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下手の横スキー30

第30回 スキーショップにて

 ありゃりゃりゃりゃ。
 3月に行なわれた準指導員検定やクラブ対抗戦の顛末を書いているうちに、いつの間にやら季節は春を過ぎて夏になっちゃってましたか。

 結局、2004-2005シーズンは通算50日、雪山へ出かけました。リフト券や交通費、宿代などすべて合わせて、1回のスキーでかかる費用は大体1万円から1万5000円。ということはこの冬に使ったお金の合計は……考えないことにします。

 今シーズンの滑りおさめは3月20日。本当はGW近くまで滑っていたかったんですけど、コブ斜面で大転倒して、スキー板のビンディング部分を壊しちゃったんですねえ(涙)。
 いや、スキー板には保険がかかってるから、お金の心配はしなくても大丈夫なんですけど、修理には当然時間がかかりますし、代わりの板もありませんし。そんなわけで、今シーズンはすっぱりと3月20日でスキーを終わらせることにしました。仕事も山積みになってたしね(焦)。

 さてさて。いつもお世話になっているスキーショップへ壊れた板を持っていったら、
「うわあ。ビンディングがねじ曲がってるじゃない。長年、この仕事をやっているけど、こんな妙な壊れ方をしたビンディングは見たことないよ。一体、どんなこけかたをしたんですか?」
 と驚かれちゃいました。
「どんなこけかたって……ただすっ転んだだけですけど」
「よっぽどの負荷がかからなきゃ、こんなふうにはならないって。滑っているとき、関取とぶつかりましたか?」
「いえ、普通にこけて……」
「あるいはアフリカ象に思いきり引きずられたとか」
「…………」
「とにかく、ちょっとやそっとの体重がかかっただけでは、こんなふうにはならないからねえ」
 わかりました。痩せます。これから一生懸命、痩せますってば。

 イヤミなオジチャンにスキー板を預けたあとは、店内をぶらぶら。
 シーズンオフ間近ということもあって、スキー用品在庫一掃セールを開催中。
 お。カップルらしい二人組を発見。どうやら、スキーセットの購入を考えている様子。歳は二十代半ばくらいでしょうか。二人ともスキーをしたことは一度もないようで、一体なにをそろえればいいのか、ずいぶんと迷っているみたいです。
「最初はさあ、やっぱりレンタルでいいんじゃないの?」
 スキー用具を買うことにあまり乗り気ではないのか、ぶっきらぼうに答える男。
「ええ? レンタルなんて格好悪いよお。どうせダサいデザインのものしか置いてないんだろうし」
 しかし女性のほうは、どうやら買う気満々です。
「だけど、この先もスキーを続けるかどうかわかんないだろ? おまえ、飽きっぽいからさ」
 彼らに気づかれぬよう、聞き耳を立てる僕。二十代の若者がスノーボードではなくスキーを選ぼうとしていることに、ちょっと感動しちゃいました。
 もしかしたら、スキー全盛の時代が再びやって来るのか? ひょっとして、このエッセイが若者たちの間でひそかなブームとなり、スキー繁栄の火付け役になっているとか?(ありません)
「大体、どーゆーのを買えばいいか、おまえわかってんの?」
「初心者向けの4点セットを買えばいいって、ユキちゃんが教えてくれたよ」
「4点セット? スキーをやるのに4つも道具がいるのか? 板だけじゃダメなの?」
 4点セットといえば、スキー板、ビンディング、ブーツ、ストックのことなんでしょうけど、どうやら男のほうはピンと来てないみたいです。
「ヤだなあ。あんたってホント、なんにも知らないんだね」
 さすが、女の子のほうはどうしてもスキーセットがほしいだけあって、いろいろと調べてきている感じ。
「スキー板でしょ? ブーツでしょ? それから、スコップ」
 思わず「ぎゃふん」と口にしちゃいましたよ。雪山に出かけて、遭難者でも掘り出すつもりか? ……たぶん、ストックといいたかったんでしょう。
「それから、あとひとつは……えーと……」
 口ごもる女の子。確かに、スキーを初めてやる人には、ビンディングというものの存在はわかりにくいかもしれません(このエッセイを毎回熱心に読んでくださっている皆さんには、あえて説明する必要ありませんよね?)。
「ウェアじゃないのか?」
「ううん。ウェアは、ユキちゃんからお下がりをもらうことになってるもん」
「え? そうなの? じゃあ、スキーセットとは別に、俺はウェアも買わなくちゃいけないわけ? そんな金、持ってないぞ」
「あんたは、雨ガッパでも着て滑ればいいんじゃない?」
 おいおい。いくらなんでもそれは可哀想だろう。
「ああ、そうか。カッパなら、この前買ったヤツがあるしな」
 おまえも簡単に納得するなよ。
「で、スキー板とブーツとスコップと……もうあとひとつはなんだよ?」
「サングラス」
 なるほど。そうきたか。
「おい、ちょっと待て。おまえ、嘘つくなよ。ここに、ちゃんと書いてあるじゃんか」
 手書きポップを指差し、男が怒鳴ります。
「《スキー板、ビンディング、ブーツ、ストックの4点セット》って書いてあるぞ」
「ああ、そーゆー4点セットもあるみたいね」
 苦しまぎれにごまかす女。
「ビンディングってなんだよ?」
「そんなことも知らないの? 高い建物のことじゃない」
「誰がビルディングの話をしてるんだよ。そうじゃなくてビンディングだよ、ビンディング。俺にわかるように説明してくれよ」
「てへ」
「てへ、じゃねえよ。俺のこと、さんざん馬鹿にしといて、実はおまえだって全然知らないんじゃないのか?」
「ビンディングくらい知ってるってば」
「じゃあ、なんだよ。説明してみろってば」
「英語の意味から考えてみれば、すぐにわかることじゃない。《bind》は『縛る』とか『くくりつける』って意味でしょ?」
「そうか。バインダーとかいうもんな」
「だからきっと、しばったりくくりつけたりするものなんだよ」
「なるほど。ってことは、麻縄とか手錠とか?」
 おいおい。
「そうそう。ボールギャングとか宇宙チェアとか」
 おーーーい。マニアックすぎて、ノーマルな僕には、なんのことだかちっともわかりません。
「わかった。きっと、これがビンディングなんだよ」
 きょろきょろとあたりを見回し、小物コーナーに陳列してあったスキーバンドを手に取る女。確かに、スキー板やストックをひとまとめに縛りつける道具ではありますが……。
「そうか、そうか。これがビンディングか」
 なぜかあっさりと納得する男。
「で、どうやって使うんだ?」
「だから、縛るんだってば」
「なにを?」
「手首とスコップ」
 なんだかわけがわかりません。
 面白かったのでもうちょっと見ていたかったんですが、あとの予定が詰まっていたので仕方なくその場を離れた僕なのでありました。

 あの二人、果たしてスキーセットを購入したんでしょうか? スキーバンドはおまけでついてくるので、「ああ、ビンディングが入ってない!」と怒り出す心配はないと思いますけど。

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