フォスター・チルドレン 25
第2章 無様な自分を見られたくない(12)
4(承前)
「まあ、とにかく今日はプロの先生に褒められたんだ。先のことは考えずに、ぱあっと派手にやろうぜ」
アクセルを回し、爆音を辺りに響かせながらアツシがいった。
「俺のお薦めの店はもうすぐだからよ。お座敷のあるスナックなんて、行ったことないだろう? めちゃくちゃ雰囲気いいんだぜ」
「あ、ああ……」
ちらりと横目でゼンタを見る。ヘルメットをかぶっているので彼の表情まではわからない。
ゼンタ……おまえはどう思っているんだ?
アツシに連れられてやって来た店は、街のはずれにある洋風の建物だった。蔦がびっしりと絡みついたれんがの壁は、どこか異国の雰囲気を漂よわせている。
「あの禿げオヤジ、無理矢理にでもあたしたちをデビューさせるつもりよ」
バイクを降りてヘルメットを取ったエミリは、髪を撫でながら相変わらず文句を吐き続けた。
「チャンピオン戦の出場辞退を、明日にでも申し出るわ」
「どうしてだよ?」
僕は思わず叫んだ。大きな声だったので、道行く人がこちらに視線を移すのがわかった。
「せっかくつかんだチャンスなんだぞ。プロにしてやるっていわれてるんだぞ。どうしてそれを断らなきゃならないんだ?」
「だってあたしたち、プロになる気なんてまったくないんだしさ」
「プロになる気はないって……どうして? エミリだってアツシだって、『ロック天国』に出場できるって、有頂天になっていたじゃないか。プロを目指していたんじゃないのか?」
「冗談」
エミリは鼻を鳴らして笑い、軽蔑したような視線を僕に向けた。
「あたしはただ目立ちたかっただけよ。いやよ、プロなんて。そんなの窮屈じゃない。第一、プロであたしたちが成功できるわけないでしょ」
当然のことながら僕はエミリのその言葉に反発し、僕の言葉にまた他のメンバーが反発した。
「信じらんねえ。おまえ、プロになる気でいたのかよ」
アツシの言葉に愕然とする。
「無理だよ、無理。俺たち、音楽だけでは飯なんか食っていけねえよ。俺、自分の才能がわかってるからさ……そこまで自惚れちゃいないんだ。おまえも実現するはずもない夢にしがみつくのはいい加減、やめたらどうだ?」
下腹部が焼けるように熱くなり、両手に握り拳を作る。腸が煮えくり返った。
「帰る」
そういって、バイクにまたがる。
「ああ、帰って頭を冷やせよ。いつまでも子供みたいなこと、いってないでさ。もっと現実を見つめろって」
僕の中でなにかが弾けた。
「夢を見続けてなにが悪い?」
全身が熱く、すべての血が煮えたぎっているように感じられた。
「おまえらとはやってられないよ!」
僕は大声でそう叫ぶと、思いっきり乱暴にアクセルを回した。
「なに怒ってんだ? バッカじゃねえの?」
背後にアツシの笑い声を聞き、激しい怒りがこみ上げてくる。僕は昂る感情を外へ押しだそうと、限界までバイクのスピードを上げた。
どこをどう走ったか、まるで覚えていない。気がつくと僕は海岸にバイクを転がし、海を見つめながら泣いていた。
どれだけ泣いても心の中の黒い塊が薄れることはない。
無様だった。僕一人だけが、勝手に舞い上がっていたのだ。
……僕はなんのために会社を辞めたのだろう?
親父に嘘をついて――睡眠薬まで飲ませて――それで一体、僕はなにをしているのだろう?
辺りがうっすらと明るくなり始めた頃、ようやく僕は立ち上がり、バイクにまたがった。お腹がぐうと鳴る。これだけ絶望感にさいなまされても、腹は空くらしい。
二十四時間営業の牛丼屋で朝食を取り、そこで顔を洗った。目が真っ赤に腫れあがっていて、なんとも冴えない顔をしている。
アパートへ戻ってくると、いつもそうするように留守番電話に手をかけた。メッセージが一件、入っている。
僕は肩にかけていたギターを冷えた床に下ろし、留守番電話のテープを再生した。
「――です」
背後が騒がしくてよく聞き取れなかった。不吉な予感が胸をかすめる。
「樋野祥司さんが事故に遭われました。C**総合病院で手当を受けています。……すぐに来てください。私、樋野さんのお友達で……ボランティアでお世話になっている吉川と申します。樋野さんが事故に……居眠り運転だったらしくて……トラックと接触して……」
あとはよく聞き取れなかった。
背後が騒がしかったことが原因ではない。
軽い目眩を感じたからだ。
第2章「無様な自分を見られたくない」終わり
第3章「誰を救おうとしているんだろう?」につづく
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