スカイとマルコからの”月子とケイタ”
ソラがお空の星になってしまってから、気がつけば3週間が経っていた。
添い寝をしていたら、その時が来たら絶対、気づくはずだと思っていたのに、月子さんは、自分がぐーぐー寝ている間に、ソラが旅立ったことに、ショックを受け、最初、自分を責めまくった。
遺灰となって、部屋に戻ってきたソラを、自分もソラを真似て食べようとしたが、なんとなく、ソラに止められている気がして止めた。その代り、遺灰をソラの目の色と同じ真っ青な小瓶に入れ、写真と共に、ベッドサイドテーブルの上に置いた。ずっと、添い寝が続いていると思うことにした。
そう思える状態になって初めて、東野ケイタ君の存在を思い出した。
ああ、ソラに何かあれば知らせて欲しいって言っていたよね、と。
本当はソラが食べなくなってすぐに知らせた方が良かったんだろうな。
そう思ったけど、できなかったものは仕方ない。あの時は、頭の中にソラのことしかなかったし、その後は、自分の心と向き合うだけで精一杯だったから。
月子さんは、少し億劫な気持ちだったけど、義務感もあったから、ケイタ君から貰った携帯番号に電話をした。半分、ボイスメッセージに繋がってくれたら良いな、と思いつつ。
「はい、東野です。」
ああ、本人が出てしまった。仕方なく、月子さんは、ソラのことを話した。
事務的に経緯を説明して、終わりにしようと思ったのに、話しているうちに、ソラを貰い受けた日を思い出し、胸が詰まった。電話越しでも、鼻声になっているのが自分でも分かる。
「柏木さん、大丈夫ですよ。こんな時は泣いていいんです。たくさん、泣いていいんですよ。」
穏やかで温かい声。月子さんは、思わず、「ごめんなさい。あとで掛け直します。」と言って、電話を切った。涙が止まらなくなり、号泣した。
ソラ、ソラ、ソラ、私、寂しいよ。悲しいよ。あなたがいなくて、苦しいよ。
3時間後、月子さんはケイタ君に、電話をかけ直した。
「先ほどは、失礼しました。」
「いえいえ、とんでもない。逆に電話をまた下さると思っていなかったので、嬉しいです。」
今度は、普通に話せた。
きっと、この人は今までたくさんのペットの死とも向き合い、たくさんの飼い主さんも見てきたんだろうな。だから、こんなに冷静に、そして、温かく受け止めてくれることが出来るんだろう。
月子さんは、自分の凝り固まった心が話しているうちに、ちょっとづつ溶けていくのを感じた。
「そうですか、ソラちゃんは最期、そんな感じで旅立ったんですね。」
「はい。私、自分が恥ずかしいんです。そんなソラの大事な時に、自分はぐーぐー寝ていたんですよ。信じられないです。自分を責めても責めきれません。あんなに、ソラを貰い受ける時、最後まで面倒を見るって、東野さんに啖呵を切ったのに。ごめんなさい。私、嘘をつく結果になってしまって、本当に申し訳ないです。」
ケイタ君は、月子さんの自分を責める気持ちがよく理解出来た。
多くの飼い主さんは、愛情があるからこそ、そのペットの死に対して、自分を責める気持ちが生まれる。
「月子さん、僕は、ソラと一緒に暮らしたことがないけど、でも、なんていうか、お話を聞いて、熊子らしいな、と僕は思いましたよ。あ、失礼、ソラらしいですよね。すみません、どうしても、僕の中では、熊子のまんまなんです。本当にすみません。」
熊子らしい、か。
月子さんは、出会った頃のソラを思い出した。何組もの引き取り候補を翻弄し、悪い子のレッテルを貼られていたソラ。でも、月子さんがソラを引き取ると決めた時、東野さんが、「この子は実は色々考えているんだと思うんです。周りのことも全部含めて。この子が来てから、うちの犬舎から、今までは残り続けるような老犬や身体に障害を持った子が引き取られるようになったんです。僕は、絶対、偶然じゃないと思っています。」と、不思議なことを言っていたことも。
ああ、確かに、ソラなら考えがあってのことなのかもしれない。
それも、私のことを一番に考えてのことなんだろう。
そう思えると、また泣けてきた。
「ごめんなさい。もう、電話切りますね。」
「了解です。今日はお電話ありがとうございました。あ、そうだ。もし、犬と触れ合いたくなった時は、こちらではボランティアをいつでも募集していますから、連絡して下さいね。」
まだ、到底、新しい犬を飼うことはできない。
そんな月子の気持ちを見越しての言葉。
ありがとうの言葉以外、見つからなかった。