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ビリオン・バディ(billion buddy)第2話
「ぎゃう!!」
ヤマトの耳に、改札が閉まる音と、悲鳴のような声が飛び込んできた。
彼が振り向くと、まさかとは思ったが、マオが閉まった改札のドアに行手を阻まれていた。
「マオさん。交通系カードとか、携帯アプリとか持ってないんですか?」
「無い」
「それならそうと、早く言ってくれればいいのに。ちょっと待ってて下さい」
ヤマトは、マオの元へ戻ると、彼女を券売機の前に連れて行った。
「マオさん。ひょっとして、財布も無いとか?」
「さいふ? 無い」
「ってことは、お金無いってことですよね?」
「無い」
「マジか……わかりました」
ヤマトは、小さくため息をつくと、切符を買い、マオに渡した。
「この紙切れは、何だ?」
「切符ですよ。さすがに知ってるでしょ?」
「知らん」
「……マオさん。電車乗ったこと、ないんですか?」
マオは、ためらうことなく首を縦に振った。
(嘘だろ? このご時世、電車に乗った事がない人なんている? きっと財布忘れたか、落としたから、そういう設定にしたんだな。うん)
「そうですか。それは、切符と言って、これから乗る電車という乗り物を利用するために、必要なものになります。いいですか。切符をこの穴に入れると」
バタン! 改札のドアが開いた。
「おお! 扉が開いた! これは魔法か?」
「魔法? たしかに言われてみれば、魔法みたいですね。でも、これは、魔法なんかじゃありません。そういう機械です」
「きかい……魔法ではない。ふーむ」
「それじゃ、電車に乗りましょう」
二人が、ホームに到着すると、そこへ丁度電車が入って来た。
「おお!! これがでんしゃというものか! なんと大きい! これもきかいか?」
「そうですね」
「人間は凄いな。先ほど見た街並みもそうだが、これほどまでの進化を遂げているとは。私の想像を遥かに超えておる」
(マオさん……設定、絶対崩さないんだな)
『ワラビ〜、ワラビ〜』
「ここで降りますよ。駅を出たら、家までは少し歩きます。ところで、マオさん。お腹空いてません?」
「空いている」
「それじゃ。ご飯食べて帰りましょうか。俺、おごりますから」
「……すまない」
「謝らなくていいですよ。で、何食べたいですか?」
駅前通りを見渡すと、ファミレスや牛丼チェーン店、立ち食いそば屋などが軒を連ねる光景が目に映った。
「何がと言われても……どれもこれも食したことがないからな」
「マオさんって、お嬢様なんですね」
「お嬢様? 魔王になってからは、久しくその様な事は忘れていたが、そうだな」
(どう攻めても、設定揺るがないし、ボロが出ない。本当凄いな)
感心するヤマトをよそに、マオは、嬉しそうに飲食店を覗いて回る。
「良い匂いがするな! ヤマト。ここは、何の店だ?」
「ここは、ラーメン屋です。ラーメンも初めてですか?」
「無論だ」
「お嬢様の、お口に合うかわかりませんが、ここにしてみます?」
「うん!」
マオは、にっこり微笑むと、深く頷いた。
二人は、狭いカウンター席に並んで座ると、醤油ラーメンを注文した。
「これは、腹が空く香りだ。楽しみだの」
『醤油ラーメン! おまち!』
「これは……なんと美しい!」
細めのちぢれ麺に、琥珀色のスープ。メンマとネギ。それと一枚のチャーシューが乗った醤油ラーメン。
ヤマトにとっては、いつもの醤油ラーメンなのだが、ラーメン自体、目にする事が初めてであろうマオにとって、それは、とてつもなく美麗な料理に見えたようだ。
「いただきます……あれ、マオさん。箸使うのも初めて?」
「いや。これは使ったことがある。あまりにも綺麗なのでな。つい見惚れてしまった」
「そういうことですか。でも、麺が伸びちゃうと、味落ちますから、食べましょう」
「そ、そうなのか! ならばすぐに食すとしよう」
ラーメンを口に運び、一口かしめた瞬間、
「美味い!!」
マオは、思わず席を立ち上がってしまった。
「なんという美味さだ! こんな美味いものが、この世にあるとは! 人間恐るべし」
『ハハ。お客さん! ありがとうございます! そこまで喜んでもらえると、なんか照れますね』
「良かった。ラーメン、お口に合ったようで」
「うん。これは本当に美味い。ヤマトよ。私に新しい味を教えてくれたこと、感謝する」
笑みをこぼし、感謝の意を告げたマオの顔は、幸せに満ち溢れていた。
「ごちそう様でした」
「ご馳走様でした」
あっという間にラーメンをたいらげた二人は、店を後にすると、ヤマトの家に向かって歩きはじめた。
「ちょっとコンビニ、寄ってもいいですか?」
「こんびに?」
(この反応。コンビニも行ったことない設定だな。ってお金ないから当然か)
「コンビニは、小さなお店なんですけど、いろんなものが売ってる便利なところです。飲み物と、明日の朝食になりそうなものを買おうと思います」
『いらっしゃいませ』
「おお! これはまた、興味深いところだな。見たことの無いものがいっぱいだ!」
「俺、必要なもの集めてきますから、マオさんは、適当に店の中見てて下さい」
ヤマトが、緑茶とオレンジジュースのペットボトル、朝食用のパンを数個カゴに入れ、マオの元へ戻ると、彼女はひとつのショーケースの前で、目を丸くして陳列された商品を覗き込んでいた。
「ヤマト! これは、いったい何だ? 氷のように冷たい!」
「あー。それは、アイスですよ」
「あいす?」
(アイスも知らない設定か。なんか、だんだんマオさんの設定聞くの、楽しくなってきたな。どんな返答が来るのか、待ってる自分がいる)
「アイスです。冷たくて、甘〜いお菓子です」
「冷たくて、甘〜いお菓子!?」
「食べてみます?」
「いいのか?」
ヤマトが頷くと、マオは満面の笑みを浮かべ、アイスを選びはじめた。
「たくさんあって、迷ってしまうな。味もわからぬから余計だ。ヤマト、代わりに選んでくれないか?」
「うーん。それじゃ、ちょっと奮発して、ハーゲンダッテにしますか」
「おお! 美味そうだ」
『ご利用、ありがとうございました』
会計を済まし、外に出た二人は、今度こそ、家路に向かった。
「あ・い・す! あ・い・す!」
「マオさん。嬉しそうですね」
「当たり前だ。新しい物事を知ることは、実に楽しい。そして、美味しいものにありつける喜びは格別だ! ふんふんふふーん」
何を歌っているかわからないが、上機嫌で鼻歌を歌うマオの歩幅に合わせ、ヤマトは、ゆっくりと歩いた。
「あそこが、俺の家です」
二階建ての四角いアパート。間取りは、1DK。トイレ風呂別。洗濯機室内。家賃6万5千円の一階角部屋。
「ここが、ヤマトの城か? ずいぶんと小さいな」
「狭いところですけど、一人暮らしですし、住めば都なんで。どうぞ」
「ん? ここは、何の部屋だ?」
「何の部屋って。僕が生活してる部屋ですけど」
「他の部屋は? 何の部屋だ?」
「他? 他のところは、また別の人が住んでます」
「そうなのか」
マオは、不思議そうな顔をしながら、部屋に上がった。
「そうだ。マオさんの家って、何部屋くらいあるんですか?」
「んー。数えた事はないが、百以上あるのではないか」
「そんなに!? もうそれって、お城レベルじゃないですか」
「そうだが。私の家は、魔王城だからな」
(質問が浅かった。魔王様なんだから、家の設定は魔王城に決まってる)
「……あ! そうだ。アイス! 溶けないうちに食べましょう!」
「そうであったな! あ・い・すー!」
ヤマトは、部屋の真ん中に置いた四角い小さなテーブルにアイスを並べると、スプーンをマオに手渡した。
「いただきます!」
「いただきまーす!」
ヤマトが手を合わせると、マオも真似をして手を合わせた。
「んー! 何という甘美な味わい! この様な菓子は、生まれて初めてだ」
「それは意外ですね。マオさん、お嬢様だから、高級アイスとか普通に食べてそうなのに」
「確かに高級な菓子は、それなりに食べてきたが、このような冷たくて甘い菓子は、私の国には存在していなかった」
「そうなんですね。マオさんのいた国って、ニホンじゃないんですか?」
「そもそも人間界ではない。私のいた国は、魔界にある魔王都エルデニアだ」
ヤマトは、ポカンとしてしまったが、それを受け入れる他なかった。
「はぁ〜美味であった」
「美味しかったですね。あ、もうこんな時間か。そろそろ寝ないと」
ふと、目についた携帯電話の時計は、あと少しで、午前0時を告げようとしていた。
「マオさん。もしシャワー使うなら、先にどうぞ」
「しゃわー?」
「あ、えっとお風呂です」
「風呂か! それはありがたい。ぜひ入らせてもらうとしよう」
(マオさんって、不思議な人だよな。名前とかそういうのは、めちゃくちゃ警戒して教えてくれないのに、一緒に住みたいとか、知らない男の部屋にすんなり上がったかと思うと、シャワーまで……)
複雑な思いを抱きながらも、自分が言った手前、ヤマトは、マオを風呂場に案内し、シャワーの使い方を教えた。
「着替え、僕の服しかなくて申し訳ないですが、嫌じゃなければ着て下さい」
「うむ。イヤなことなどない。ありがたく着させてもらう」
ヤマトは、マオがシャワーを浴びている間、テレビの音量を上げ、頭から掛け布団を被り、その場をやり過ごした。
「ヤマト! シャワーとは良いものだな。とても気持ち良かった」
「そ、それは良かったです。布団敷いてあるんで、使って下さい」
「おお! 何から何まですまない。はぁ〜このふとんとやらも気持ちが良い。ふぁ〜、すぐにでも眠って……しまい……そう……だ……」
マオは、布団に入ると、秒で気持ち良さそうな寝息を立て、眠ってしまった。
「ふっ。凄く疲れてたんだな。おやすみなさい。さ、俺もシャワー浴びて寝よ」
サクッととシャワーを浴びたヤマトは、部屋に戻ると電気を消し、ソファに寝転び、そのまま眠りについた。
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