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フォスター・チルドレン 80

第6章 私の願いを聞いてください(14)

4(承前)

 朋美のアパートに警察の姿はなかったが、建物の裏側にはロープが張り巡らされ、今もまだ事件の生々しい雰囲気を残していた。
 当然のことなのだが、朋美の部屋には鍵がかかっていて、中に人の気配はないようだ。葉月を捜す糸口が完全に絶たれてしまい、僕は急に襲いかかってきた疲労感と脱力感で、へたへたとドアの前に座りこんでしまった。
 自分の足元を眺め、ため息をつく。ぼろぼろの靴を履いていた。爪先の部分が破れ、血ににじんだ親指の爪が顔を出している。
 僕は靴と靴下を脱ぎ、裸足になった。右足の中指の爪が見事に剥がれ、赤茶色に染まっている。
 コンクリートに足の裏をつけると、冷たくて気持ちよかった。左足も裸足になり、そのまま朋美の部屋にもたれかかり、目を閉じる。
 靴――裸足――。
 あれ?
 なにかが心を刺激した。
 靴――そうだ。靴だ!
 僕は目を開け、宙を睨んだ。
 親父の車の中にあった荷物が警察から送り返されたとき、僕はなにかがおかしいと感じた。その正体にようやく気付く。それは――靴だった。親父の荷物の中には靴がなかった。
 上着、ズボン、下着、眼鏡、腕時計……他のものは全部そろっていた。それなのに靴だけがどこにもなかったのだ。
 親父は「愛夢」で酒を飲んだあと、裸足で車に乗ったのか?
 確認しなければならない。
 僕は足を引きずりながら階下に降りると、道端に設置されていた電話ボックスに飛びこみ、「愛夢」に電話をかけた。
 親父の靴はやはり、「愛夢」に保管されていた。誰の靴かわからず、ママもずっと困っていたらしい。
「……でも、どうして靴なんか忘れていったんでしょう?」
「あ、うちの店はね、スナックとしては珍しいんだけど、お座敷も用意されていてね、靴を脱いで店内に上がる仕組みになっているのよ。だから他のお客さんの靴でも間違えて履いていったのかもしれないわね」
 ママはそう答えた。
 いや、違う。そうじゃない。それならば、他の靴が車の中に残っていたはずだ。しかし、それらしきものはどこにもなかった。つまり親父は裸足だったことになる。
 座敷のある店――最近、誰かがどこかでそんな店の話をしていなかっただろうか?
「ごめんなさいね。じゃあ、靴、取りに来てくれるかな? うちの店、わかる? れんがの壁に蔦がびっしり絡みついた古い洋館だから、すぐに見つけられると思うけど……」
 座敷……れんがの壁に蔦……古い洋館……。
 僕は思わず大声をあげそうになった。
 今まで気づかなかったとは――。
 僕は自分の愚かさを呪った。

つづく

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