見出し画像

法規制や天皇関係を無視する新国立競技場建設を許すな!

ー国立競技場将来構想有識者会議の議事録を中心にー


 昨年2013年9月のIOC総会で、2020年オリンピック・パラリンピック競技大会の開催都市が東京に決定した。これを受け2013年10月11日都議会で『第32回オリンピック競技大会及び第16回パラリンピック競技大会東京開催の成功に関する決議』が全会派一致で可決された。国会では10月15日に衆議院で『二〇二〇年東京オリンピック・パラリンピック競技大会の成功に関する決議』が全会派一致で可決。参議院は山本太郎氏以外の議員全員の賛成で可決され、議会は早くもオリンピック翼賛体制にむかっているようだ。
 しかしながら、東京オリンピックに関する様々な問題が本格化するのはこれからであり、批判の声はオリンピック決定後もあげていく必要がある。特にオリンピック競技にとって最重要なメインスタジアム予定地の新国立競技場問題について述べる。


 そもそもメインスタジアム予定地の神宮外苑周辺は明治天皇と皇后の業績を後世まで長く伝えるという目的で、全国からの寄附や寄贈、勤労奉仕によって開発された。戦前は国の施設として管理され、戦後は宗教法人明治神宮の外苑として管理されている。このような経緯から神宮外苑地区は国有地や都有地、明治神宮が所有する私有地などが入り交り、2016年東京オリンピックメインスタジアム建設予定地の晴海のように全て都有地ではない。
 また、神宮外苑地区は全国初の風致地区であり、建坪率は40%以下、高さ15メートルまで、位置や形態及び意匠は建物敷地及びその周辺と著しく不調和にならないなどの規制がある第2種風致地区に指定されていた。その他メインスタジアム建設予定地周辺は第2種中高層住居専用地域であり、その周辺はほぼ第1種中高層住居地域に指定されている。その上、明治神宮外苑地区から千駄ヶ谷1丁目周辺まで第1種文教地区に指定されるなど、様々な法規制がかけられていた。(注1)  

2012年3月6日第1回国立競技場有識者会議_PAGE0018

(『国立霞ヶ丘競技場の周辺地図』NAASHは当時のJSCの略称)

 これらの点は2016年東京オリンピック招致時から問題になっていた。「広汎多岐にわたった招致活動を詳細に記録し、招致活動全体を総括して得た教訓を貴重な財産として残すために、招致委員会関係者及び東京都のメンバーがチームを組んで作成した公式報告書」の『2016年オリンピック・パラリンピック競技大会招致活動報告書』の36ページに以下の記載がある。

晴海、霞ヶ丘の両地区について、敷地面積、各種法規制、交通アクセス、後利用等の観点から検討したところ、平成19(2007)年4月までに、霞ヶ丘地区でのオリンピックスタジアム整備は困難との結論に達した。この結果は同年5月22日、招致委員会理事会に諮り、オリンピックスタジアムを晴海地区に建設する計画とすることを決定した上、発表した。

 2016年の東京オリンピック招致の際すでに神宮外苑周辺にメインスタジアム建設することは厳しいと認識していながら、なぜ2020年東京オリンピックは神宮外苑地域なのか。また、八万人規模という話がどこから出てきたのか。
 この記載が出てくるのは2012年2月13日にIOCに提出した申請ファイルである。

国立霞ヶ丘競技場は、1964年大会のオリンピックスタジアムであり、2019年迄に最新鋭の競技場に生まれ変わる予定である。2020年大会では、8万人収容のオリンピックスタジアムとして、開・閉会式、陸上競技、サッカー、ラグビーの会場となる。
  
 東京オリンピックは2020年開催なのになぜ、1年前倒しの2019年にメインスタジアムを完成させなければならないのか。申請ファイルの資料、表1『競技会場及び競技会場以外の施設』に、総座席数8万、着工2016年4月、竣工2019年3月とあるが、建設状況は計画とあり詳細が確定していたとは思えない。
 この計画が具体化するのは国立競技場将来構想有識者会議(以下有識者会議と略)の議論を通してであることが情報公開で確認して分かった。有識者会議の議事録は一部黒塗り、委員名を◎とし誰か分からない部分もあるが、議論の大筋を確認することは可能である(注追加1)。有識者会議はこれまで4回行われ、第1回有識者会議は2012年3月6日に開催された。
「規模については、8万人規模をスタートラインに」とし、参考資料の『国立霞ヶ丘競技場の八万人規模ナショナルスタジアムへの再整備に向けて(決議)』を根拠にしている。この決議はラグビーワールドカップ2019年日本大会成功議員連盟(注2)があげたものである。国会決議でもない議員連盟があげた決議がなぜ議論のスタートラインなのか。

2012年3月6日第1回国立競技場有識者会議_PAGE0016

2012年3月6日第1回国立競技場有識者会議_PAGE0017

国立霞ヶ丘競技場を八万人規模のナショナルスタジアムとするなど、明治神宮外苑地区の都市計画や周辺環境整備を含めて早急に検討を行い一帯のスポーツ施設を再整備すべきである

と書かれているからとその意向に従うのはおかしい。オリンピックメインスタジアムである以上、陸上競技と開・閉会式を行う場合、六万席が必要というIOCの基準がスタートラインになるべきではないか。(注3)それにも関わらず観客席8万人の必要性についての異論は出されず、「敷地の問題もある。8万人規模だと現在の国立競技場の建っているところだけだとはまらない。明治公園、青年館についても敷地として考えることが必要になる」など国立競技場の敷地拡大を前提に議論が進められた風致地区や風致地区や都市計画上の用途地域制限などの法的規制に対しては参考資料として添付されていながら、第1回有識者会議の議事録上からは議論した様子が窺えない。神宮外苑の歴史的経緯はまったく無視である。

 有識者会議の資料『改築に関する想定スケジュール(イメージ)』は建設工事を2019年3月末に完成とあり、2019年ラグビーワールドカップ日本大会開催に間に合わせるという強い意欲が見受けられる。ただし早明戦などで国立競技場が満員になったのは昔であり、現在では秩父宮ラグビー場を満員することも厳しい日本でのワールドカップラグビーで8万人の観客席がいるのか、という意見は出ない。
 第2回有識者会議は2012年7月13日である。この中で都市計画の見直しについて「国立競技場の改築に当たっては敷地の一部を公開空地として一般に開放するなど公共性の高い施設を設けることを条件に用途、高さ、容積率等の既存の規制に対応」し「神宮外苑地区全体を都市計画見直しの範囲と考える」と、相変わらず、国立競技場建築敷地を拡げることを出発点にし、その上、都市計画決定が変更されていないにも関わらず、勝手に都市計画が見直されるであろうことを前提に議論を進めている。またこの回の資料5-2として『新国立競技場基本構想公開デザイン競技募集要項(案)』がつけられ、メインスタジアムの高さを70mまで建てても良いことにする。第2回有識者会議でも神宮外苑の開発経緯は議事録に一言も出てこない。そもそも「新しい国立競技場はラグビー、サッカー、陸上競技が共存できるスタジアムということが前提」で「観客にとって魅力的な臨場感あふれるピッチに近い観客席を設置する」ことは可能なのか。トラックがあれば観客席が遠くなるのは分かりきっているのに、可動式観客席や仮設スタンド設置については議論しない。
 しかも委員から陸上のサブトラックが仮設であることについて、「せっかく立派な陸上競技場が残っても、それが使えないということになってしまう」という懸念の声が上がったのに、「後ほどまたご報告をさせていただきます」という形で受け流す。オリンピックメインスタジアムが、その後の陸上競技国際大会で使えない。そんなスタジアムを作ってどうするのか。


 第1回と第2回の有識者会議の議論を元に7月20日、新国立競技場基本構想デザイン募集要項が発表された。デザイン提案条件として1新国立競技場に求められる主な要件(目指すスタジアムの姿)、2計画対象範囲、3新国立競技場の施設内容、4工事費概算及び事業スケジュールである。この中で計画対象範囲として都営霞ヶ丘アパートの部分を関連敷地にすることが示された。メインスタジアム施設敷地に都営霞ヶ丘アパートが含まれ取り壊し対象というならともかく、関連敷地として取り壊される。住民の無念さはいかばかりあろう。
 その他に明治神宮外苑軟式野球場をサブトラックとし、明治神宮第2球場を投てき練習場として利用することを想定していることが示された。軟式野球場にサブトラックを作れば都民の公募で選ばれた新東京景観100選にも入っている神宮外苑の中心である聖徳記念絵画館とその前に見えるいちょう並木という景色に大きな影響を与えることになるだろう。明治神宮第2球場も東都大学野球や高校野球東京都予選などで使用されている。そこを投てき練習場として利用後に、再び野球場として使えるのだろうか。
 なにより、神宮外苑地区地区都市計画が正式に変更されたのは2013年6月30日である。都市計画が変更されることを想定してほぼ一年前から新国立競技場のデザインコンペを行う。このようなやり方に正当性があるのか。
 第3回有識者会議2012年11月15日に開催された。中身はほぼ新国立競技場基本構想国際デザイン競技の審査結果についてである。「現在の日本というのは少し沈滞をしております。この中でこの建物をつくることによって、1964年のころのような、いわゆる躍動感あふれる日本の国を表現できるのではないかということを考えまして、この案にいたしました」と発言し、「スケールが大きいのと同時に、技術的な課題もたくさんあります。このような課題を解決できるのは日本の国の土木建設技術力でしかなかなかつくり得ない」など、巨大建設による国威発揚や日本の土木建設技術力を示す発言ばかりで陸上競技やサッカー、ラグビーの競技場として使うことは、まるで念頭においていないかのようだ。そして、「今後の予定ですが、東京2020オリンピック・パラリンピック招致立候補ファイルに最優秀作品のパースを反映する」というわけで、2013年1月7日の立候補ファイルに「オリンピック競技会場」として座席数8万席、総座席数8万席、大会後席数8万席と仮設席を設けないことを明らかにした。また工事費用として建設状況が計画段階にも関わらず恒久工事1300億、仮設/会場利用料38億の総額1338億円と記載し、恒久工事を発注する責任主体は(財)日本スポーツ振興センター。建設スケジュール開始日は2015年10月、完了日を2019年3月と定めた。
 工事期間はとにかく工事費用については既に計算違いが明らかになっている。2013年10月23日の参議院予算委員会で自民党の山谷えり子氏の質問に対し、下村博文文部科学大臣は以下のように回答した。


  その過程において、そのデザインコンクール、それが入賞したわけでございますが、最優秀作品となったザハ・ハディッド氏のデザイン、それをそのまま忠実に実現する形での経費試算は約三千億円に達するものでございまして、これは余りにも膨大な予算が掛かり過ぎるということで、率直に申し上げまして、もう縮小する方向で検討する必要があると考えております。デザインそのものは生かす、それから競技場の規模はIOC基準に合わせますが、周辺については縮小する方向で考えたいと思います。


 新国立競技場基本構想デザイン募集要項に工事費概算として「総工事費は、約1300億円程度を見込んでいる」と明記していたのに試算したら3000億円。このようなデザインを最優秀に選んだ新国立競技場基本構想デザイン募集要項審査委員会メンバーに責任はないのだろうか。


 最後に、第3回IOCスポーツと環境世界会議で採択された『オリンピックムーブメンツアジェンダ21オリンピック』と新国立競技場計画は合致しない。競技施設を引用する。
 

 3.2.3 競技施設
 既存の競技施設をできる限り最大限活用し、これを良好な状態に保ち、安全性を高めながらこれを確率し、環境への影響を弱める努力をしなければならない。
 既存施設を修理しても使用できない場合に限り、新しくスポーツ施設を建造することができる。
 新規施設の建築および建築地所について、このアジェンダ 21 の 3.1.6 節を遵守しなければならない。これら施設は、地域にある制限条項に従わなければならず、また、まわりの自然や景観を損なうことなく設計されなければならない。


 既存の競技施設をできる限り最大限活用していない上に、地域にある制限条項に従わなければならないどころかメインスタジアム建設に合わせ都市計画決定を変更する。IOCのルールをここまで無視して恥ずかしくないのか。
 しかも既存施設を修理しても使用できない場合に国立競技場が当たるのか不明である。なぜなら筆者は2013年11月26日に「日本スポーツ振興センターが国立競技場の耐震等について、久米設計に委託した調査(2010年度)の結果が分かる文書」を情報公開請求したが、日本スポーツ振興センターは2014年2月5日に「平成26年3月31日までに開示決定を行う予定」と延長通知をしたために資料入手できていないからである。2010年度の調査結果を2013年11月26日に日本スポーツ振興センターが持っていないとは思えないのだが。(注追加2)

画像4

画像5

(平成26年2月5日付『法人開示決定通知書』。②の「日本スポーツ振興センターが、国立競技場の耐震等について、久米設計に委託した調査(2010年度)の結果が分かる文書」が目的の文書をさす)


 2020年東京オリンピックは16日間、パラリンピックを含めても1ヶ月強の開催期間しかない。そんな短い期間のために、神宮外苑の環境を破壊しても良いのだろうか。よく考えてほしい。

注1 第1回国立競技場将来構想有識者会議の参考資料『国立霞ヶ丘競技場の周辺地図』参照

注2 ラグビーワールドカップ2019年日本大会成功議員連盟は2011年11月4日結成。結成時、顧問に横路孝弘氏、江田五月氏、安倍晋三氏、福田康夫氏、麻生太郎氏、鳩山由紀夫氏。会長は参議院議長の西岡武夫氏。現会長は町村信孝氏

注3 東京都スポーツ振興局施設担当部長の荒井俊之氏は2013年11月11日都議会オリンピック・パラリンピック招致特別委員会で共産党の吉田信夫議員の質問に対し、「IOCの基準では、陸上競技と開閉会式を行う場合、六万席が必要とされております」と回答。観客席8万人が基準でないことは東京都も認めている。

注4 新国立競技場建設に至るまでの時系列
2009年7月28日 2019年ラグビーワールドカップ日本開催決定
2009年10月3日 2016年東京オリンピック招致失敗
2011年2月15日 ラグビーワールドカップ二〇一九日本大会成功議員連盟
『国立霞ヶ丘競技場の八万人規模のナショナルスタジアムへの再整備等に 向けて』決議
2011年7月16日 東京都、2020年オリンピック競技大会への立候補表明
2011年2月13日 IOCに2020年東京オリンピック申請ファイル提出
2012年3月6日 第1回国立競技場将来構想有識者会議
2012年7月13日 第2回国立競技場将来構想有識者会議
2012年7月20日 新国立競技場基本構想デザイン募集要項
2012年10月9日 国立競技場等埋蔵文化財試掘調査業務契約
2012年10月18日~12月18日 埋蔵物試掘調査(国立競技場外、明治公園)
2012年11月15日 第3回国立競技場将来構想有識者会議
2013年1月7日 IOCに2020年東京オリンピック立候補ファイル提出
2013年2月25日~3月29日 埋蔵物試掘調査(国立競技場フィールド内)
2013年6月30日 神宮外苑地区地区計画変更決定
2013年9月8日 2020年東京オリンピック招致決定
2013年11月26日 第4回国立競技場将来構想有識者会議
2014年1月6日(仮称)新事務所棟の整備計画について(案)

注追加1ー文書発表当時は国立競技場将来構想有識者会議の議事録、資料などはWEB上で公開されておらず、著者は情報公開で入手した資料を元に伏せ字部分をそのままの形で記載している。

注追加2ー分かる文書を請求したにも関わらず、JSCは勝手に概要版を公開。再度請求をしたら、JSC自身が決めた開示日時を何度も変更。請求人が入手できたのは、国立競技場解体工事開始日であった。

(出典 2014年4月10日発行『インパクション194号』所収論文に資料追加。当時と大きく変化した2箇所を注追加として指摘した)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?