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マジョキス

 女を魔女として扱い、隔離施設へ収容する男尊女卑の国。その国で、【魔女への誘い】という呪いを受けてしまい、女になりかけている男、ユウ・ニュートラスは、黒い森の中で、この地区の警備隊長、カトル・リーストンと名の男として生活をしている男装の魔女、マリーナ・フーリュと出会う。彼女は、【魔女への誘い】は呪いではなく、遺伝子染色体の“揺らぎ”がもたらす病気といい、治す方法が『完全に女に変わってしまう前に、魔女を惚れさせて、本気のキスを貰えば、“揺らぎ”が改善され元にも戻る』というトンでもない方法だった。ユウは元に戻るために、その治療法を試すことを決めるのであった。

あらすじ

『王様と魔女』

 むかし むかし あるところに 二人の 仲の良い 夫婦がおりました。

 そんな 仲の良い夫婦の家へ ある日 一人の旅人が 訪ねてきました。

 旅人は 酷く弱っていて 夫婦に こう 頼みました。

「ここ三日 何も口にしておりません リンゴ一個でも 構いません 恵んで頂けませんでしょうか?」

 今にも行き倒れそうな その旅人を 夫婦はあたたかく家へ招きいれ 腕によりをかけて 食事をもてなしてあげたのです。

 すると 旅人は 先ほどまでのみすぼらしい姿から 光り輝くほどの聖者へと 変わったのでした。

 その聖者は 夫婦に こう告げました。

「貴方たちには 大変感謝しております お礼として 貴方たちの願いを一つだけ 叶えてあげましょう」

 その言葉に 夫婦は 互いに目を合わせます。

「私は 富と名誉が欲しいです」

 夫婦の旦那さんは 聖者に そうお願いを伝えます。

「では 私は この人を支えられるような力が欲しいです」

 奥さんは そう 聖者に 願いました。

「いいでしょう その願い 叶えて進ぜよう」

 聖者は そう言って姿を消しました。

 次の日 男は 一国の王になりました。

 女は 男を支える 魔女になりました。

 男は 権力と富で 国を豊かにしていきます。

 女は 与えられた魔力で 国を動かしていきます。

 仲の良い夫婦は 仲むつまじく 一国を築いていく。

 ハズでした。

 国がどんどん発展していった ある日、

 王は 途端に恐ろしくなったのです。

 膨大な魔力で 国を動かしていく 妻の姿が。

 いつか この国を 乗っ取ってしまうのではないかと 王は考えてしまったのです。

 王は そのことばかり考えてしまい 国を動かす歯車は 少しずつ 狂いはじめていました。

 なんと 王は 妻が その諸悪の根源だと 処刑してしまいました。

 魔女が居なくなり 国は なんとか発展しつづけました。

 しかし 国で生まれる 女児が 皆 魔女のような 力を 備えるようになりました。

 それを知った王は この国で生まれた 女を 皆 魔女として 隔離するようになりました。

 魔女を隔離することを この国では 魔女狩りと呼びましたとさ。

 めでたし、めでたし。

***

【一日目】

「はぁ、はぁ」

 鬱そうと茂った雑木林を、僕は脇目も振らずに走っていた。

 夜。一面の黒に、まるで手招かれるように僕は進んでいく。

「待てっ! 逃がすか!」

 正直な話、僕は今、追っ手に追われている。

「はぁ、はあっ」

 息が乱れる。呼吸が苦しい。さっきから整備されていない森を走っている為、足も限界である。

「どうして、こんな」

 どうしてこんなことになったか。答えは至極簡単だ。

 僕が、『女』になってしまったから。それで追われているのだ。

 正確には、胸が膨らんでいるだけで、女になりかけているというのが正解なのだが、そんな細かいこと、今はどうでもいい。

 この国では、女は収容施設に隔離されるという法律がある。通称、“魔女狩り”。僕は今、その魔女狩りに遭っている真っ最中なのだ。

 嗚呼、早く逃げないと、つかまってしまう。でも、女に変わりつつある体は、なかなか思い通りには動かず、時々、足がもつれて転びそうになる。

 早く、すばやく隠れられる場所を見つけなければ。

「はぁ、はぁ」

 かれこれ十分ほど走り続けて、口の中は鉄分の味がしている。きっと、口呼吸しかしていなくて、喉に炎症が起こったのだろう。いやいや、そんな事を考えている余裕は無い。今は隠れ場所を探さないと。

 僕は、キョロキョロと辺りを見回りながら走る。すると、上手く身を潜められそうな場所を発見、後ろをチラッと振り向き、追っ手が近くまで来ていないことを確認すると、サッと物陰に隠れた。

「何処だ、ここら辺にいることは確かだぞ」

 大柄の男が松明をブンブン降りまわり、辺りを照らしていく。

「隠れてないで大人しく出てこい。早く出てきたほうが身のためだぞ」

 もう一人の小柄の男は、大柄の男が照らしている付近を丹念に探していた。

 早く出てきたほうが身のためだと言っているが、隔離施設へ収容された人たちは、そこで酷い扱いを受けながら、一生を終えると噂で聞いたことがある。そんな所へ送られるだなんて御免だ。

 そんな事を考えている内に、小柄の男が僕へとどんどん近づいてくる。今から飛び出しても、すぐに捕まってしまうだろう。どうしよう、と目を瞑っていると、

「おい」

 大柄の男と小柄の男の前に、月明かりでキレイに反射した銀髪姿の男が現れたのです。

「ここで何をしている」

 銀髪の男は二人の男達の方へと近づいていきます。

「お前こそ誰だ」

「俺達は要請を受けて魔女を探しているんだ」

「ほぅ……魔女とな」

 銀髪の男はキョロキョロと森の中を見回ります。

 一瞬目が合ったような気がして、僕は急いで身を潜めて、息を殺しながら見守ります。

「この森に魔女が迷い込んだのか、面白い」

 銀髪の男はクスクスと笑い出しました。

「まさか、俺達の手柄を横取りするつもりじゃないだろうな」

 大柄の男の問いに、銀髪の男はフンと鼻で笑いました。

「手柄を横取り? 悪いな、ここは俺のテリトリーだ」

「何様だ、貴様」

 小柄の男が、銀髪の男に飛び掛りますが、それを華麗に避けていきます。

「お前達、俺の顔を知らないのか? トンだ田舎モノなんだな。いいぜ特別に教えてやるよ。俺の名前は、カトル・リーストン、この森を守護している警備隊長だ。よーく覚えておけ」

 カトルと名乗った銀髪の男は、ポケットから何やら取り出し、男達に見せます。

 すると、男達の表情が段々と強張って、終には土下座までしています。

「やべぇよ。隊長クラスの奴に喧嘩売っちまったよ」

「やべぇよ、やべぇよ」

 男達はペコペコと頭を下げ続けます。

「これで分かったか?」

 カトルという男は、ニヤニヤとしながら、土下座をする男達を見下していました。

「はい、承知しましたー!」

 男達が先ほどまでの態度を改まって、敬語で男に接し始めた。

「分かったのなら、この森から出て行くんだ」

「はいー!」

 男達は我先と、カトルという男のもとから立ち去った。

 男達が立ち去った後、銀髪の男は執拗に、僕の隠れている方向を見回していた。

「おい、そこにいるのは分かっているんだぞ。出て来い」

 ドスの効いた声で銀髪の男が喋ります。ば、バレてる。

「出てこないと、こちらから参るぞ」

 ガサッガサッと足音が近づいてきます。このままじゃ、ヤバイ。

「ご、ごめんなさい。大人しく投降するので許して下さい!」

 僕は、恐怖心に押しつぶされて、木の陰から飛び出ます。すると銀髪の男は、僕の体を一通り見るなり、僕の右腕をいきなり掴み、

「来い!」

 と勢いよく引っ張って、何処かへと連れて行くではありませんか。

 これは、僕の人生が終わったな。思えば短くも長い人生だった。と僕は脳内で走馬灯を思い描きます。まだまだ、やりたいことあったなぁ。

 そんな事を考えている内に、古びれた一軒家へと辿り着き、そこへいきなり連れ込まれました。

「ココまで来れば一安心か」

 銀髪の男はニヤニヤとコチラを見て笑います。

 も、もしかして。僕は、女として晩のオカズにされてしまうのでしょうか。

「い、嫌です。女として散るだなんて」

 僕は家の中にあった箪笥の隅に姿を隠します。

「あ、もしかして家に連れてきたのをそう解釈したか……。まぁ、そう解釈してくれたのなら、そうするしかないけどな」

 銀髪の男はそう言ってロングコートを脱ぎます。

 わ、マジでそういうことになっちゃうんですか。やめて下さい。

 僕の焦る様子を楽しみながら、服を脱いでいく男。

 しかし突然、男は金髪のキレイな女へと変貌したのでした。しかも、裸で。

「え?」

「この姿なら警戒心は解けるかい?」

 声も先ほどの低音とは違い、きれいな高音で、女は裸のままコチラへ近づきます。

「や、やめ」

「なんだ? まだ警戒心が解けないのか? 怖くないからこっちへおいで?」

 女は両手を広げてコチラへと更に近づいてきます。やっぱり裸で。

「いいから、服を着てください!」

 それが、僕、ユウ・ニュートラスと、魔女、マリーナ・フーリュの出会いでした。

「私の名前は、マリーナ・フーリュ。この森の魔女だ。訳あって、男装で警備隊の隊長も勤めているが、君に害を与えるつもりは無い。それにしても、初めて見たよ。【魔女への誘い】を発症している奴だなんて」

 黒いローブのようなものをようやく纏ったマリーナと名乗った彼女は、僕を嘗め回すように見ます。

 【魔女への誘い】。それは、この国にかかっている呪いである。この国の男性の何万かの一の確率で、ある日突然、性別が女性に入れ替わるというものなのだ。一説には、処刑された魔女が最期にかけた災厄だと言われている。

 そして現在、この呪いを解く方法は見つかっていない。呪いが発動したら、施設へと送還されてしまうのだ。

「それにしても、本当に女性になっているんだな」

「まだ完全にはなっていません。なりかけなんです」

 僕は、あえて“なりかけ”という部分を強調してマリーナに説明する。そう、まだ完全に女性になってはいない。男の部分も残っている、『なりかけ』なのだ。

「そういえば、声も低いね。発症して一日くらいしか経っていない、という所だな」

「よく分かりますね」

 彼女は、僕がこの呪いにかかってから一日ほどしか経っていないということを見事に言い当てた。

「そりゃ、魔女だからな」

 彼女はそうドヤ顔で返す。へぇ、なるほど、魔女だから……。ん?

「って、魔女ぉ?」

「君、反応遅いなぁ。さっきからそう言っているだろ?」

 そういえば、彼女は自分をそう言っているような気がした。

「どうして魔女がこんな所に。施設に収容されているんじゃ」

「収容されない為に、男装しているに決まっているじゃないか。いろいろと根回ししてたら、警備隊隊長という階級を貰っちゃったわけだけど。ところで、君、名前は」

「……ユウ・ニュートラスですけど」

 僕は恐る恐るマリーナに名前を教えた。

「ユウね。ねぇ、ユウ? その病気、治せるって言ったらどうする?」

「え、治せるって、これは呪いだし、なった人は一生直らないって言われてて……」

 僕が話しているのを、彼女が僕の口に手を当てて遮る。

「これは呪いじゃない。遺伝子が起因の病気なの。医療に詳しい魔女たちがそう声を挙げてきたのに、認められず、処刑されてしまったのだけれど。この国の男性にはね、何故かは分からないけど、性別を分ける遺伝子染色体が“揺らぐ”人がいるの。その揺らぎが性別転換を引き起こしてしまう。ユウみたいにね」

「でも、それじゃ、今まで完治して戻ってきたという人が報告されていないのは何故?」

「そんなの、施設送りになったら貴重な検体として実験に使われるからに決まってるじゃないか。最悪の場合は死、助かっても薬漬けの廃人になるのよ」

 僕は彼女の言葉に震え上がる。良かった。連れて行かれなくて。

「あと、治せるとは言ったけど、ちょっと治療法が荒業でね。成功例は今のところ一例なんだけど……」

 そ、そんなに低い成功例。と僕はやや不安になってしまったけど、ここで引いたら男が廃る。

「どんな痛い治療でも受けます。どんな治療法なんですか」

 やらないで後悔するより、やって後悔した方がいい。そんな僕に、彼女はニヤリと笑った。

「魔女、つまり私ね。私を本気で惚れさせて、私から本気のキスをもぎ取りなさい。そうしたら、元に戻るわ。ただし、完全に女性になる前にね」

「な、なんでキス!」

 思いもしなかった治療法を提示され、僕は驚きの余り、後ろに倒れそうになった。

 よりにもよってキス。まだ、僕、女性とファーストキスなんてしたこと無いのに。まぁ、男しか居ないこの世界で、女性とキスするだなんて夢のまた夢なんだけど。

「文献にそう書いてあるのよ。見る?」

 そう言って彼女は大きい本棚から一冊の本を取り出して僕に該当の箇所を指差して見せる。その本には、『キスをすることによって、魔女の魔力が揺らぎを修正してくれる』と確かに書いてあった。

「確かに、書いてある。僕が完全に女性になるまで、あとどれ位ありますかね?」

 僕の質問に彼女は少し考え、

「大体の変化スピードを考えると、あと数時間って所じゃないかしらねぇ?」

「す、数時間!」

 そんなに、早いのかと再び眩暈が襲う。

「数時間の内に私を惚れさせられるかなぁ?」

 彼女は悪戯っぽく笑った。いや、ムリですよ、絶対ムリ!

「マリーナさぁん、そんなの……」

「まぁ、無理なのが普通よね。いいわ、ちょっと待ってて」

 彼女は、突然ある部屋に入っていきました。何をする気なんだろ。

「おまたせー」

 十分後、彼女が出てきました。手には表現するのも恐ろしいほどの液体を持って。

「飲んで?」

 僕にその禍々しい液体を差し出す彼女。え、これを飲めと?

「いやいや、そんな液体、飲めるわけないでしょう」

「明日、目が覚めたら、男性のシンボルが取れていましたー。なんて洒落にならないでしょ? これは、症状の進行を抑える薬よ。文句を言わずに飲みなさい。男を見せなさい」

 そう言って、液体を押し付けるマリーナ。僕は覚悟を決めて、それを飲んだ。

「ううっ。胃の中で戦ってるぅ……」

 胃の中で、禍々しい液体が混ぜられていっているような気がした。不味い。

「昔から、良薬口に苦しって言うからね。だいたいそんなものよ」

 彼女はそう淡々と言いながら、僕が飲んだ後の容器を回収して、シンクに置いた。

「さぁ、ユウはもう疲れたでしょう? 寝なさい。そっちの部屋を自由に使うといいわ」

 マリーナは僕から向かって左側の部屋を指差した。

「薬が効いているとは言え、ユウに残されている期間は残り四日間くらいって所かしら? 精々頑張って、私を惚れさせてね?」

「……う、がんばります。おやすみなさい」

 彼女がそう笑うのを横目に、僕は部屋に入った。

【二日目】

 僕の体に黒い影がまとわりつく。いくら振り払っても取れない。

 隙あらば僕を深淵へと引きずり込もうとする。やめて、やめてくれ。落ちたら帰れなくなる。

 助けて、マリーナ。

 そこで目が覚めた。すかさず起き上がって、自分の体を確認するが、黒い影なんて無かったし、身体的特徴は昨日の時は変わっていなかった。おそらく、あの不味い薬が効いたのだろう。

「良かった……ん?」

 自分の声に違和感を覚えた。明らかに高音になってる……。女性らしい声。

「き、キャーーーーーーーーー!」

 体に変化は無くても、声が変わってしまって、僕は悲鳴を上げてしまった。

「ど、どうした! 悲鳴が聞こえたが」

 マリーナが男の姿で僕の部屋を飛び込んできた。

「僕、こ、声が……」

「胸の次は声が変わるのか、興味深いな。大丈夫、薬が効いているはずだから、変化は緩やかになっているハズだ」

「それはそうなんだけど……」

 それでも、慣れ親しんだ声がいきなり変わってしまったことに戸惑いを隠せない僕。

「声が変わったことは逆に好都合だ。ユウ、出掛けるぞ。服は、この部屋のクローゼットにあるものを自由に着るといい」

 彼女はそう言って、クローゼットを開けて見せた。色とりどりの服たちが僕の目を奪う。

「出掛けるって、何処に?」

「この地区の魔女収容施設。ユウを捕らえたことを地区長に報告する為にね」

「え?」

 マリーナは僕を施設に連れて行くのか? 僕を治してあげると嘘をついて、騙していたのか……?

「収容されるんですか? 僕を、騙していたんですか? 魔女ってそんなに汚い手を使うんですか! 信じていたのに!」

「違う違う。俺に任せてくれたら、収容されずに済む。ユウは黙っていればいいだけ。くれぐれも、施設内でマリーナの名は出すなよ。呼ぶならそうだな……、カトル様って読んでもらおうか?」

 マリーナが呼んだ馬車に揺られて二十分。真っ黒い建物にたどり着いた。魔女の収容施設だ。

 中に入ると、そこは目を背けたくなるような光景が広がっていた。

 施設の職員に鞭で叩かれ倒れる初老の女性、壁では正座を強要され説教を受けている少女達がいた。

 そんな光景を出来るだけ見ないようにする僕。

 しかし、そんな僕を彼女達の視線が突き刺さる。耐え切れず、チラッと見ると、皆哀れみの表情を浮かべていた。

 きっと、仲間が来たと思っているのだろう。

「これが今の女性の有り方だ。目に焼き付けろ」

 そういうマリーナの表情は、何処かしら悲しげだった。

 施設内の広場を抜けて、区長室へと向かう道中、マリーナと同じ様な服を身に纏っている青年に遭遇した。

「よう、ミケイス。調子はどうかな?」

「カトル、また手柄を上げたようだな。姑息な手を使って」

 ミケイスと呼ばれた青年は、男装したマリーナ否、カトルに悪態をつく。どうやら、この二人、仲が悪いみたいだ。

「姑息とは失礼だな。そんなに俺が活躍するのが気に入らないのか?」

「気に入らないに決まっているだろ。次々と手柄を横取りする。まるでハイエナだな」

「そりゃ、どうも。せいぜい、俺に横取りされないように気をつけろよ。では、失礼する。おい、行くぞ」

 冷ややかな視線で僕に合図を送るカトル。男のスイッチを入るとまるで別人みたいだな。

「カトル・リーストン、入ります」

 区長室。カトルはノックを数回して入る。

「待っていたよ。カトル」

 区長室の中央に、この地区の区長である、ロジー・ミュンダーが待ちわびたような表情でカトルを待っていた。

「昨日未明に捉えた魔女を連れてきました」

「おー、これが呪われた魔女か。噂に聞いていたが、実に珍しい!」

 区長は席から立って、僕の体をジロジロ見る。余りにもねちっこいオッサンの視線に僕は嫌悪感しか覚えない。

「ほうほう、男の部分も残しながら女性の部分も出てきている。実に歪な呪いだな。どれ、身体的特徴は……」

 そう言って、区長は俺の着ていた藍色のワンピースの下から手を侵入させようとしていた。その時、

「区長、まだこの呪いは解明がされてないのですから、触ると呪いが映るかもしれませんよ?」

 カトル区長の手首をそう言って掴んだのだ。

「そ、そうだったな。私まで女になってしまったら大変だ」

 区長は急いで手を引っ込めた。なんとか、貞操は守られたらしい。

「さて、この魔女の収容エリアは、実験棟の……」

「区長、そのことについて一つご提案があります。この魔女を俺が引き取ることが出来ませんかね? 嫁として」

 カトルはそう区長に攻め寄る。え、今、なんて言ったか、頭の中で理解できない僕。

「確か、エリアの幹部クラスの者は自由に魔女を選んで強制婚姻出来たハズですよね? 是非、実験したいんですよ、呪いの魔女というものを。この機会を逃すと一生お目にかかれないかもしれませんからね」

「そうかもしれないが、いきなり嫁にすると言われてもなぁ……」

「むしろ、タダでとは言いません。これを……」

 そう言って、カトルは麻袋を区長に差し出します。その中身は大量の金貨。つまりは賄賂。

「おー、いつも済まないね。あと、明日の例の件も待っているよ」

「もちろんですとも、区長がご満足して頂けるのでしたら、俺も満足なので」

「そう言ってくれるのなら、強制婚姻を認めようじゃないか。そこの魔女も良かったな、施設のモルモットでは無く、カトルの実験台として散れるのなら本望だろ」

 金貨を数えながら区長はニヤニヤと呟きました。

「それでは、失礼します」

 区長室から出た僕らに、またミケイスが突っかかります。

「カトル。お前が何を考えているのかは知らんが、このままでは済まされないからな。絶対にお前の化けの皮を剥がしてやる」

「なかなか威勢がいいねぇ。やれるものならやってみろ」

「なんだと……」

 両者が睨み合い、一触即発の勢い。僕は急いでカトルの袖を引っ張っぱります。

「おっと、すまないねぇ。この魔女が早くこの場を去りたいらしくてねぇ。喧嘩なら、また今度受け付けるよ」

「喧嘩ではない、私は!」

「はいはい、またねー」

 カトルは僕の手を握って、ピリピリとしたこの空間を脱出しました。

 僕は、ミケイスの姿が見えなくなったことを確認して、小声で話しかけます。

「マ……カトル……様? あの人、もしかして、カトル……様の正体を」

「知らないと思うが、ミケイスの奴は変なところで勘がいいからな。ココではヘマをするんじゃないぞ。折角の婚姻が白紙になって、お前は見事施設送りだ」

「ヒッ」

「声が大きいぞ。静かにしろ」

 カトルは僕の口を塞ぎつつ、広場へと戻ります。すると、カトルのもとへ複数の女性が駆け込んできました。

「お願いします、カトル様。私とも婚姻してください」

「いや、私と!」

「ここは私が先なの!」

 老いも若きも問わず、カトルに擦り寄ってくる女性達。恐らく、僕と強制婚姻したという噂を聞きつけたのだろう。この国では上位階級のみ重婚が認められている。だから、カトルもここにいる女性と婚姻できるのだが、

「お前達と婚姻する気はない。お前らはココから出たいだけだろう」

 カトルの問いに女性達は目を背ける。図星だ。

「職員達、何をしている。コイツらを連れて行け」

「そんなっ! カトル様」

 擦り寄って女性達は施設職員によって引き剥がされ、奥の方へと連れて行かれる。その光景を見たほかの女性達は逃げるようにして広場を去っていった。

「これでいいんだ……」

 ボソッとカトルがそう呟いたような気がした。

 森の住処へと戻ってきた僕たちは、余りの疲れからか、ダイニングでうな垂れていた。

「危なかったわねぇー。もう少しでユウが、区長のお手つきになりそうだった」

「アレは本当にヒヤヒヤした。マリーナが止めてくれなかったらと思うと……」

 僕がそれから先のことを想像すると、全身に鳥肌が立った。

「区長は施設の女にも手を出したりしているから、注意していて正解だったわね。それにしても……、似合っているわねぇー、そのワンピース。このまま女になったら好きなだけそういう服が着られるわよ」

「却下します」

「なら、私がときめくような言葉に一つでも言ってみたら? 時間は限られているわけだし」

 マリーナはそう言って、僕の鼻を突きます。そんないきなり言われましても、

「……す、好きだよ?」

「なぜ、疑問系なのよ。まぁ、直ぐには思いつかないわよね。あと三日で考えなさい。さもないと、二度と戻れなくなるわよ」

 マリーナは僕にそう忠告をする。んー、三日でかぁ……、なかなか厳しいよ。

「それは宿題にするとして、ご飯にしましょうか?」

 マリーナはそう言って立ち上がった。

 夜。目を瞑るとまた例の夢を見るんじゃないかという恐怖心で、なかなか寝付けない僕。

 ちょっと、水でも飲んで落ち着こうかと思って部屋を出ると、そこには何やら書き物をしているマリーナの姿があった。

「あら、起こしちゃった?」

 彼女は眼鏡を外して、僕のほうを見る。

「ううん、今朝怖い夢を見ちゃってさ、それが怖くて寝付けないだけ」

「そう。きっと不安なのね。ちょっと待ってて、もう少ししたら仕事を片付けられるから。そうしたら、ユウが寝るまで傍に居てあげる。そうしたら怖くないでしょう?」

「うん、ありがとう。でも、そんなことをしたらマリーナが迷惑なんじゃ……」

「いいのよ。今日いろいろ意地悪なところを見せてしまったし、そのせいで更に夢見が悪くなってしまったら、私の心が痛いし。さ、仕事が片付いたから、行きましょう」

 僕とマリーナは僕の寝室へと向かう。

 僕がベッドへ入り、横でマリーナが僕の頭を優しく撫でた。まるで、母親が子どもを寝かしつけるような光景に、少しくすぐったいような感情が湧く。

「一つ、私の秘密を教えてあげる」

 彼女はそう口を開いた。

「え、秘密って?」

「王様と魔女っていう昔話知ってる?」

 『王様と魔女』といえば、この国の人なら小さいときによく聞かされた、この国の昔話である。

「私は、その話で処刑された魔女の子孫なの。だから、私は本物の魔女」

「え、そうなの?」

 処刑された魔女は、凄い力で皆から恐れられていたと昔、じいちゃんに聞いたことがあった。その力を受け継ぐ人が目の前に居るだなんて……、

「私のことが怖い?」

 彼女は少し寂しそうに尋ねる。僕はその答えに首を振った。

「最初に出会ったときは、何をされるか分からなかったから怖かったけど、今は大丈夫。それに、施設に行ったときに冷たいような装いをしてたけど、本当は苦しかったこと理解しているから。マリーナは心優しい人なのは知ってるよ」

 僕の言葉に彼女が少し驚いた後、

「そう。これで私の話は終わり。お休み、ユウ」

 と優しく笑いかけました。

【三日目】

 マリーナのお陰で怖い夢は見なくなったのは良い事なんだけど……、

「いったーーーーーーーい!!」

 太ももの付け根に激痛が走って起き上がることも困難な僕。

「今度は、骨盤の変形か、安産体型だな!」

 朝からカトル化しているマリーナはそう笑ってきます。

「笑い事じゃな、ったーーーい!」

 マリーナを怒ろうにも、起き上がるたびに激痛が走るので怒るにも怒れないのだ。

「今日一日はベッドで大人しくすることだな。一応、痛みを和らげる薬を作ったから置いておくぞ」

 そう言ってマリーナが置いたのは、キレイなクリアブルーの液体。前回の女体化の進行を抑える薬に比べたら何万倍もマシだ。

 僕はソレを痛みが走る体を何とか起こして、飲む。ちょっとスーッとする感じの味がした。

「効くのには時間がかかるから大人しくしとけよ? 俺は出かけてくる」

 そうマリーナはヒラヒラと手を振って、僕の部屋を出て行った。

 彼女も彼女なりに忙しいのだなぁ、とベッドに再び潜る僕。すると、布団の暖かさからか、ついウトウトとしてしまい、眠ってしまった。

 ガチャ。

 次に僕が目を覚ましたのは、扉が開いた音だった。

 僕が寝て六時間ほど経っていた。マリーナが帰って来たのだろう。そう思って起き上がると、今朝のような足の付け根の痛みはすっかり引いていた。さすがマリーナ特製の薬、効果はバッチリだ。

 さて、痛みを引いたし、出迎えようかなぁとベッドから出た瞬間、

 バタン。

 何やらリビングの方で大きい音がした。マリーナに何かあったのかもしれない、僕は急いで部屋を出ると、

 そこには男装を解いたマリーナが倒れていた。

「マリーナ!」

 僕は彼女に駆け寄って、彼女を抱き寄せる。体が熱い。

「マリーナ、君、熱があるじゃないか」

「……ん。あぁ、ユウか。もう、痛みは引いたか?」

 彼女はいつもと違い、弱々しく笑う。

「痛みのことよりも、マリーナの体調だよ。凄い熱じゃないか」

「いつものことだから、大丈夫だよ」

「大丈夫じゃない! ベッドに運ぶよ」

 僕はマリーナを担いで、彼女の部屋へと向かう。しかし、段々と力が弱まっている僕は中々マリーナを運ぶのに一苦労だ。

「私は重いし、運ぶのは大変だろ? 気にしなくていいから、おろせ」

「いやだ、運ぶ」

 何とかマリーナを部屋へと運んで、服を脱がす。すると、

 体中にロープの跡や、火傷のミミズ腫れの跡が無数に刻まれていた。

「マリーナ、コレ……」

「見られちゃったか、区長に虐められた跡だよ。大丈夫、薬を作って飲めば跡形の残らない」

 あの区長め、そういう趣味までもあったのか、そう思うとなんだか怒りが沸々とこみ上げてくる。

「こんなことをし続けていたら、マリーナが死んじゃうよ」

「でも、しなきゃいけないんだ。自分の身を守るためにも。分かって欲しい」

 そう言って彼女は、僕の頭を撫でた。

「でも、区長もビックリするだろうなぁ、自分の玩具が実は女でしたー、だなんて。腰を抜かすぞきっと」

 暗い話題をしないように、マリーナが面白可笑しく区長をイジる。彼女なりの優しさが胸を刺した。

「マリーナ……」

 言うなら、今しかない。そんな気がした。

「ん? 何だ?」

「……好きだよ」

 一刻も早く、男に戻ってマリーナを守ってあげたい。そんな気がした。

「んー、ムードが足りないなぁ……三十点」

 彼女はあろうことか、僕の告白に点数を付けてきたのだ。

「そ、そんなぁ……、結構頑張ったのに」

「ハハハ、残念でした。あと二日に期待だねぇー」

 マリーナはそう笑った。これも、場を和ませようとする彼女なりの気配りなのだろうか。僕も和やかなそんな雰囲気に流されていた。

 その僕らの様子を外から伺っている奴が居ただなんて、その時は考えもしなかったのだ。

【四日目】

 ついに、来てしまった。この日が、

 僕のシンボルが……、

 無 く な り ま し た 。

「う、うわーん! マリーナぁ!」

「わー、本当にキレイにすっきりさっぱりだな」

 マリーナは興味深そうに僕の下半身は見つめていた。そんなに見つめられると恥ずかしくて、モジモジし始める僕。

「一つ疑問が残るな……、消えたモノって何処に行ったんだろうな?」

「変なこと、考えなくていいよ!」

 僕はマリーナの頭にチョップでツッコミを入れた。

 昼、僕が自室でマリーナの書斎から拝借した本を読んでいた時だった。

 いきなりマリーナが飛び込んできたのだ、かなり焦った様子で。

「ユウ。今すぐ隠れろ」

 彼女の表情には余裕が無い。

「どうしたの? マリーナ」

「いいから隠れろ。私に何があっても出てくるな」

 そう言って、彼女は僕を部屋のクローゼットへと押し込んだ。

「ソレって、一体どういうこと?」

「シッ。来る」

 彼女はカトルへと変わり、僕の部屋から出て行った。

 真っ黒のクローゼットの中で僕は体育座りで座り込み、耳を澄ます。

 ガチャ。

 扉が開く音が聞こえた

『よぅ、ミケイスじゃないか。こんな森の奥地に何か御用かな』

『カトル・リーストン、貴様の化けの皮がまさか魔女だったとはな』

 ミケイスにカトルが魔女だとバレていたのだ。一体どうして?

『ほう? その根拠は?』

『昨日、区長室から出た貴様をつけさせて貰った。まさか、女に化けるとは思わなかったが。例の呪いの女とは十分と仲良さそうじゃないか。仲間を救う為に、強制婚姻だなんてでっち上げをするなんて、汚いな』

 ミケイスはあの時の一部始終を見ていたのだ。

『フッ。ストーキングするお前の方が性質悪いな』

『区長には既に貴様の正体を知らせてある。偉くお怒りだったよ。明日には貴様の処刑を行う。皆を騙したという大罪の炎をとくと味わうが良い。連れて行け』

『ぐっ……』

 このままではマリーナが連れて行かれる。助けなきゃ。でも、恐怖心で体が動けないのだ。お願いだから、いう事を聞いてくれ。

『そうだ、ついでに例の呪いの女も連行しろ』

『奴なら、お前らが来る前に逃がした。残念だったな。今頃、遠くの方まで行っているだろうよ』

『フン。まぁいい。お前を連行することが目的だからな。連れて行け』

 バタンと音がして、やっと僕は体の自由に動かせるようになった。部屋を出ると、マリーナの姿は無い。連れて行かれちゃった……。

「マリーナを助けに行かなきゃ」

 そうだ、僕はまだ元に戻っていない。これはもしかすると、マリーナから課せられた試練なのかもしれない。試練に、マリーナ自身が危険に晒されているのは、どうかと思うけど。

 でも、マリーナが何処に連れて行かれたのか分からない。例え施設だとしても、あそこは警備が厳しいから、助けに行こうとしても捕まってしまうだろう。それじゃ、ダメだ。

「最悪、明日の処刑時に殴りこむか」

 処刑は、大勢の民衆の目の前で行われる。人が多いので、胸さえ隠しておけば恐らくバレないだろう。

 確か、クローゼットにサラシに使えそうな布もあった。これを胸に巻けば、胸もつぶれるだろう。服は、僕が着ていた服を使えばいい。

「マリーナ。きっと助けに行くからな」

 僕はそう決意を固めた。

***

 魔女収容施設。その地下にある懲罰牢へと、男装が解けた私は放り込まれた。

 さっきまで、区長に痛めつけられた傷がズギズギと疼く。

 はぁ、ミスったなぁ……。まさか、ミケイスがつけていて、女の姿を見られていただなんて、アイツも結構執念深いところがあるからな。と一人納得していた。

「さて、ユウはどうやって助けにくるかな?」

 明日があの病気を治す最終期限。私自身を危険に晒してこんなことをするだなんて、彼はきっと呆れてしまうかもしれないけれど。

「これだけ私だって命を張ったんだ。カッコよく助けてくれなきゃ、男が廃るぞ」

 そう呟いて、私はクスッと一人笑った。

 でも、本当はとっくに気づいていたんだ。

 私はもう……。

【五日目】

「よし、出来た」

 早朝。僕は早速、クローゼットにあった布で胸にサラシを巻く。普通に巻くと少し胸のボリュームがやはり出てしまう。

「胸が大きい方なのかなぁ……、キツく巻くか」

 そう考えて僕はギュッギュと力いっぱいに布を巻く。すると、やっと膨らみは目立たなくなったが、

 く、苦しい。大きく息を吸うと、巻いた布が弾け跳びそうな気がする。き、気をつけなきゃ。

「さて、行くか」

 処刑は大体、その地区で一番広い広場で行われるはずだ。ここで一番の広さを誇る広場は、ポイシェン広場。この森からも馬で走らせれば、数十分で着く場所だ。

 この作戦で彼女が惚れなければ、僕はもう成す術がない。彼女にも恐らく打開策は見つからないだろう。

「このまま女性のままで暮らしても……いいや、ダメだ」

 ココまで彼女が頑張ってくれたんだ。それこそ、僕はそれに答えなければ、それこそ、魔女からの更なる呪いを受けるような気がした。

 さぁ、覚悟を決めて行こう。ポイシェン広場へ。

 ポイシェン広場。やはりココでマリーナの処刑が行われるらしく、広場には大勢の野次馬達が処刑の様子を見に来ていた。僕もその人ごみの中に潜り込む。

「おい、今回の処刑人、なんと男に化けていた魔女だってよ」

「なにそれ、コエーじゃん。この中にも、もしかしたら女が居るかもしれないってことじゃねぇか、おっと」

「うっ……」

 驚いてよろけた農夫姿の男は、僕にぶつかる。

「すまねぇなボウズ。痛くなかったか」

 僕は黙って頷く。

「なんだ、黙ってちゃ分からねぇぞ」

 声が出てしまったら、一貫の終わりだ。そこで、僕はジェスチャーで声が出ないことを必死に説明する。

「どうやらこのボウズ、声が出せないらしいぞ」

「お、そうだったのか、すまなかったな」

 農夫姿の男達は僕に会釈をして去っていった。助かった……。

 安堵のため息をついたのも束の間、ドンという太鼓の音が鳴らされた。

「これより、魔女裁判を始める。被告、前へ出ろ」

 裁判員に呼ばれて連れてこられたマリーナの顔には大きな痣が幾つか付けられていた。恐らく、収容される時に何かしらの懲罰を受けたのだろう。

「被告、マリーナ・フーリュ。汝は、魔女なのにも関わらず、男と性別を偽り、この地区の警備全般を掌握。また、仲間を助けるために偽造結婚までした。間違いは無いな?」

「黙秘します」

「黙れ、魔女が!」

 裁判員はマリーナの顔を思いっきり殴る。余りにも勢いが強すぎて、マリーナが倒れると、見ていた民衆の中には、「いいぞ!」「もっとやれ!」などの声が飛び交った。

「間違いはないな?」

「……」

「無言は肯定と見ます。そんな汝に審判を下す。汝を、火あぶりの刑に処す。準備せよ!」

 すると、何処からか男達が数人壇上に上がり、薪を並べる。その真ん中に十字架の形にした丸太を立て、そこにマリーナを縛り付ける。

「どうだ、魔女。火あぶりにされる気分は?」

「いい気分ではないことは確かね? こんなことしか出来ない貴方たちに失望さえしてしまうわ」

 すると、そんな事を言うマリーナに石が飛んできた。恐らく、前列の男達が用意されていた石を投げているのだろう。

 そろそろ、助ける頃合か。僕は少しずつ、マリーナの居る壇上へと近づいていく。

「魔女に火をつけよ!」

 裁判員の合図で、松明に火が灯される。出るなら、今しかない。

「ちょっと、待ったーーーーーー!」

 僕はそう大声を出して、壇上へと駆け込む。そして、松明を持っている男に体当たりをし、松明を落とさせる。

 その隙に、マリーナの方へと駆け寄った。

「マリーナ、お待たせ」

「へぇ、男装するとは考えたじゃない。よく逃げずに、助けに来たわね」

「いや、助けないと、僕、元に戻れないじゃないか」

「あ、それもそうか。ゴメンゴメン」

 彼女はいつも通りの明るさで、振る舞ってくれた。

「魔女め、仲間を呼びやがったな。仲間諸共捕らえろ!」

「そうは問屋が卸さないよ」

 僕が縄を解いて自由になった彼女は、何処に隠し持っていたのか、毒々しいほどに真っ赤な液体が入った試験管を二本取り出した。

「これでも食らいなさい」

 そう言って彼女はその試験管を民衆達に向かって投げ込む。すると、試験管が地面で割れ、液体と同じ色の煙がモクモクと立ち込めたのだ。

 煙は数分で治まり、その後待っていたのは……、

 なんと、女になっている民衆達だった。

「うわっ、お前魔女だったのか」

「いや、お前こそ魔女だったのか」

 民衆達は互いの顔を見合わせ、女になっていることに驚く。

「魔女がこんなにも……、全員捕らえろって、ワシも女になってる!」

 殺気まで偉そうに言っていた裁判員も女になっていて、目を白黒させていた。

「ユウ、このゴタゴタの内に逃げるよ」

「う、うん」

 マリーナに連れられ、僕はこの広場から脱出した。

「マリーナ、あの薬って一体」

 無事家に戻り、僕は例の赤い薬について訊ねる。

「あれは、一時的に染色体に“揺らぎ”を発生させるものだよ。だから、皆、女になって大混乱」

 マリーナは自分用の傷薬を作りながらそう答えた。

「そ、そんな恐ろしい薬まであるの」

「ユウを元に戻せる他の方法が無いかと調べてみた時に発見したんだ。残念ながら、女から男に戻すことは出来ないし、効果も半日しかないらしい」

 でも、半日でも奴らには効果的だろう? と彼女は続ける。

「確かに、最初はビックリするよね。僕がそうだったし」

 最初に胸が膨らみ始めたときは、本当に心臓が飛び出すくらい驚いた。でも、この姿に慣れなきゃいけなくなるのか……。

「はぁ……、結局マリーナを惚れさせることは出来なかったか」

 僕は落胆した、その時である。

 チュッ。

 マリーナがいきなり、僕の口を奪ったのだ。彼女の柔らかな唇の感触で全身に電気が走ったような感じがする。

 すると、見る見るうちに、僕は男の姿へと戻っていくではありませんか。

「フフッ。おめでとう」

「マリーナ。僕、何もしてないのに、何故?」

 僕はいきなりのことで、何が何だか分からず、オロオロする。

「私も昨日まで気づかなかったんだけどね、二日目の夜、ユウが言ってくれた言葉。あの言葉で、実はもう、惚れちゃってたみたい」

 彼女の衝撃発言に、僕は思わず、はぁ? と声が出た。

「いや、だって、私も男の人に惚れるなんて無かったからさ。惚れるっていうのがどういう感情なのか分からなかったんだよ。ゴメン!」

 マリーナは僕に両手を合わせて謝罪してきた。確かに、彼女も男性社会に身を置いてきた人間だ。女性として“惚れる”という感情は今まで無かったのだろう。

「まぁ、引き分けって所だね」

 僕がそういうと、

「そうね、引き分けね」

 彼女はそう笑った。

「さて、ここで、重大なお知らせがあります」

 そして、彼女はいきなり真剣な眼差しに変わった。

「な、何でしょう」

 僕は息を呑んだ。

「これから、夜逃げします」

「え?」

【六日目】

 確かに、アレだけの大騒ぎをすれば、お尋ね者にもなるでしょうねぇ。

 ということで、僕らは、彼女の第二の隠れ家へと移動することになった。

「はぁ、男に戻っても隠れて住まなきゃいけないのか」

「あははー、ゴメンね。ちょっとやりすぎたかも。でも、数ヶ月の我慢だから」

 マリーナは明るい口調で謝るので、全然悪いと思ってないように聞こえる。

「数ヶ月という根拠は?」

「連れて行かれる日に国の中枢機関に、手紙を出したの。区長の汚職のことをしたためてね」

「あー、なるほど。だから数ヶ月。書斎で仕事をしていたのもソレを書いていたんだね」

「ごめいとーう」

 ニッコリと笑う彼女。そういうことが思いつくのも、彼女の頭が柔らかいからだろう。

 恐らく、中枢機関が区長の汚職を暴き、数ヵ月後には、僕たちの顔を覚えている奴なんて居なくなるだろう。ソレまでの我慢だ。

「さぁて、そろそろ着くよ。今度は、どんな男装で行こうかなぁ?」

「イケメンはやめといた方がいいよ? あの区長みたいな奴だと困るし」

「確かに」

 僕たちは笑いながら、隠れ家へと向かう。

 いつか、男性も女性も皆平等に笑いあえる。そんな世界を夢見ながら……。

(了)

#創作大賞2023 #ファンタジー小説部門

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