黒田直美@フリーライター

気づいたら30年以上、物書きを続けていました。その間、ぬけぬけ子育てやぼちぼち家庭菜園…

黒田直美@フリーライター

気づいたら30年以上、物書きを続けていました。その間、ぬけぬけ子育てやぼちぼち家庭菜園、ゆるゆる介護などなど……。人生100年としたら後、半分何しよう?ってnote始めてみました。ブレない、折れない!夢見る永遠の寅さんです。よろしく!

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階段を駆け上がるより、ゆっくり一歩ずつ歩くことで、また違った風景に出合える。

若い時は全力疾走の方がかっこよく見える。スプリンターみたいに、シュツとして、キュッとしていたらな~とか。でも50代に突入したころから、私のこれからの人生って階段を下りていくようなものなんだな~と漠然と考えるようになった。 だとすれば、運動神経が抜群によくない限り、全力で駆け下りたら、間違いなく、滑る、落ちる、転がる、だ。人生100年時代、50歳が折り返し地点だとしたら、今まで上がってきた長~い階段をゆっくり降りていく。そんなイメージと言えるかもしれない。 今後の自分の人生

    • 当たり前の日常の積み重ねが人の心にとって、とても大切だと知った日のこと

      コロナ禍になり、外出自粛が増え、少し前の私だったらパニックになっていたであろう日々が、今割と落ちついて過ごせているのは、認知症の母を介護したお陰だ。 1日に3ブッキングと言われるほど、出かけるなら「会えるだけ会い」、「しゃべるだけしゃべり」、「観たいもの観て」というかなり激しい生活を送っていた時期もあった私にとって、ほとんどの週末を家で過ごすというのは修行以外の何ものでもなかった。 しかし、母の介護のために実家に戻ると決めた手前、愚痴ることもできず、悶々とした日々を過ごす

      • その刷り込みが状況を悪化させる。認知症には無駄な先入観を今すぐ捨てるべし!

        この世にいったいどれだけの病気があるのだろう。認定されているものから、未だ解明されていない未知のウイルスまで、私たちが知っている病気など、もしかするとほんの一握りかもしれない。 私たちはネット社会になり、広大な情報の海におぼれているだけかも 「認知症」に限らず、もしかして病気?となった時に、現代の私たちは驚くほどの勢いで、ネットで情報を漁る。今の自分の状況など把握することもせず、自分自身と向き合う前に、やみくもにキーボードをたたいている。 そして膨大な病気に対する体験談

        • 家族が認知症と診断された時の心は、まさに梅雨空だった(後編)

          コロナ禍でコロナ離婚が増えているという。結婚式の祝辞でよく「夫婦は片目をつぶって見る」と言われるが、これだけ長い時間を家で過ごすと、片目だけでは見ていられない。それじゃ生活が成り立たないから、知らない間に、お互いのやることをガン見している。そうなると、相手の一挙手一投足が気になり、イラつき、我慢ならなくなる。そんなわけで、やはり夫婦というのは、ほどほどの距離が良いという結論に至る。 かくいう我が家の父も、認知症を発症した母に対して、しつこいほどの観察が始まった。あら捜し決定

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        • 出版社のあれこれ
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        記事

          家族が認知症と診断された時の心は、まさに梅雨空だった(前編)

          どんよりとした梅雨空が続く。さらにはここ数年は豪雨もあり、各地での被害に心痛むことが多い。しかし、この季節の変動を私たちはコントロールすることはできない。無慈悲に思える自然災害は、長い歴史の中で何度も繰り返されてきた。そのたびに私たちは自分やその周りの家族、生活を振り返ざるを得ない。それと同様、認知症の進行も私たちにはコントロールできない。そしてそれを知った家族は、自分たちの生活を振り返ることを余儀なくされるのだ。 認知症の症候はふとした日常の崩れからだった認知症への誤解の

          家族が認知症と診断された時の心は、まさに梅雨空だった(前編)

          認知症は母の新たな人生のスタート!

          「母が認知症になってね」というと、たいていの人は「お気の毒に」という顔をする。そもそもがノー天気で超ポジティブキャラなので、いや、今、めっちゃ笑えるネタ言おうと思ってたんだけど……、と私の方が戸惑ってしまうことがある。 最初に断っておこう! 社会も人々も「認知症」を怖がりすぎだ! もうそれはコロナと同じで、わからないから恐れてしまうの典型パターンだ。確かに怖い病気ではあるかもしれないけれど、「正しく恐れる」という言葉があるように、まずは認知症にどんな症状があって、どんなこと

          認知症は母の新たな人生のスタート!

          介護は夫婦、そして家族の再生物語だ

          私は自慢じゃないが、親不孝娘だった。ことごとく父や母の期待を裏切り、というか、反対されることほど、燃えてしまう、やっかいなタイプの娘だった。それも長女なのに。 戦前生まれの父にとって、私の行動の一つ一つが許せず、理解できず、その間に立った母はいつもオロオロしながら、諭し、なだめすかし、なんとか軌道修正しようとするのだが、そんなことをまともに聞くタイプではない。母は私のことで父に怒られることも多く、今思えば、本当に気の毒だった。 だが、とても家族思いの良い妹がいてくれたおか

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          物書きの私とぼちぼち介護とゆる~い家庭菜エニスト

          タイトルに私のすべてをぶち込みました! ってほど、熱い内容じゃないけど、私の現時点の人生です! 昔から私を知っている人には、「向こう見ずの無鉄砲」と、坊ちゃんのように言われてきましたが、実はもっとゆるゆるで、あまり深く考えず、ちんたらフーテンの寅さんのように気ままに生きていたんだってことを人生も半ばにして気づきました。 名古屋でフリーライターをしていた20代最後の年に、このままでは終われない(何が?)と、遅れてきた反抗期のように単身で東京に出ていき、その後無計画のままデキ

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