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ビリオン・バディ(billion buddy)第1話

【あらすじ】

 魔法が存在した時代から、十億年の時が経ち、魔法も魔族も姿を消した現在。
 化学と機械技術の発展により、魔法の存在しない道を歩んできた人類であったが、近年、魔力と称された生命とは別の体内エネルギーが発見されると、魔法の研究開発が一気に加速。魔力を具現化する機械、魔機まきが開発、実用化された。
 時は経ち、ハッカー集団による人型戦闘魔機ゴーレム乗っ取り事件が発生し、大惨事を引き起こした。
 その四年後、死刑になったはずの犯人が再び現れ、デスゲームを開始。
 魔機メカニック白間はくま ヤマトは、ひょんなことから十億年の眠りから覚めた魔王マオとバディを組み、人類存亡をかけた戦いに挑む。

【第一話】

「これが……アーシュラの箱。やっぱり実物は凄いな。こう、なんて言うか……人を魅了する力を感じるというか、魔力のようなものを感じるというか……」

 世界大文明の力展が開催されている、ウラワ国際美術館三階、特別展示室の中央に設置された、全面ガラス張りのショーケース。
 中には、きらびやかな装飾が随所にあしらわれた黄金色こんじきいろの箱が展示されていた。
 四方から当てられたスポットライトで、美しく輝く箱を眺め、そう呟いた青年の名前は、白間はくま ヤマト
 サイタマシティに、拠点を置く機械メーカー、カワグチエレテクニクスのメカニックである。
 歳は二十七。人当たりの良い温厚な性格。短髪黒髪のなかなかに爽やかな男である……のだが、子供の頃より夢中になっている、異世界ファンタジーアニメの影響をガッツリ受け、魔法は実在したと信じてやまない、根っからの魔法マニアであることが尾を引き、年齢と同じだけ彼女のいない時を過ごして来た。
 そんな彼が、なぜ機械メーカーのメカニックになったのか。
 事の発端は、二十年前に遡る。
 化学と機械技術の進歩が、今日こんにちの社会を形成し、長きに渡り、魔法の存在しない道を歩んできた人類であったが、生態研究の権威である仙道せんどう博士率いる研究チームによって、個人差はあるものの、誰しもが、体内に生命とは異なるエネルギーを秘めているという研究結果が発表された。
 そして、仙道博士は、研究発表の最後を、こう締め括った。

「私は、この未知なる体内エネルギーを、魔力と称する!」

 人類史上類を見ない大発見は、空前の魔法ブームをもたらし、魔法の実現に向けて、様々な企業が、研究開発に乗り出した。
 当時、中小規模だったカワグチエレテクニクスも、その一つであった。

 仙道博士の研究発表から、一年が経った暑い夏の某日。
 カワグチエレテクニクスの研究棟実験室には、猛暑、酷暑に負けないくらいの熱意を持った研究開発員たちが集まっていた。

「テスト、開始します!」

 その場の誰もが、プロトタイプの体内魔力増幅機を装着した被験者を見つめ、固唾を飲む中、実験が開始された。

「0.1%、0.2%……体内魔力、微量ながら緩やかに上昇」
「いい感じだな。被験者の状態は?」
「はい。バイタル安定。魔力も順調に上昇中」

 実験は、問題なく進んでいたと思われたが、魔力上昇が1.1%に到達した時点で、事態は急変。
 バイタル異常を示すアラームが鳴り響き、被験者の顔からは、苦痛の表情が浮かんだ。

「バイタル低下! 意識喪失! 実験中断します! 被験者を至急、救護室へ!」

 救護室へ運ばれた被験者は、すぐに意識を取り戻し、バイタルも安定。その後の検査で、異常無い事が確認された。
 被験者の無事が報告された実験室では、全員が安堵の表情を見せると同時に、目標値には達しなかったものの、僅かに体内魔力を増幅させることに成功した成果を、拍手をもって賞賛した。

 実験開始から、試行錯誤を重ねること十年。
 ついに、世界初となる体内魔力増幅機の実用化に成功。
 同社は、更に、魔力を抽出し体外へ放出・具現化する魔力抽放出機、通称魔機マキの開発にも着手。
 五年の時を経て、実用化に漕ぎつけた。
 その後すぐに、これらは、国の管理下に置かれる事となり、民間と並行して、国家機関や軍事部が参入。
 カワグチエレテクニクスにも、軍事部門が併設された。
 同部門では、急ピッチに研究開発が進められ、わずか二年たらずで魔弾丸まだんがんと命名された、魔力を弾の形で射出できる銃型武器、銃魔ガンマが開発された。
 時は流れ、ヤマトが、二十二歳を迎えた頃には、ガンマ以外にも、パワースーツ型や、腕・脚などの部分的な魔機も実用化され、軍や警察の一部に配備されるまでになっていた。

「なぁ。ヤマト。もう決めた? 就職先」
「もちろん! 俺は、カワグチエレテクニクス一択だね」
「お前さ。それって、まさかとは思うけど、お願い異世界魔王様の影響だったりする?」
「当たり前だろ。それ以外に何がある? アニメ界で魔法と言えば、お願い異世界魔王様だし、リアルで魔法と言えば、カワグチエレテクニクスしかないだろ?」
「そりゃお前だけだろ。まぁ、リアルについては、俺も異論はないけど」
「だろ? カワグチエレテクニクスは、世界で初めて、魔法を実用化できた企業だからな。って、魔法アニメもお願い魔王様が唯一無二だろ! そこも認めろ!」
「認めるかよ。俺は、転生シリーズの方が好きだし、爆裂勇者なんか、出てくる魔法すげー派手でいいじゃん」
「わかってないねぇ。よし! それじゃ今日は、俺ん家で、夜通しお願い異世界魔王様上映会だ! いいよな?」
「イヤだよ」
「そんな事言って。結局来るだろ?」
「……行かないよ」
「あいつらも呼んでおくからさ。そんじゃ、後でな」
「だから……ったく」

 結局、その晩、ヤマトの家には、いつものメンバーが集まり、夜通しアニメ上映会が行われた。
 その後、ヤマトは宣言通り、カワグチエレテクニクス一社に絞り込み応募。
 魔法に対する熱意が伝わったのか、無事内定をもらった彼は、晴れてカワグチエレテクニクスへの入社を果たしたのだった。

「今日からお世話になります。白間 ヤマトと申します!」
「白間君。元気でいいね! 配属先の魔機メンテナンス部は、その元気が不可欠だからね。頼んだよ!」
「えっと……魔機メンテナンス部、ですか? 研究開発部ではなく?」
「そうだよ。魔機メンテナンス部。当社うちにとって、なくてはならない重要な部署だからね。ぜひ君の力を貸してほしい!」
「は、はい! 頑張ります!」

 研究開発部で働くという夢は叶わなかったものの、魔機メンテナンス部での仕事は、なかなかに彼の性分に合っているらしく、出張メンテナンスをメインに、忙しくも充実した日々を送っている。

 と、これが、カワグチエレテクニクスで、メカニックとして働く事になった白間 ヤマトの経緯である。

 話は、現在に戻る――

「写真や映像で見るのとは、ぜんぜん違う」
「違いますよね」

 ショーケースに、額がつきそうなくらい顔を近づけ、食い入るように箱を覗く彼の隣に、一人の女性が並んだ。

「わっ」
「すみません。驚かせてしまいましたね。私は、こちらの展示フロアを担当している者です。お客様が熱心に、こちらを見学されていたので、つい話しかけてしまいました。実際、お客様が感じられたように、アーシュラの箱からは、微量の魔力が観測されているそうですよ」
「そうなんですか! いったい中には、何が入っているんですかね」
「私も、常々気になっておりますが、発掘時に行われた調査では、微量な魔力が検知されたこと以外、中身が分かるような結果は、得られなかったそうです。その後は、国の重要文化財に指定されましたから、追の調査は行われておりません」
「なるほど。魔力を秘めた得体の知れない魅惑の箱か。美しくも恐ろしい、厄災の女神アーシュラの名前が付けられたのも、わかる気がします」
「ですね」
「それにしても、本当に綺麗だな。これが、十億年前の代物だなんて、信じられない」

 そう呟き、再びショーケースを覗き込んだ次の瞬間、アーシュラの箱近くの床が、爆発音と共に吹き飛び、砕け散った床材やショーケースのガラス片、衝撃で壊れた展示物などが粉塵となり、フロア一面を覆った。

 今から、三十分前――

 特殊機動隊オオミヤ基地司令部に、緊張が走った。

「ウラワ国際美術館にて、局地的魔力増加反応! 解析開始します!」

 警報音を合図に、諜報部分析担当員、真崎まさき ミリィの両手が、高速でキーボードを叩く。

「美術館内防犯カメラにアクセス。モニターに映します」
「これは!?」
「分析結果出ました! レジスタンス社製人型戦闘魔機TH01型と照合結果一致。世界大文明の力展で展示されているゴーレムが、動き出したもよう」
「いったいどういうことだ……」

 誰もがモニターを凝視する中、またも警報音が鳴り響いた。

「カワグチステーション前ロータリー街頭モニターに、発信元不明の電波反応! 回線の一部がジャックされています! 防犯カメラの映像、モニターに反映します!」

 司令室のモニターに、駅前ロータリーの巨大モニターが映し出された。

弥刀みとう レン!!」

 司令室にいる誰よりも早く、大声を上げたのは、長官である宝城ほうじょう 公仁きみひとだった。

「弥刀 レン? 誰それ」

 そう呟いたのは、頭の後ろに両手を回し、棒付きの飴を舐めながら、モニターをけだるそうに眺めていた特殊機動隊オオミヤ第一小隊副隊長の雷堂らいどう ジュラだった。

「誰って。ジュラさん。本当に覚えていないのですか? 五年前、大惨事を引き起こした、ファントムのリーダーですよ?」
「あー。なんか、そんな奴いたわ。さすがミリィちゃん。よく覚えてるねぇ」
「アレを覚えていなのは、きっとジュラさんだけですよ」
「そうかな。んで、どんな事件だったっけ?」
「本気で言っているのですか!? いいですか。よく聞いていて下さい……」

 それは、五年前に起きたレジスタンス社へのサイバーテロ事件の通称。
 人型戦闘魔機、通称ゴーレムの開発を進めていたレジスタンス社のコンピュータに、弥刀 レンと東雲とううん まもる、二人の天才ハッカーによって構成されたハッキング集団ファントムが、サイバー攻撃を仕掛け、発表されたばかりの試作機が乗っ取られた。
 その結果、ゴーレムは、トウキョウの街を暴走。
 民間人が巻き込まれ、建物破壊に加え、多数の死者、ケガ人を出す大惨事となった。
 軍と警察が総出で対処に当たり、ゴーレムは破壊され、ファントムの二人は逮捕された。
 東雲は、罪を認め、三年の禁固刑の後、ホワイトハッカーとして、全面協力する事を条件に、厳しい監視下に置かれる中、とある施設で働いているという。
 一方、弥刀は、いっさい謝罪、反省する事なく身勝手な主張を繰り返し、さらには、被害者や被害者家族、関係者を挑発し続けた。
 結果、更生の余地なしとの判断から、逮捕から一年後、死刑となり、今世紀最大のサイバーテロと言われたファントム事件は、幕を閉じた。

「そっか。そっか。そんなだったね。ミリィちゃん。説明ありがと」
「……話半分も聞いていなかったですよね?」

 呆れ顔のミリィに、ジュラがにっと笑う。

「だって、興味無いもーん! それよかアレ。ぶっ飛ばしてきていいよね?」
「そのつもりだ」
「さすが。宝城の旦那は、わかってるねぇ」
「だが、もう少し待て。ヤツが喋り出した」

『やあ、みんな。元気にしてた? 僕は、この通り元気だよ! なんてのはウソ。僕は、四年前に死刑になって、みんなの望み通り、ちゃんと死んだよ。でもね。僕は戻ってきたんだ。人工知能と魔機の体を手に入れたおかげでね。どこにいるかは、教えてあげられないけど、その時が来たら、みんなに、この素晴らしいボディを見せてあげる。それまではさ、僕の用意したゲームで、遊んでて。ちなみにそのゲームは、リアルサバイバルゲームだよ。もう、気づいてると思うけど、ウラワ国際美術館のゴーレムを機動させておいたから、まずはコレと遊んでみてよ。ゲームだから、チュートリアルってやつだね。いきなり始めたら可哀想だから、少し猶予をあげる。三十分後にスタートでどうかな? それなら、みんな集まれるよね? それじゃ、ゲームスタート! みんな、頑張ってね!』

 街頭モニターに映る弥刀の姿が消えると、ウラワ国際美術館二階に展示していたゴーレムの目に灯りが灯った。

「聞いたな、ジュラ」
「ちゃんと聞こえたぜ。そんじゃ、ひと暴れしてくっか」
「特殊機動隊オオミヤ第一小隊出動! 武尊たける、ジュラを頼んだぞ」
「はっ!」

 宝城長官に敬礼をし、ジュラの後を追い、足早に司令室を出て行ったのは、特殊機動隊オオミヤ第一小隊隊長風磨ふうま 武尊たけるだった。
 弥刀による事実上の宣戦布告から、きっちり三十分後。
 ヤツの宣言通り、二階展示室に展示されていたゴーレムが動き出し、フロアを破壊しはじめた。

「痛ぇ。ブハッ。何も見えない」

 爆発の勢いで、転んでしまったものの、幸いかすり傷程度で済んだヤマトの目に、床に貼られたフロアガイドの矢印が映った。

「とにかく逃げなきゃ」

 ヤマトは、鼻と口を手で覆い、姿勢を低く保ちながら、床に貼られたフロア案内の矢印を頼りに、出入口へ向かって歩き始めた。

「えっと、こっちかな……ん?」

 四、五歩ほど進んだところで、立ちこめる粉塵の中に、人影らしきものを発見したヤマトが、足を止めた。

(さっきのスタッフさんかな? いや、なんか違う……は? う、嘘だろ。あれ、ゴーレムだよな!? なんで動いてんの!?)

 ヤマトが驚愕し、目にしたモノ。
 それは、先程動き出したゴーレムだった。
 ゴーレムは、頭を上下左右に動かし、辺りを確認するような動作をみせた後、見境なくショーケースや、展示物を破壊し始めた。

「やばい! やばい!」

 必死に出入り口を目指し、四つん這いで、床を這うように進むヤマトの手に、何か柔らかいものが当たった。

「ん? 何だこれ……人だ! 女の人が倒れてる!」

 どうする? などと考える間もなく彼は、床に倒れている女性の救護を開始。

「スタッフさんじゃない。大丈夫ですか? 息は……してる! 意識を失ってるだけか……にしても、めちゃくちゃ可愛いな……って、今そんな事考えてる場合じゃない!」

 左右二つに結ばれた赤いロングヘアーに、艶やかな紅色の唇。見た瞬間心奪われる美少女。歳は十八、九あたりに見えるが、二十歳前後かもしれない。肉付きの良い体を覆うドレス風の服からは、ふくよかな胸が覗き、目のやり場に困る。

(コスプレイヤーさん、なのかな? にしてもやばいな。この顔に、このスタイルに、この衣装……俺の癖どストライクなんですが! だぁ! いかん。いかん! 早くこの女性ひとを連れて逃げなきゃ! あ、無事逃げられたら、写真撮らせてもらお。ってそんなこと考えてる場合じゃないだろ!)

 恐怖と私欲が入り乱れ、混乱気味のヤマトであったが、気を取り直し、彼女を背中に抱えると、猛ダッシュで、出入口に走り始めた。
 しかし、その動作をゴーレムのセンサーが、逃すはずはなく、二人に向かって、飛びかかってきた。

「目標補足! ゴーレム一体! 総員構え! 撃て!」

 出入口から、男性と思わしき声が聞こえたかと思うと、ヤマトたちの頭上まで迫っていたゴーレムが、フロアの床に叩きつけられた。

「ゴーレム落下! 逃げ遅れた民間人を確保しろ! 追撃開始!」

 何が起きたのか、未だ理解できていないヤマトが、声の聞こえた方を向くと、フロアに突入して来る特殊機動隊員たちの姿が目に飛び込んできた。

「オオミヤウルフ!!」

 ヤマトのテンションが、爆上がりしたオオミヤウルフとは、先程オオミヤ基地を出動した、特殊機動隊オオミヤ第一小隊のことであり、魔機や魔法に関連する事件を専門に扱う特殊部隊である。
 隊員専用パワースーツの背部に、トレードマークである銀狼が描かれていることから、その通り名がついた。
 そして、彼らが装備する魔機のほぼ全てを、カワグチエレテクニクスが提供、メンテナンスを行っている。
 つまり、カワグチエレテクニクスのメカニックであるヤマトが、彼らの魔機を整備しているのだ。

「民間人二名確保! 離脱します!」

 オオミヤウルフは、迅速にヤマトたちを囲み、安全を確保すると、内ニ名の隊員が、二人をすぐに出入口まで運び出した。

「凄い! 本当に、俺が整備してるガンマで戦ってる!」
「こら! そこの青年! 前に出てくるんじゃない! 早く外に退避しなさい! 救護班! この民間人を早く外へ!」
「も、もう少しだけ!」
「ダメですよ! 早くこちらへ!」
「あーーーー!」

 普段は、聞き分けのない行動をとるタイプではないのだが、こと魔法や魔機が絡むと、ついつい無茶をしてしまうのがヤマトのさが
 特に今回は、自身が整備を務める魔機の、実戦場面に遭遇してしまったのだから、なおさらのこと。
 二人の救護班に抱えられ、引きずられるように場を後にしたヤマトは、美術館を出る直前まで駄々を捏ねていたが、外に出ると、先ほどまでの抵抗が嘘のように、救護班の手当を大人しく受けた。

 一方、美術館内では――

 ヤマトたちが退避した後、オオミヤウルフは、集中攻撃を開始。反撃の隙が無い程、激しい魔弾丸の雨を浴びたゴーレムは、その小爆発と青白い閃光に包まれ後、沈黙。

「止め!」

 隊長である風磨の号令で、攻撃の手が止み、集中砲火によって生じた煙の中から、ゴーレムが、徐々にその姿を現す。
 装甲はボロボロに崩れ、内部機関が剥き出しになったゴーレムの至る所から、チリチリと、回路がショートする火花が上がっている。
 やがて火花が消え、がくりと膝から崩れ落ちたゴーレムは、床に倒れ込むと、再び動き出すことはなかった。

「エネルギー反応ゼロ。ゴーレム完全に沈黙!」
「なんだよ。つまんねぇな。ぜんっぜん、手応えねぇじゃねぇか」

 棒付きの飴をくわえたまま、悪態をついたのは、もちろんジュラだった。

「任務完了。処理班。後はよろしく頼む。ジュラ、お前の正確かつ迅速な射撃が功を制した。みんなもよくやってくれた」
「へへ。まぁな。あーしの早打ちに勝る奴は、いねぇかんな。そんじゃ帰ってひとっ風呂浴びるか」

 無事任務を終えたオオミヤウルフが、美術館一階の出入口に現れると、大歓声が上がり、集まった報道陣が、一斉にカメラを向けた。

「オオミヤウルフ! ありがとう!」

 ヤマトも、手当を受けながら、隊員たちに手を振った。

「その様子なら、大丈夫そうですね。歩けますか?」
「はい。大丈夫です。歩けます」
「よかったです。幸い彼女さんも、ケガなどありませんから、このままお帰りになって大丈夫ですよ」
「か、彼女!?」

 そう言われ、ふと横を見ると、いつの間に目を覚ましたのか、ぼーっとしながら膝を抱え座る彼女の姿が目に映った。

「あ、ありがとうございます。助かりました。それじゃ僕たちは、失礼します」

 勘違いされたとはいえ、彼女と言われた恥ずかしさに、ヤマトは、居ても立っても居られず、未だぼんやりしている彼女の手を引き、美術館を後にした。

(……まてよ。これって、普通に考えたら誘拐だよな。やばいな。どうしよう)

 恥ずかしさゆえの、突発的な行動であって、やましい気持ちなどまったく無いことは明白なのだが、それでも彼女を連れて来てしまったという罪悪感が、彼にのしかかる。

(よく考えろ……駅! そうだ! 駅まで連れて行けば、誘拐じゃなくて、送ったって事になる! よね?)

 焦る中、何とか打開策らしき案を絞り出したヤマトは、ひとまず駅に向かって歩きはじめた。

「おい。そろそろ離せ」

 背後から、可愛い声が聞こえたかと思うと、繋いでいた手がグイッと引かれた。
 足を止め振り向くと、ルビーの様に美しく輝く瞳が、ヤマトの視線を捉えていた。

(綺麗な紅い目……めっちゃ可愛い! 流石にカラコンだと思うけど、良い)

「どうした? そんなにじっと見て。私の顔に何かついているか?」
「いえ。別に、なにも。それより、正気にもどったんですね」
「少し前からな」
「え!? そ、そうだったんですね」
「様子を見ていた。早く離せ」
「すみません」

 ヤマトが、慌てて手を離すと、彼女は、辺りをぐるりと見まわし言う。

「ここは、どこだ?」
「え? あ、えっと。ここは、サイタマシティのウラワ地区ですけど」
「聞いたことの無い場所だ。魔素が相当薄い上に、魔族の気配もない。つまりここは、人間界というやつか。ならば、お前は……人間の男か?」

(変な事を言う人だな……いや、違う! きっとこれは、そういう設定なんだ! プロ意識めっちゃ高い人なんだ! なら、俺も合わせなきゃ失礼だよな!)

「はい。ここは人間界です。そして俺は、人間の男です」
「やはりそうか」
「あの」
「なんだ?」
「あなたは、もしかして魔族、ですか?」

(どう? この設定で合ってる?)

「おお! 分かるか! お前、見た目とは裏腹に、見る目があるではないか。そうだ。私は魔族だ。それも全ての魔族を統べる王だ」

(来たー! 衣装からして、まんまだと思ってたけど、本当に魔王様設定だった!)

「えっと、魔王様は、魔法使えるんですよね? 俺、魔法らしい魔法見たことなくて」

(我ながら神質問。これなら、可愛くポーズとってくれたりして)

「愚問だ。よかろう。見せてやる」

(よっしゃ!)

 彼女が、右手を天にかざすと、その手のひらから魔法陣のような輪が現れ、赤い光りを放ち回転をはじめた。

(へぇ、凄いな。手から本当に、魔法陣みたいなのが出てきた。どうやってるんだろ。プロジェクションマッピングみたいなやつかな? 最近のコスプレって進んでるなぁ)

「ゼトフレア!」

 彼女は、魔法らしき言葉を発したが、何も起こることはなく、魔法陣も消えた。

「ううむ。気のせいであると信じたかったが……やはりダメか。すまない。魔法を見せてやるつもりだったのだが、どうやら魔力が枯渇してしまっているようだ。魔力が回復したら、あらためて見せてやる」

(なるほど。そうきたか。まぁ、魔法の再現までは難しいか)

「大丈夫ですよ。ところで、貴女あなたのお名前は?」
「私の名か……うーむ。永きに渡る封印のせいで、記憶がいろいろと曖昧になっておるようでな。名を思い出せん」

(そうだよね。普通に考えて、この状況で名前なんて名乗りたくないよね。にしても、質問かわすの、慣れてるなぁ)

「じゃあ。魔王様だから、マオさんって呼んでいいですか?」
「ああ。すきにしてくれ。して、お前は名を何という?」

(自分は教えてくれないくせに、人には聞くんかーい。ま、いいけどね)

「俺の名前は、白間 ヤマトです」
「ヤマト。良い名だ」
「そうですか? ありがとうございます。それじゃ、帰りましょうか。駅まで送って行きますよ」

 晴れて誘拐ではなく、自然な流れで、駅まで送る口実が作れたヤマトは、ほっと肩を撫で下ろした。

「じゃ。僕はこれで。マオさんも気をつけて帰って下さいね」
「待て。私は帰るところがない。すまないが、ヤマトのところに一緒に住まわせてはくれないか?」
「え? 泊まるってことじゃなくて、一緒に住むってことですか?」
「ああ。現状、この人間界で、ヤマト以外に頼れる者がいないのでな。封印が解かれた以上、私は、この世界で生きていかなければならない」
「いやいやいや。流石にそれはダメでしょ? あと、そろそろ、その設定外して話しませんか? マオさんのプロ意識の高さは十分にわかりましたから」
「ぷろいしき? 何を言っておるのか、よくわからんが……ならば、一晩だけでも、ダメか?」

 マオは、ヤマトの前にひざまづくと、宝石のように美しく輝く瞳を、さらに潤ませ、彼を見つめた。

「だぁー。わかりました。わかりましたから、立って下さい」
「本当か! 嬉しいぞ!」

 マオは、跳ねるように立ち上がると、ヤマトに抱きついた。

「マ、マオさん!? い、行きますよ!」

 ヤマトは、マオを引き離すと、周囲の視線から逃げるように、改札を潜り抜けた。


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