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下手の横スキー26

第26回 運命の合格発表

「では、これからシュテムターンの検定を開始しまーす」
(ドキドキドキドキ)
「ゼッケン16番の方、どうぞー」
(ドキドキドキドキ)
「黒田くーん、どうしましたあ?」
「パイポパイポ、パイポのシューリンガン、シューリンガンのグーリンダイ」
「それはシュテムじゃなくて、じゅげむですね。ふざけてないで早くスタートしてください」
「♪あんたこの頃、嫁入りしたではないかいな。嫁入りしたこたしたばってん」
「まさかとは思いますが、おてもやん? シュテムターンとは、えらくかけ離れてませんか? まだ、じゅげむのほうがマシのような……」
「グーリンダイのポンポコピー」
「おのれの頭がポンポコピーじゃ。ゼッケン16番失格」
「オー、シュッテム! なんてこったい!」

 今日も悪夢にうなされながら、午後5時起床。

 準指導員検定最終日。

 プレッシャーもマキシマム。とにかく少しでもいいから緊張をやわらげたいと思い、大浴場へ。さすがに、こんな時間に風呂に入ってる人は誰もいません。
 湯船に浸かる前に体重を量ってみたら、をを、メチャクチャ減ってるぢゃん。食欲もほとんどなかったし、大体ここ数週間、アルコールをまったく飲んでないからなあ。
「よーし、このままスリムな身体になって、ジャニーズ入りを目指すぞおっ!」
 こんなことで緊張が解けちゃうんだから、実に単純な性格です。

 どうやら、体重減少の喜びは予想以上に僕の心へプラスに働いたらしく、苦手なシュテムターンも、なんとか無難に終わらせることができました。

 最終種目プルークボーゲンを滑り終えたときには、「合否はさておき、ようやくこの苦しみから解放される!」と、思わず万歳三唱しちゃいましたよ。その気持ちは受検者全員同じだったらしく、みんな先ほどまでとは違って、表情が活き活きしています。

 今シーズンはこの検定のために、ひたすら練習を続けてきました。
 最高のパウダースノーに出会っても、そんなものは無視して基礎練習。
 気持ちよくスピードを出せる斜面に出会っても、涙を呑んで基礎練習。
 つらかった。つらかったよ。でも、やっと終わったあ。これからは、なにも考えずに気持ちよく滑ることができます。
「よーし、思いっきり滑っちゃうぞおっ!」
 と叫んだものの、身体のほうはすっかり基礎練習に慣らされてしまって、無意識のうちにプルークボーゲンを始めたりしちゃったり(苦笑)。

 そんなこんなで、長かった3日間が終わりました。
 終わりましたけど、すぐに平穏な日々が戻ってくるわけではありません。
 合否の通知は、2日後に自宅へ郵送で送られてくるとのこと。それまでは、どうにも落ち着かないわけで。スキーにかまけてたまりにたまった仕事にも、まったく手がつけられない状態。
(全力は出し切った。大きなミスもなかったはずだし、悔いはない。もしこれで落ちたなら、まだまだ僕の実力が不足していたということだ。また来年、頑張ればいいじゃないか)
 不合格だったときのことを考えて、懸命に自分を励ましてはみるものの、来年もまた同じ苦しみを味わうというのは、できることなら避けたいところ。うううう。受かっててくれ。頼むから受かっててくれえええ。

 大学の合格発表のときだって、ここまでのプレッシャーはありませんでしたよ。家にこもって郵便が届くのを待っていたら息がつまりそうだったので、近所をぶらぶら散歩して、気分を紛らすことに。
 ……外出した途端、いきなり滑って転びました。ズボンは泥だらけ。
 うわあ、不吉だあ。やめてくれえ。やめてくれえ。
 そうだ。スーパー銭湯へ出かけよう。検定のときだって、大浴場に入ったらリラックスできたじゃないか。
 早速、近所の銭湯へ出かけると、脱衣所に体重計が置いてありました。検定最終日の朝、痩せた自分を確認することで気持ちがほぐれたことを思い出し、「これだ!」と体重計に乗ってみたところ──。
 あ、あれ?
 全然、体重減ってないぢゃん。いや、それどころか少し増えているような……。
 体重計は全部で3台設置されていたので、ほかのものにも乗ってみましたが、すべて同じ数字を示します。
 もしかして、宿舎に置いてあった体重って壊れてたんじゃないのか?
 ずどおおおおん(激しく落ち込む音)。
 ぶよぶよの腹と泥だらけのズボンを気にしながら家へ戻ってくると、郵便受けに封書が入っていました。
 差出人は三重県スキー連盟。
 はうあっ! ついに届いちゃったよ。封書を持つ手が震えます。中身を見るのが怖いです。
 自分の部屋に駆け戻り、まずは深呼吸。不合格だったときはソッコーでふて寝ができるよう、布団も敷いておきました。
「合格してますように!」
 手のひらを合わせて祈ったあと、震える指で封を開けます。おそるおそる中身を取り出してみると、

合格

 の2文字が。
「え? ホント?」
 ぬか喜びするわけにはいきません。もしかしたら、「来年こそ合格してくださいね」って文章かもしれませんし。
 一文一文をしっかりチェックしていきます。

 貴方の成績ですが、実技・理論ともに成績優秀にて見事合格をされました。

 いや、まだ油断はできないぞ。最後に、「なーんてね。うっそぴょおおおん」と書かれている可能性だってあります。
 おしまいまで読み進み、さらに疑い深く裏面まで確認しましたが、どうやら合格は本当みたいです。

 うわーい。

 つ、つ、つ、ついにやったよ。くう。嬉しいなあ。昨年悔し涙を流しただけに、喜びも倍増。早速、お世話になった皆さんに合格の報告をしました。
『はい、もしもし』
「ぼ、僕です。黒田です。やり……やりました!」
 震えて言葉になりません。
『そんなに興奮して、一体どうした?』
「さっき封書が届いて、ご、ご」
『♪ごごごのご』
「いや、ゲゲゲの鬼太郎を歌ってる場合じゃありません。ご、ご、ご」
『俺は、碁より将棋のほうが好きだなあ』
「そうじゃなくて、ご、ご、ごうか──」
『豪華7大付録もついて、『りぼん』4月号本日発売です!』
「違いますってば。ごうか──」
『残念ながら、富山県には行ったことがないんだ』
「は?」
『郷柿沢だろ? 富山県上市町にある──』
「知りませんよ。そんなマイナーな地名」
『富士化学工業の工場があるんだが』
「だから知りませんってば。そうじゃなくて、合格です! 合格!」
『をを、おめでとう!』
「ありがとうございます」
『これでおまえも一人前の男だな』
「え、ええ……」
『で、可愛い女の子はいたのか?』
「は?」
『遊郭に行ったんだろう?』
「いつの時代の話をしてるんですか? そうじゃなくて、合格です。合格したんですよ」
『ああ、合格か!』
「そう、合格です」
『おめでとう! 俺は嬉しいよ』
「ありがとうございます」
『本もまったく売れてないみたいだし、そろそろ作家も廃業だろうなあと思ってたんだ。あたらしい職が見つかってよかったな』
「あの……作家を辞める気はありませんけど。それに合格したからって、お金を稼げるわけじゃありませんし」
『え? 給料はかなりいいって聞いてるぞ』
「へ?」
『あそこの会社はいいぞお。郷柿沢工場のそばには、西田美術館もあるしな』
「いい加減、富士化学工業から離れろよ!」

 そんなわけで、晴れて準指導員の資格を得ることができました。これを機に、もっともっとたくさんの人たちにスキーの楽しさを教えていけたらいいなと思っとります。

 ……と、これで最終回にしてしまえば、1年続いたこのエッセイも綺麗にまとまるんでしょうけど、スキーに関しては、まだまだ書きたいことが山ほどあるんです(といってるわりに、毎回内容は薄いよな)。
 つーことで、当連載はこれからも続きます。2年目に突入する「下手の横スキー」を、皆様どうぞよろぴく(春らしく、ちょっぴり浮かれモードで)。

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