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ビリオン・バディ(billion buddy)第3話

「……もう、朝か」

 カーテンの隙間からさす陽の光で、目を覚ましたヤマトは、台所の水道で顔を洗い、眠気を吹き飛ばすと、フライパンを火にかけた。

「そろそろ、いいかな」

 熱したフライパンに、四枚のベーコンを並べ、卵を二つ、その上に割り落とした。
 ベーコンが焼ける香ばしい匂いと、卵の白身がパチパチ弾ける音で、マオも目を覚ました。

「……すまない。寝すぎてしまったようだ。それにしても良い匂いだ。ヤマトは、料理ができるのだな」
「一人暮らし歴長いんで、それなりには。レパートリーは少ないですけどね。もうすぐ出来ますから、そこに座って待ってて下さい」

 ヤマトは、マオにテーブルの前で待つよう促すと、フライパンに蓋をし、テレビをつけた。

「おい! ヤマト! 大変だ! 侵入者だ! そこに見知らぬ者が突然現れた! 始末するか!?」

(マオさん、凄いな。寝ても覚めても、設定を崩さないとは。これはもう、俺もとことん付き合うしかない!)

「大丈夫ですよ。これはテレビという機械で、そこの人は、実際には、ここにいませんから」
「よくわからないが、ヤマトが大丈夫と言うのであれば、大丈夫なのだな」
「これ、リモコンっていいます。このボタンを押すと、いろいろ画面変わりますから、試してみて下さい」

 落ち着きを取り戻したマオは、ヤマトからリモコンを受け取ると、テレビを覗き込み、様々なチャネルを見はじめた。

「ふーむ。ほほう。なるほど。うんうん。はー。そういうことか……」
「お待たせしました。目玉焼きと、トーストです」

 ヤマトがテーブルに朝食を並べ終えると、マオが不意に、微笑みかけてきた。

「ヤマトさん。このテレビというものは、とても面白いものですわね」
「へ? マオさん。急にどうしたんですか?」

 突然、お嬢様口調に変わったマオに、たじろぐヤマト。

「は? どうしたも、こうしたもねぇよ。やんのかコラ!」
「や、やりませんよ。マオさん? 大丈夫ですか?」
「大丈夫や。うちは、いたって元気!」
「マ、マオさん!」

 そろそろ、ヤマトの限界が近いと悟ったマオが、いつもの口調にもどる。

「悪かった。私は正気だ。もうこれ以上はよそう。ヤマトよ、今、このテレビを見て、私はほんの少しだが、人間というものを学習した。口調の違いもそのひとつだ」
「なんだ。そういうことでしたか。もう急にやられたら驚くじゃないですか」
「すまなかった」
「いいですよ。でも良かった。マオさんがおかしくなったわけじゃなくて。さ、朝ごはん食べましょう」

「「いただきます!」」

 ヤマトとマオは、テレビの正面に並んで座ると、朝ごはんを食べはじめた。

「美味い! ヤマトは料理の才があるな」
「そうですか? ありがとうございます」

『昨日、ウラワ国際美術館で発生したゴーレム暴走事件は、オオミヤウルフの活躍によって、鎮圧されました』

「あ! このニュース。昨日、俺たちが巻き込まれたやつですよ!」

『調べによりますと、容疑者と思われる人物は、カワグチシティ駅前の街頭モニターに不正アクセスし、犯行声明を発信。その男は、五年前に大惨事を引き起こした、ハッカー集団ファントムのリーダー、弥刀 レンを名乗っているもよう』

「はぁ!? 犯人めちゃくちゃ悪質なヤツだな! よりによって弥刀 レンを名乗るなんて」

 ヤマトが怒りを露わにした次の瞬間、テレビ画面にノイズが入り、映像が切り替わった。

『みんな、おはよう! 昨日は凄かったね! まさか、あんなにあっさり、ゴーレムをやっつけちゃうとは思わなかったよ。僕的には、もう少しデータを集めたかったけど、仕方ないね。と、いうわけで、チュートリアルは、無事クリア出来たわけだから、メインストーリーに進んでもらうよ。当然だけど、イベントの内容や場所、時間は教えてあげないよ。それと、昨日はチュートリアルだったから、既存のゴーレムを使ったけど、ここからは、僕が作ったいろいろな兵器オモチャと遊んでもらうから、楽しみにしててね。それじゃ、本番スターーーート!』

 弥刀が喋り終えると、映像は、先程のニュース番組へ戻った。

 カチャン。カラ、カラン。
 ヤマトの手から、すり抜け落ちた箸の音が、部屋に鳴り響いた。

「ヤマト。大丈夫か?」
「……嘘だろ? あの顔、あの声。弥刀 レンじゃないか。死刑になって死んだんじゃないのかよ!」

 青ざめた顔で、小刻みに震えるヤマトの背中を、マオが優しく摩る。

「ヤマト。深呼吸だ。深呼吸をすると落ち着くと、テレビでやっていた」
「う、うん。そうですね」

 ヤマトは、深呼吸し、気持ちを落ち着かせると、落としてしまった箸を拾い上げた。

『臨時ニュースをお伝えします! 先ほど、弥刀 レンを名乗る男が再び、犯行声明を発信。各社の全国ネットが一時不正アクセスされました。え? さらに臨時? 臨時ニュースです! ダイコク埠頭第三コンビナート付近に、ゴーレムが現れたもよう! ヘリによる映像が入ってきました』

 テレビ画面には、上空を飛ぶヘリから撮影された、ダイコク埠頭第三コンビナートで静かに佇む、一体の白い四足歩行型ゴーレムの姿が映し出されていた。

「何だあれは。ホワイトタイガー? いや、あの出立ちは、白虎!」
「アレは、弥刀 レンとかいう男に関係しているものか?」
「おそらく」
「ならば、アレは、ヤマトの敵か?」
「うん。俺の、いや、人類全ての敵だ!」
「そうか。ならば、私が倒してこよう。今度こそ、ヤマトに魔法を見せてやる!」
「マオさん! 何言ってるんですか。さすがに、この状況で設定を守るのは、どうかと思いますよ」

(やべっ! 設定に付き合うって決めたのに、つい口に出してしまった)

「せってい? せっていとは何だ? 怒っているのか?」

 いつものヤマトらしからぬ態度に、戸惑うマオ。
 本来なら、すぐに弁明し、マオの誤解を解くべきところだが、気まずさゆえヤマトは、思わずマオから目を逸らしてしまった。

「わからぬ」
「……マオさん。ごめんなさい」
「なぜ、謝る?」

 うつむくヤマトの姿に、マオはさらに困惑し、その口を閉ざしてしまった。
 沈黙する二人の静寂を、ヤマトの携帯電話が破った。

「はい。白間です。え? はい! 今すぐ向かいます! 俺、今から仕事に行ってきます! マオさんは、ここで待ってて下さい」
「仕事?」
「はい。俺の仕事は、魔機のメンテナンスなんです。そして、あのゴーレムのところへオオミヤウルフが出動しました。だから、俺は、彼らの魔機を、現場でメンテナンスします!」
「ならば、私が連れていってやる! そして、魔法でアレを倒してやる!」
「だから、マオさん!」

 いい加減にしてくれという思いが、爆発しそうになったその時、ヤマトをキラキラと輝く光りが包み込んだ。
 そして、次の瞬間、ヤマトは部屋の窓から飛び出し、空を舞っていた。

「え? 俺、空を飛んでる!?」
「飛行魔法だ。これならば、すぐにあの場所へ辿り着ける」
「マオさん……本当に魔法が使えたんですね」
「無論だ。言ったであろう? 昨日は、目覚めたばかりで、魔力が枯渇していたと」
「ごめんなさい。俺、てっきりコスプレの世界観設定だと思ってました。だから、魔法は使えるふりをしていたと。そう思ってました」
「まさか、信じていなかったとは。嘆かわしい。だが、魔法を見せると言っておきながら、見せられなかったことは事実。使えるふりをしていたと、そう言われても、仕方のないことだ」
「思い返せば、これまでのマオさんの言っていたこと、全部合点がいきます。だから、今は、ガッツリ信じてますよ!」
「当たり前だ!」
「マオさん! あそこ!」

 二人が、現場に到着した頃には、既に白虎とオオミヤウルフが交戦中だった。
 オオミヤウルフ後衛の、さらに後ろの物陰に着地した二人は、隊員たちの元へ急いだ。

「遅くなりました! カワグチエレテクニクス、メカニックの白間です!」
「おお! 来てくれたか。遅くなどない。むしろ予想よりも早くて助かった。さっそくこいつを見てくれ。弾の出が悪い」
「はい! 任せて下さい!」

 ヤマトは、隊員から受け取ったガンマを、さっそく整備し始めた。

「これを外して、ここをこうして……見つけた。原因はこれだな。魔力変換ユニットが少し損傷してる。でもこれくらいなら、この部品を交換すれば……よし! 隊員さん! 直りました」
「サンキュー! あそこに集めてあるのも頼む!」

 ヤマトは、物陰に積まれたガンマを確認すると、その整備に取り掛かった。

「小型が二丁。ライフル型が三丁か」

 不調、故障箇所を的確に見つけ出し、手際よく整備していくヤマト。
 しかし、そんな彼の整備が追いつかないほどのスピードで、魔機が運びこまれる。

「どうしたんだろう。こんなペースでイカれるはずないのに……」

 気になったヤマトが、前線を覗くと、あのオオミヤウルフが、白虎の攻撃に押され、次々と魔機が壊され、倒れていく様が見えた。

「嘘だろ!? オオミヤウルフがあんなに押されるなんて。マオさん。ここは危険かもしれません。もう少し安全な場所へ……って、マオさん? どこ行った?」

 いつの間にか、どこかへ消えたマオを探し、辺りを見回していると、頭上からマオの声が聞こえた。

「全員そいつから離れろーー!」
「マオさん!」

 声の先に視線を移すと、そこには、飛行魔法で宙に浮き、胸を張って仁王立ちするマオの姿があった。

「ヤマト。今こそ見せてやるぞ。本物の魔法をな!」

 マオのかざした右手から出現した魔法陣は、彼女の詠唱を合図に、赤い光りを放ちながらゆっくりと回転をはじめた。
 やがて、光りは魔法陣の中央に集まり、ひとつの球体を作りだした。

「ゼトフレア!!」

 マオが魔法を唱えた瞬間、球体はその形を楕円に変えると、白虎に向けて、勢いよく魔法陣を飛び出していった。

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