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VOCADOL 46

FILE.007 時の館殺人事件(7)

▼MAP007-3 時田邸(承前)

(寝室)

【kokone】
「あ、メイさん。ごめんなさい。もうひとつだけ教えてもらってもいいですか?」

「パーティーの最中、時田さんが長時間席を空けることはなかったと、先ほどおっしゃってましたが……」

「でも先ほど時田さんからお聞きした話だと、午後9時から9時半までの30分間は、コレクションルームに陳列された時計のゼンマイを巻くことが日課だったんですよね?」

「もしかして、ゆうべも同じことを行なったのでは?」

【メイ】
「はい……おっしゃるとおりです」

「べつに、隠していたわけではありません。時田様はきっかり30分で戻ってきましたから」

「わずか30分を長時間とは呼ばないと思いまして……」

【メルリ】
「その30分間、時田さんは誰とも顔を合わせていないのね?」

【メイ】
「ゼンマイ巻きは、コレクションルームにとじこもっての作業となりますから」

「……一体、どういうことです? まさか、時田様を疑っておられるのですか?」

「実の妹を殺すなんて、そんなむごい真似ができるわけないでしょう?」

「そもそも、物理的に不可能です」

「ここから新社長の殺された駐車場まで往復するには、急な階段を登り降りしなければならないんですよ」

「脚の不自由な時田様には到底無理な話です」

【メルリ】
「駐車場へ通じる道は階段だけじゃないのでは?」

【メイ】
「裏側につづら折りの小道がありますけど、そちらは大きく迂回しているため、やはり時間がかかります」

「30分で往復することは無理です。お疑いでしたら、車椅子をお貸ししますので、ご自分で確かめてみたらいかがですか?」

▼MAP007-4 時田邸周辺

(時田邸裏)

【kokone】
「メイさんが話していたとおり、お屋敷の裏側には舗装された道路があるのね」

【杏音】
「うーん。だけど、狭すぎて車の通行は無理っぽいけど」

【メルリ】
「バイクや自転車なら走れそうね。でも、脚の悪い時田さんに運転できたとは思えないし……」

【kokone】
「となると、移動手段はやっぱり車椅子しかないよね。とりあえず、実験してみようか」

「杏音、準備はいい?」

【杏音】
「車椅子を使って、このお屋敷から駐車場までを往復すればいいんだよね。面白そう」

【kokone】
「じゃあ用意……スタート!」

【杏音】
「普段はのんびり者と思われてるけど、やるときはやっちゃうんだから」

「どう? この華麗な運転テクニック! これなら5分で駐車場へたどり着けるんじゃない?」

【kokone】
「杏音、ちゃんと前を見て!」

【杏音】
「え? いやああああっ! 木にぶつかるううううっ!」

「……あ、危なかったあ」

【kokone】
「左にガードレール!」

【杏音】
「ぎゃっ!」

【メルリ】
「……あの子、生きて帰ってこられるかしら?」

(テラス)

【杏音】(ボロボロの状態で)
「……ただいまあ」

【kokone】
「45分23秒。ずいぶん時間がかかったね」

【杏音】
「駐車場までは10分ほどでたどり着いたけど、帰り道は勾配がきつくて、車椅子じゃ登れなかったよお」

「結局、あきらめて車椅子から降りて戻ってきちゃった」

「メイさんのいったとおり、車椅子に乗った人が30分で往復するのは絶対に無理だと思う」

「犯人は時田さんじゃない。きっとほかの誰かだよ」

【kokone】
「…………」

【メルリ】
「納得がいってないみたいね。どうして、kokoneはそこまであの時田さんにこだわるの?」

【kokone】
「新社長の車の中には、高価な腕時計が置きっぱなしになっていたでしょう?」

「犯人が強盗の仕業に見せかけようとしたのなら、どうして見るからに高そうなその時計を持ち去らなかったんだと思う?」

「たぶん犯人には、その腕時計が見えなかったんじゃないのかな」

【メルリ】
「昨日は満月が出てて明るかったし、見えなかったはずはないわ。ちょっと身体を伸ばして、車の中を覗き込めば……あっ」

【kokone】
「メルリも気づいた? そう――もしも犯人が車椅子に乗っていたなら、そのような体勢をとることは難しかったんじゃないのかな」

「車椅子に乗っている人にとって、運転席と助手席の間のセンターコンソールは、きっと死角になったはず」

【杏音】
「なるほど。いわれてみればそうだね」

【kokone】
「疑う理由はそれだけじゃないよ」

「素人目には価値などわかるはずのない古ぼけた時計が盗まれていること」

「時間には誰よりも厳しい時田さんが、事件当日、就寝時間を無視して明け方まで飲み明かしていたこと――これはアリバイを確保するためかな?」

「すべての手がかりは、時田さんが犯人であることを指し示しているもの」

【杏音】
「だけど、時田さんには鉄壁のアリバイが――」

【kokone】
「うん……そうなんだよね」

「時田さんが30分で往復できる抜け道が、きっとどこかにあるはずなんだけど」

(時田坂)

【メルリ】
「車椅子に乗ったまま、階段を下りていったらどうかしら?」

【kokone】
「あるいは、車椅子を使わずに転げ落ちるって手もあるよね」

【杏音】
「……ねえ。もしかして、あたしのこと殺そうとしてる?」

つづく

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