様子に、疑問を持ちながら部屋を出た。 入試の日くらいは何か食べようと、席につく。茂が目をこすりながら起きてきた。「おはよう兄さん! いい天気だね!」「雨降ってるぞ」
2024年2月11日 08:23
長男が寝ている横で、茂は深夜までネタ作りに没頭していた。結果、翌朝見事に寝坊してしまった。「珍しいね。シゲが寝坊なんて……」 拓海がトーストをかじりながら眠たげに言った。「昨日夜更かししちゃった! テヘッ」「急がなくていいの……?」「いいよ。どうせ遅れるなら焦るだけ損だもん」 マイペースに準備して玄関を出る。「行ってらっしゃーい!」「いや行くのシゲでしょ……」「ほな行ってきまー
2024年2月4日 08:11
十月も半分を過ぎ、肌寒い日が続いている。 長男はバイト、次男は遊びに、母と茂は小春のピアノ発表会へ出かけた。拓海は部屋で寝転んでいる。 机にはキャラデザの痕があった。マンガを描いてみようと思い立ったが、手が止まってしまったのだ。家族と話している時や、何かに没頭している時は気にならないことも、一人の時間になると顔を出す。将来への不安が頭から離れない。担任が持ってきた進路プリントのせいだ。 俺
2024年1月28日 08:11
拓海は布団の中、横たわったまま思考に耽る。不登校になって、もう半年が経つ。時間が空けば、余計に教室に戻りづらくなる。今さら行ったところで、成績も人間関係も意味などない。最近ずっと無気力だ。ゲームをする気にもなれない。 まるで砂漠をずっと歩いているようだ。水分も休める陰もなく、ただ果てしない道をフラフラと進んでいる。この干からびた心に、モチベーションという名の潤いが欲しい。 重い心を引きずりベ
2024年1月21日 08:37
茂はランドセルを背負い、セミの声がする中、登校班に合流した。「石川くん、黒くなったね! 炭火焼きされたの?」「何で食われる前提なんだよ」「こんなに焦げた肉は食いたくねえな」 松本が呟く。「こっちだって食われたかねえわ! そういうのは西岡に言えよ。あいつの方が美味そうな肉もってんだから」「ほとんど脂肪だろ。やっすい肉」「大将は美味しいよ! 絶対! 本人いないのに盛り上がる。そんなカリ
2024年1月14日 08:10
朝、松本が目を覚ますと茂からメッセージがきていた。『今晩は何食べる?』 質問の意図が読めず、アプリを開いて全文を表示する。『もし予定ないなら、お祭りこない? 食べ物が腐るほどあるよ!』 いや、言い方。『母さんが屋台やるんだ。魔が差したらきて!』 気が向いたらだろ、そこは。 松本が返信すると、すぐに既読がついた。『何の屋台?』『たこ包み~こだわり濃いめのソース 青のりと鰹節をのせ
2024年1月7日 09:23
京太郎は夏休みにも関わらず、学校に来ていた。全教科赤点を取ったが故の補習である。睡魔に負けそうなところを、先生に叩き起こされプリントに目を向ける。 だめだ。脳が勉強を拒否している。頬を叩き気合を入れて、頭をかきながらシャーペンを走らせた。昼には野球部の練習が待っているのだ。京太郎は部員ではないが、人数がギリギリのため助っ人として来て欲しいと言われている。県内ではそこそこの実力だが、一年生があま
2023年12月31日 07:54
夕飯時、テレビで花火特集をしていた。「これいきたい!」声を上げた小春に母は眉を下げる。「んー、次いつ休み取れるかな」「じゃあ『でんしゃ』でにーちゃんたちといってもいい?」「いいけど、キョウか誠司が必ず一緒に行くこと!」 拓海はおそらく外に出ない。茂はまだ小学生だ。近所ならまだしも、遠出させるのは不安だった。「にいちゃん、あれいきたい!」「キョウと行って来い」「オレ、その日バイト」
2023年12月24日 08:50
梅雨に入った。湿度の高い、じめじめとした暑さが続く。少し外に出ただけで、じんわり汗をかいてしまう。クーラーの効いた家の中で、茂は大人しくしていた。外は雨風が強く、電線が揺れているのが窓越しに見える。 テレビでは台風情報が流れ、天気の隣に警報が表示されている。茂と小春は休み、高校生の長男と次男は自宅待機だ。 各部屋で好きなことをして過ごす兄たちに対し、茂はリビングに一人だった。いつもの笑顔はな
2023年12月17日 09:06
公園には水たまりが大量発生していた。ブランコや滑り台、茂みの蜘蛛の巣は水滴がついて煌めいている。子どもたちは傘を差し、自身の体とランドセルをかっぱで覆って集合していた。 茂はねこじゃらしを手に、登校班と合流する。「おはよう! いい天気だね!」「カエルにとってはな」 あとは坊主の石川を待つのみだ。その間、茂は傘を思い切り振ってひっくり返し、暇をつぶす。「壊れちゃうよ?」 結果、元に戻せ
2023年12月10日 09:02
茂は、次男と三男の共用部屋を訪ねていた。小春はピアノ教室へ、母はパートへ、長男はバイトへ、次男は部活の助っ人へ出かけている。 そっと扉を開けると、三男の拓海は布団の中だった。おもちゃのマイクを手に、茂はリポートを始める。「みなさんこんにちは! 藤原家随一のボケリスト、茂です! さあ始まりました、突撃兄ちゃんの部屋。当の本人は夢の中なので、目を覚ますまで物色していきたいと思います」 三男の寝
2023年12月3日 08:54
休日、京太郎は妹との約束を果たすため支度をしていた。誕生日の埋め合わせである。五月に誕生日を迎えて、ようやくバイトができるようになり、金を貯めたのだ。「早くしろよ。人混んで座れなくなるぞ?」「まって!」 女の準備は長い。まだ園児のくせに。「おまたせ!」 出てきたのは小春ではなく茂だった。京太郎は悟る。「お前も来るの?」「だめ?」 いつも何かとさせている上に小春のご機嫌とりが上手い