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上に落ちる

-万有引力の法則によると全ての物質は引力によって引かれあい、その大きさは双方の質量の積に比例し、2物体の距離の二乗に比例する。万有引力定数をGとすると力FはGm₁m₂/r²と表される。この力は常に2物体を引き付け合う。-

17年前、私はダイエットに励む高校生でした。2年間のダイエットで20kgの減量に成功し、この頃には40kgまで落ちていました。このまま行けばあと4年後には体重がゼロになる、なんて冗談をよく言って回ってました。

それから4年が経ちました。毎日の日課通り体重計にのると、体重計の針は"0"を指しました。おかしいな、と思い体重計の電池を交換しようとしたその時でした。私の体は宙へ舞い、ふわふわと漂い始めたのです。幸い私には同居人がいて飛んでいかずに済みましたが、どうしたものでしょう…
ひとまず体に重りを付けて生活することにしました。無理やり引っ張られている感じがしてとても快適とは言い難いです。このまま生活をしていくなんて冗談じゃありません、とても耐えられないです。しかしどこの病院や研究所、物理学の権威と呼ばれる人たちへ電話やメールを片っ端から送っても、原因は分かりません。ひとまず重めの羽毛ぶとんを掛けて眠ることにします。

さて、目が覚めました。体重は戻ったでしょうか。ベッドから起き上がると大変です、天井へとゆっくり落ちてゆくではありませんか。慌てて同居人を叩き起し助けてもらいました。体重計の調整機能を使って体重を測ってみます。するとなんとと言いますか予想した通りと言いますか、体重がマイナスになっているのです。上に落ちてゆくので脚を上に向けなくてはなりません。世界が逆さまになってしまいます。
このまま行くとそのうち軽くなりすぎて(軽いという表現はどうなんでしょう?)天井を破り、宇宙へと放り投げられてしまうのではないでしょうか。だんだんと不安が私へのしかかってきます。取り敢えず家の天井をとても頑丈に補強してもらうことにしました。

体重がマイナスになってから1年が経ちました。未だになんの原因も解決策も見当たらないままです。体重は既に-9kgまで減ってしまいました。最近では不安もありますが、テレビや研究所へ呼ばれることも多くなり、一躍有名人になって少し楽しいです。昨日のテレビ番組なんか私のことを「空飛ぶ美女!」だなんて言ってくださいました。うふふ。
でもいいことばかりでもありません。このまま行くと数年後には地球には居られなくなってしまうかもしれないのです。私の体重は日に日に比例関数的に減っているのです。外出する時は体に40kgの重りを付けて飛んでいかないようにしなくてはいけません。常に引っ張られているのはとても疲れます。大学では私のために天井に椅子を設置して、ガラスを使った倒立像メガネなんかも作ってくれました。この倒立像メガネのお陰で逆さまの世界から一時的に脱出した気分になれるのでとても助かってます。

体重がマイナスになってから4年が経ちました。体重は-40kgまで減りました。就職活動なぞ上手くいくはずもなく、物理的にだけでなく社会的にも浮き始めていました。そんな時、自衛隊からお声がかかりました。君の体重を活かして我々と働かないか、と言ってくださったのです。私は喜んで自衛隊の方々とお仕事をすることになりました。上に落ちますから重い荷物に乗って軽くしたり、深い谷に落ちてしまった人の救助など色々な仕事をしました。

自衛隊にお誘いを受けてから1年後、私は結婚をしました。体重は相変わらず減り、-50kgです。そして子供を妊娠しました。ここで1つとても不安なことがありました。子供も上に落ちてしまったらどうしよう。ということです。妊娠でただでさえ不安な上にその不安も重なり、私は不安に押しつぶされそうになっていました。

不安と戦いながらおよそ1年が経ち、無事出産しました。不安に思っていた子供の体重も至って普通にプラスで安心しました。そして私の体重も少し増え、-45kgになりました。所謂産後太りってやつですね。しかし子どもの世話を暫くして思ったのですが、やはり上に落ちながらの子育ては厳しいものがあります。身体的負荷ももちろん、精神的にもかなりきます。

子どもが産まれてから10年が経ちました。体重は-145kgです。もはや外出は天井をつたってでなくては出来なくなりました。かなり辛いです。この間NASAさんから宇宙で生活することを提案されました。宇宙空間であれば重力の影響を受けずらいので比較的楽に生活できるそうです。このまま体重が減り続ければいずれ宇宙に飛ばされてしまうかもしれません。しかし家族がいるのでそうやすやすと行くことも出来ずにまた悩みの種が出来てしまいました。

ある日、自分と同じ症状、つまり体重がマイナスになった人が他にも表れたと聞きました。そしてこの症状に名前が付いたそうです。「体重減少症候群」だそうです。仲間ができたことへの喜びと、自分と同じ苦しみを味わうその人への同情が入り交じり、複雑な気持ちです。

2人目の体重減少症候群患者がでてからというもの、急速に世界中でこの症状が流行り始めました。急に発症する人も多いようで、この症状のせいで事故にあったり、宇宙へと投げ出されたりしてしまった方も何名かいらっしゃるそうです。そしてこの体重減少症候群がなんと海王星に発現したそうです。突如として質量を失った海王星は太陽系を外れどこかへと飛んで行ってしましました。これらのことは余計に私の不安を掻き立てます。ああ、早く原因が解明されますように。

私の体重がマイナスになってから18年が経ったある日、突如地球の質量がマイナスになりました。地球も体重減少症候群になったらしいのです。この日には人類の殆どが体重減少症候群になっていて、被害はみんなが頭を打った程度だそうです。
私が10数年悩んできたものがふっと無くなって、体は重くなりましたが心はとても軽くなりました。心が上に落ちていきそうです。

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