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編集者という存在の大切さ

私はAnswersNewsで毎月一回コラムを書かせて頂いています。
ありがたいことに、コラム原稿を編集長の前田さんにお送りすると、原稿が編集されて不思議なくらい読みやすくなって戻ってきます。

この被編集体験(こんな言葉があるのか?)は私にとって大切な体験となっていますし、何なら編集がないということの方が今や怖いくらいです。

6月のコラム原稿がほぼ最終稿になったところなのですが、今回の私の原稿は色々な意味で気を使って書いてしまっている悪い典型例でした。
転職して、どんな仕事をしているのかたテーマのコラムなのですが、自分では気付かない物凄いプレッシャーを感じていたのだと思います。
何度推敲したか分かりません。

その時点で、これまでのコラムでの様子とは180度違うんですよね。
もっと早く気づけよ俺・・・

そして何より、今までのコラムでの立ち位置として、皆さんに問題を投げかけたりして、考える主体は読者の皆さんにあるように書いていた経緯も忘れ、自分の感情に寄り添った文章になっていて、後から見返すと本当に恥ずかしいものでした。

それを見抜き、構成も変えながらも、私が言いたいことを汲み取って頂いた編集後のコラムを読んだのは、飲み会の帰り道。

酔い覚めました。
今までの原稿の中で一番恥ずかしい原稿だったと思う。。

だから次の日になってから、前田さんに無理言って、30分だけお時間を頂いて、お話しを聞かせて頂きました。本当にありがたい時間でした。
地黒なので分からなかったと思うのですが実は、赤面しっぱなしでした。

色々と気付くために、
この恥ずかしい経験が用意されていたと思うことにします。

編集って本当に大切な作業なんですよね。
一人ひとりに編集者がいたっていいんじゃないかとすら思っています。
会社の社長から私のような一般社員まで。

よく考えると、自分に意見してくれる友人もある意味編集者ですし、助言をくれる妻や子供たちも編集者なのだなと思います。

さあこの気づきをどう生かすかは、まだまだ紆余曲折、試行錯誤、山あり谷ありあるとのは重々承知の上で、今の仕事でこの「編集」という意識を持って仕事をしてみたら面白いのだろうかなどとこの恥ずかしい出来事を経て思うようになりました。

来週からも頑張ろう。


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