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とある神宮での巫女日記②

今回は参拝作法について書いてみます!

1、鳥居をくぐる前に一礼します。
2、鳥居をくぐる際は正中(真ん中)を通らず端を通りましょう。
3、手水舎で柄杓を使い、手と口を清めます
 右手で柄杓を取り、水を一杯汲みます、その一杯で以下
 左手を清める
 柄杓を左手に持ち替えて右手を清める
 右手で水を受けて口をすすぐ
 柄杓を右手に持ち替え、柄杓を立たせ、柄の部分に水をつたらせ清める
4、参拝場所でお賽銭を志供え、2礼2拍手1礼する。
 (2拍手と1礼の間で神様に日頃の感謝の言葉や自分の目標を宣言)

という流れです~。
お願い事は基本しないように小さい頃から言われて育ってたのですが、
奉職して改めて神様にはお願い事をするものじゃないな~と感じました。

悪いことではないと思うので、お願い事として自分の目標を掲げるのもアリだと思うのですが、神様は見守ること、自然に対して働きかけをされていると考えているので、突然「私、お金持ちになりたいのでヨロシク!」とか「頭良くなりた~い!」とか言っても神様サイドからしたら「え・・・」となってしまうんじゃないかなと。

「○○に住む△です。平穏に過ごせています。ありがとうございます。◎◎の日に天気が良く、スムーズにいきました。これからもここぞという時に快晴でしたら嬉しいです。」くらいがベストだと思うんです。
私は目を瞑らず、顔をあげてこういうことを心の中で呟くようにしてます。
特に目を開けてるから閉じてるからとかの差はないと思うんですが、なんとなく昔からの癖です。

後、時々神様と対話してるとかいう人いるじゃないですか。
それも私はへ~って感じに思ってます。
6年間奉職していても話せた日はなかったからやっかんでるように感じられるかもしれないので理由を話しますね。

「私神様と話せるの!」って、信心深い人が聞いたら、「え、私とは話してくれないのに・・・」とネガティブになったり悲しくなったりする人も中にはいると思うんですよね。
御守りをたくさん持ってると神様同士が喧嘩するという説で、神様は喧嘩という俗っぽいことはそうそうしないという意見があるのと同じで
他の人が羨ましく感じたり悲観的になったりするかもしれないことをわざわざしないと思うんです。

話す(言葉を使う)ということが可能なら神通力がいらないというか・・・
言葉の”裏”、とか言われるような変な捉えられ方されかねないのでそんなリスキーなもの(言葉)使わないんじゃないかなと。

だからか私は自然に対してのみ神様は働きかけて下さってると考えています。
例えば雨、食べ物や植物や人々の生死に直接関わり合いの深いものを操ったりはされてるんじゃないかなと。

あ、それから、よく私雨女なのとか晴れ男だのという話がありますが、あれは実は私は神様に大いに関係アリアリだと考えてて、
稲荷(狐)様に護られている家系は晴れ、龍神様に護られている家系は雨、といった感じで眷属(けんぞく)と呼ばれる狛犬的ポジションでも有名な狐や龍にもそういった自然に関する力を持っているんじゃないかなと。

ここまで色々主観で話してきましたが、楽しくないですか?こういう話。

まぁ、後輩巫女さん達ともこういうディスカッションをしたりして神道について考えて楽しんでました。

そうそう、御守りは人にあげると良いと言われるのにも理由があるので、次回はそれについて書こうかと思います。

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