アンチ考察①


ギャンブルや野球の話題、勝ち負けの話をこちらに被せてこちらに勝ち負けを当てはめる

彼らの人生の楽しみがそちら、感覚もそれに合わせている為、何事も「失敗=負け」という感覚である。確かにギャンブルや試合は、特にギャンブルだと失敗した時、人生吹き飛ぶくらいの重さの失敗は有り得るだろう。
私が仕事の話題で投稿した際、「新人として仕事を覚えるのも、失敗をしながら仕事を覚える事も負けである」と回答が帰ってきた。「人生悩みながら生きる事も負け」らしい。「失敗とは成功する過程に踏むもので、失敗する事で試行錯誤しながら、仕事を覚えたり、人生進んで行くものだ」という内容が伝わらなかったため「さぞかし仕事がバリバリにできて人生充実しているのでしょうね」と聞くと黙った。
つまり、失敗から学ぶ事もできず、いつも同じ事を繰り返し、いつも同じ失敗をして、ギャンブルや野球でウサ晴らしし、人に自分の投影をする事で生きている。失敗ばかりしている為、他者が失敗すると喜ぶ。

人間関係がうまく作れない

もちろん、そのような感じなのでうまく人間関係が作れない。自分の問題を他者に被せて被害者面で、叩き続ける人に近づくのは同類しかいない。同類同士でももちろん質のいい人間関係に程遠い。当たり前だ。「誰かを叩く」事でしか団結することができない。孤独である。趣味はろくに無く暇でいつも他者をチラチラ伺って羨みながら叩いている。
コミュニケーションも全体的に危うい。うまく取れない。

 異性とも上手く関われないまま求め続ける

基本的に男性の場合が多いが、敢えて男女共に当てはまるように書いておく。
異性を求めこちらの面でもいつも寂しい。無条件に救って癒し支えてくれる異性を必要として、叶わないと叩く。もちろん性欲処理も求める。頭の中は性的な事でいっぱい。寂しいためそんな異性との間に子供を望むこともある。自己中で、もともと自分の人生もうまくいかず、自分の世話や楽しませるの事ができないのに、一方的に異性に期待し、一方的に異性に執着する。そんな人に誰も相手をしないため、暴力や加害、暴言、脅しなどでコントロールして言うことを聞かせようとする。そもそも都合のいいライフラインを求める感覚なので、嫌だと断わると受け入れられず怒り、加害しながら被害者面して、粘着し続ける。

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